ろーど おぶ ざ でぶ ?
「「あっ」」
これはマズいものを見てしまった。
なにがマズいかと聞かれると大変言いにくいのだけど、ものすごく短く言うと『デブ予備軍』を見てしまった。
まぁこれだけ聞くと大したことないのだが、そのデブ予備軍が僕の好きな子だった。
コンビニから出てきた近藤さんとばったり会い、一瞬喜びを感じたのだが、手に持っていた大量のお菓子とデザートたちに目が行き、どうも居心地が悪い。
「あっ、あー、上山くん! こ、こんなところでどうしたの?」
「えっ!? えっと、僕はちょっと立ち読みをと思って……。近藤さんは?」
「わっ、私!? 私はその……えっと……」
斜め上を見て頬をポリポリとかく近藤さん。額に汗が浮き上っているのが明るいコンビニの光でよくわかる。
今の僕の状態は、きっと地雷を踏んでしまったところなのだろう。ここから足を離すときっと爆発するだろう。
と思っているのにもかかわらず、僕の視線は近藤さんの手に持っている特大袋へと吸い込まれてしまう。
「か、上山くん!」
「はいっ!?」
僕は急に名前を呼ばれて、思わず元気が良すぎる返事をしてしまった。レジに立っている店員さんからの視線が地味に痛い。いや、すでに出入口付近でこんなことをしているんだから、その視線はさっきから送られていたのだろう。今気が付いただけというわけか。
「ちょっと、お話しませんか!?」
僕は嬉しさと申し訳なさを感じ、返事の代わりに首を何度も縦に振った。
そして店員さんの『うるさいやつらがやっと帰った』という念が込められたありがとうございましたをぶつけられながら、二人でコンビニの隣の公園のベンチに座った。
辺りはすでに暗く、公園内の電灯の周りに虫が集まっていた。
僕は不幸な偶然とはいえ、好きな子とのこんなシチュエーションにドキドキして、何を話したらいいのかわからなかった。
『甘いもの好きなの?』 地雷を投げつけてどうする。
『近藤さんが好きです!』 これはこんな雰囲気じゃ言えない。
『いい天気だね』 暗くて天候なんてわからない。
何を話したらいいのかと思っていろいろシミュレーションをしていると、近藤さんが話し始めた。
「あのね、その、これは、毎日食べてるわけじゃなくて、今日はたまたまって言うか……」
近藤さんを見ると、もじもじしながら話していて、顔は髪と暗さでよくわからなかった。
ふとこちらを見た近藤さんと目が合ってしまい、僕は慌てて目線を下げて『顔なんか見てませんよー』目をそらした。そらした先には近藤さんのTシャツを着たボディがあり、お世辞にもナイスバディとは言えないが、締まるところは締まっていて、出るところは出ていないというスレンダーな身体が目に入る。
『体型は骨格』というのが僕の自論なので、もしかしたら近藤さんも細身の骨格で、触るとぷにぷにしているのかと思うと、ちょっとニヤけそうになってしまった。もちろんこらえた。
ってゆーか、近藤さんは家ではジャージ履いてるのか。
「近藤さんは、甘いもの好きなの?」
と、言ってから後悔した。地雷を投げつけてしまった。
終わった。
顔から血の気が引くのがわかり、淡い青春が終わりを告げようとしていた。
近藤さんのボディから再び顔へと恐る恐る視線を上げると、目を丸くして顔を真っ赤にしてこちらを見ている近藤さんとバッチリ目が合った。
やべぇ。
「いや、ごめんっ。い、今のナシ! ナシでお願いします!」
僕の言葉に近藤さんはため息をつき、ガサガサと袋からじゃがりこを一つ取り出し、そして開けた。
「食べる?」
「……い、いただきます」
一本つまんでそれをジャガジャガと食べると、近藤さんも一本つまんでジャガジャガと食べていた。
じゃがりこの本体を二人の間に置いてから始めた。
「さっきお母さんとケンカしちゃってね、その腹いせっていうか、ストレス発散にお菓子とか甘いものとかたくさん食べてやろうと思ったの。だからっ、毎日食べてるわけじゃないからね!」
「う、うん。わかった。信じるよ」
「よかったぁ」
ものすごい剣幕でこちらに身を乗り出して言うもんだから、僕は身体を引いて頷いた。
「上山くんにこんな食いしん坊なやつだと思われたらどうしようかと思った」
「でもこれ全部食べるんでしょ?」
「うっ……た、食べないよ?」
これは全部食べる気だったんだ。
「でも女の子は甘いものが好きだし、ベツ腹があるから太らないもん」
「ベツ腹も身体の中にあるんだけどね」
「きっと消化が早いのさ」
「さいですか」
互いに緊張が解けたのか、ジャガジャガという音が絶え間なく聞こえる。主に食べているのは近藤さんで、僕が一本食べている間に近藤さんは二本は食べている。
「女の子ってさ、やっぱり痩せたいものなの?」
「そりゃそうだよ。痩せたほうが服も映えるし、綺麗だし……」
そう言って自分の服装を見る近藤さん。そしてゆっくりと背中を向けた。
「……え? どうしたの?」
「ま、まさか誰かに会うとは思ってなかったから、こんな格好で出てきちゃって……その、恥ずかしいです」
なんだこれ。
僕って、今割と幸せな状況なんじゃないだろうか。 同級生でしかも好きな子のオフショットを見れるなんて、滅多にない機会だろ。 なんだかジャージにTシャツという服装が好きになりそうだ。
とりあえず平然を装って会話をつづけよう。この時間を続けたい。
「そんなことないって。変じゃないよ? 僕だって……まぁジーパン履いてるけど、上は寝る時のTシャツだし」
「上山くんのそれは、まだお出かけ出来るレベルでしょ。私のは、完全に部屋着だもん。これは、恥ずかしいですよ」
「部屋着でもいいじゃん」
「はぁ……まさか上山くんに見られるなんて……わりとショック」
今のこのダブルパンチのことを言っているのだろうか。
というよりも、今の発言、もしかして近藤さんって僕のこと好きなのかな?
