ビターな春
ちょっと遅れて春の作品を投稿してみました。
恋する女の子ほど、綺麗なものはないと思う。
これが私のオピニオンだ。同じような意見を持った人がいるかもしれない。
恋焦がれ、夜も眠れない。
本当に好きな人を想えば想うほど、気持ちは強く。
繋がりが強くなるほど、気持ちは募り。
思い出は綺麗で、せつなく。
共に過ごした時間が長いほど、別れはつらく。
繋がる糸が切れるのは簡単で単純だが、何よりも痛く、痛みは一瞬では止まらない。
私の視線の先には一人の女の子がいる。ゆるく三つ編みした髪を無造作に、乱暴にほどく、高校生になったばかりの女の子が。
愛する人と、別れた女の子。ここでいう、「別れた」という単語は、別の高校に通い、遠く離れたという意味ではもちろんない。彼女はふられたのである。付き合っていた人に、突如ふられる行為は失恋に含まれるだろうか。私は含まれると思う。
彼女は、「失恋」をした。愛を、恋を失ったんだ。
――別れた理由。彼女はそれを恋人に尋ねた。それの答えはとても単純だった。痛いほど。
新しい出会いがしたい。連絡取るのが面倒くさくなった。
そんなものだ。いくら愛し合っていたとしても、気持ちは変わるものだ。彼女がいくら愛すべき人のために、どんなことをしようとも……。気づいてくれない時もある。人なのだから。人は決して完璧ではない。心変わりもするだろう。だから、彼女はただ頷いただけで、それ以外なにも言わなかった。
納得はした。だけど、まだ気持ちは残っているわけであって。必死にもがいている。表情にはださなくても。友達と笑い合っていても、一人になると笑えなくて。そんな彼女の苦しみさえも、誰も気づいてくれなくて。彼女は孤独を噛み締める……。
夜の春風は、思っているよりも冷たく。彼の耳を赤くした。
高校生になり電車を使うようになった男の子は、これから毎日通う高校の最寄駅をぐるっと駅のホームから見回した。入学式のあと、友達と高校の近くを探索していたのだ。あまりにも楽しくて帰る時間が8時を回ってしまった。小さなこの最寄駅は、近くに桜が並んでいる。真っ暗な空をバックに、桜の花びらはより一層嬉しそうに美しく魅せる。夜桜を初めて見た彼は、あまりにも綺麗なそれに魅了させられた。夜風に揺れて、はらはら舞い落ちる桜の花びらを、彼はひとつ手に掬い、ふっと口で優しく吹き飛ばす。夜桜は本当に綺麗だけど、木々の揺れを通して、花びらを通して彼は敏感に桜の感情を読み取った。この夜桜たちは悲しがっている。助けて、と泣いている。
彼ははっと驚いて、夜桜を見上げる。夜桜はなにも答えてくれなかった。彼が夜桜を見上げて目を細めたとき、電車が通過しますとアナウンスが聞いてもないのに返答した。少年は半ば呆れるようにして向かい側のホームを見た。、
その瞬間に目にとまった女の子は、駅の椅子に腰掛けて項垂れていた。目に入った彼女の髪はメデューサのようだった。風になびく髪はさらさらとしているが、へびのようにうねっていた。しかし、少年はそれを気持ち悪いとは思わなかった。逆に綺麗だと思ったのだ。黒髪なのだが、月の灯りで少し深緑を帯びた彼女の髪はきらきら輝いて、少年の瞳を魅了してみせた。夜桜とは似ても似つかない全く別のものなのに、彼は夜桜に近い感情を同じように彼女に感じた。彼女の哀しみに暮れる横顔を、静かに見つめる。彼は彼女の哀しみを、しだいに感じ取った。
――目が離せなくなった。彼女の精神は脆い。
夜桜が泣いていた、助けてと呟くその言葉は彼女の本音か。
見ててあげなきゃ。直感的に彼はそう思った。
彼女の下唇は噛み締められ、悲鳴を上げている。彼女の握った拳が震える。悲痛を訴えている。
見るに耐えなかった。普通はわからない、彼女の内に秘めた想いが、辛さが彼にはわかった。
彼は駆けた。階段を駆けのぼり、向かい側のホームへの階段を下りる。先ほど到着した電車の乗客が彼と反対に上ってくるので、彼はもみくちゃにされた。それでも必死に彼女のもとへ一直線に走った。やっとのことで向かい側のホームへ地をつけると、彼女はウサギみたいな赤く潤んだ瞳で彼を見て、すぐ下を向いた。
恋する女の子ほど、綺麗なものはないと思う。それがもちろん失った恋でも。