いやいや。女子はみんな思わせぶりな発言をして、いざ告白したら『え? 好きじゃないよ?』って返すってマンガに書いてたから、これは特に意味のない言葉なんだ!
そう思うようにした。
「別に気にしないって。少なくとも僕は近藤さんのこーゆー一面も見れて嬉しいよ? 学校だと見れないわけだし」
「……本当にそう思ってる?」
顔だけでこちらを振り返り、疑わしげな視線を向けてくる近藤さん。
なんだろ。これ、可愛い。
ニヤけそうになる顔を全力で抑え込む。
「思ってる思ってる。それにジャージなんて体育の時に着てるから、もう見慣れてるって」
嘘八百。
僕の言葉を信じてくれたらしい近藤さんが、元の体勢に戻る。
そのしぐさがなんかツボにハマってしまい、ついに顔面が崩壊してしまった。つまりニヤけてしまった。
「あっ! やっぱり変だと思ってるんでしょ!」
「思ってない思ってない!」
「そんな無理して言わなくてもいいよ! 恥ずかしいのは私なんだから、思いっきり笑ってくれたらいいじゃん!」
立ち上がって逃げようとする近藤さんの手首をつかんで引き留める。
「ほらっ、まだじゃがりこ残ってるし!」
「あげるよ! 口止め料として受け取ってください!」
「誰にも言わないってば!」
チリンチリン。
あーだこーだと言い争いをしているところを、近くを通りかかった自転車がベルを鳴らして通り過ぎて行った。
「…………」
「…………」
思わずそのままの体勢で無言になる僕ら。
「……放してください」
「……誰にも言わないよ」
近藤さんはため息とともに諦めてベンチに座った。
「……ホントに誰にも言わないでよ?」
「……言わないって」
誰にこの喜びを言えばいいのかわからない。というか、逆に言いたくない。
「はぁ。なんだか今日は災難です」
「僕は割と嬉しいかな」
「え?」
「え?」
口ががががががが。
「嬉しい?」
「……えっと」
このまま告白……は無理だ! 僕のこの鳥心じゃ無理だ! まだ心の準備とか準備とか覚悟が足りなさすぎる!
「こ、近藤さんの意外な一面が見れて、嬉しいってことっ」
「……私はこんなに恥ずかしい思いをしたのに、上山くんは嬉しいって……」
やべっ。何か言われる。
「……ドSなの?」
「へ?」
「さっきから私のことをあーだこーだって。改めて考えるとドSだよね」
「そ、そんな気はないけど……」
僕のリアクションに近藤さんは小さく笑い、立ち上がって袋を置いて手を上げて伸びをした。その時にお腹がちらっと見えたので、ちらっと見たら、ちらっと近藤さんに見られていたようで、そのお腹を近藤さんは隠した。
「……エッチ」
「ご、ごめん」
「まぁいいけど」
近藤さんは袋を手にとって言った。
「じゃあ私、そろそろ帰るね。あんまり遅いとお母さんも心配するだろうし」
「うん。ちゃんとお母さんと仲直りしなよ」
「あーそうだった……忘れた」
「ところでなんでケンカしたの?」
「小さいことなんだけどね、今日の夜ご飯に私の嫌いなセロリが入ってたの」
「……それだけ?」
「……それだけ。しょーもないでしょ?」
困ったように笑う近藤さん。
「うん。今日は近藤さんの知らないところが見れて楽しかったよ」
「じゃあ今度は上山くんの学校では見せてないところを見せてよね」
「え?」
それはまたここでこうやって話そうということですか!?
「それって……」
「まぁ、その辺はまた明日学校で、ということで」
「う、うん」
「じゃあね。上山くん」
「うん。近藤さんも気を付けてね。おやすみ」
「おやすみ」
手を振って別れ、それぞれ別の方向へと歩いていった。
そして僕は考える。
これは明日学校で僕の話題で話そうねってこと? それとも学校でこんな感じで会う時のことを話そうねってこと?
どちらにしても学校で近藤さんと話す機会があるということ!
僕は口止め料としてもらったじゃがりこを一本ジャガジャガと食べ、家へと帰ることにした。
そして家の玄関の前に立って思い出す。
「あ、立ち読みするの忘れた」
おしまい。




