赤ずきん編――第2部――
「「「!?」」」
突然、地下空間全体を巨大な衝撃が襲った。
「何だ?」
ざわめきと悲鳴が行き交う中で、パンドラは天井を見上げながら気配を探るが、反応は無い。
「まさか、奴等か?」
ガルルがそう呟いた直後、パンドラは出入口へと駆け出し、外へと躍り出る。
「!? これは……」
囲まれていた。
正確には避難区画を一キロ程離れた四方から鎧武者の大群が完全に包囲していたのである。
そしてそれはアリスの世界にいた数の実に数千倍はあった。
「何だ? 何が見えてんだ?」
目視で未だ確認出来てないガルルは、何が起きているのかパンドラに尋ねる。
「鎧武者共だ。百や二百ではないぞ。大群がこの一キロ四方を取り囲んでいる!」
「何だと!?」
「突破口が無い。どこへ進んでも奴等に当たる」
「そんな……」
それを聞いたガルル達フェンリルは力無くその場に崩れ落ちた。
「ダメだ……こいつぁもうオシメェだっ!」
遠方から静かに迫る蠢きと轟きの中、絶望感を伴う静寂がその場を支配する。
「そんな訳あるか……」
「?」
「そんな訳あってたまるか……一体残らず殲滅してやる!」
「そんな、あれだけの数を相手に無茶です! 下にいる人達を避難させた方が……」
「周りを敵に囲まれた状況でどこに逃がせというのだ! それに……」
「それに?」
「私は戦場で戦う為に生み出された人型生態魔法だ!」
そう言い放つと、パンドラはフォースウィングを展開し、迫り来る鎧武者軍団の下へと飛び立った。
「あっ、ちょっ!」
取り残されたアリスは「え~」と言いつつも、重力魔法を使ってパンドラと別方向へ向かう。
*
真っ先に大群との距離を詰めたパンドラは、一刻も早くより多くの鎧武者を殲滅するべく、胸部中央にフォースエネルギーをチャージすると、そこからフォースカノンを放ち、眼下に広がる大群を瞬く間に焼き払った。
更に間髪入れずに両手で生成しておいたフォースボールを合体させると、直径十メートル級の大型フォースボールを作り出し、鎧武者軍団を吹き飛ばしていく。
その時、同時に別の場所でリング状の高エネルギー波によって大群が吹き飛んでいくのをパンドラは目にした。
直後、吹き飛ばされた大群を囲む様に、新たに現れた高エネルギー波が彼等を容赦なく地面へ叩き落し、押し潰す。
「あれはアリスか。フン、無茶だ何だと言ってた割に中々……」
そう言いながら不敵な笑みを浮かべたパンドラは、フォースウィングを羽ばたかせ、道中の鎧武者の大群をフォースカノンで薙ぎ払いながらアリスの下へと向かった。
*
「何故だ?」
「えっ?」
「何故アイツ等は、本来全く関係の無い俺達の故郷のために、あそこまで必死になってくれるんだ?」
「……彼女が言っていた生みの親というのが、ここにいるんでしょうか?」
「さぁな。だが……」
それまで戦意喪失していたガルルの目に光が灯る。
「アイツ等が戦ってて、肝心の俺達がここで何もしねぇって訳には、やっぱいかねぇよな」
「お頭……」
「行くぞお前ェら! アイツ等に遅れをとるなぁ!」
「「「「「オオオッ!」」」」」
*
一方その頃、アリスはというと、不器用ながらも重力魔法を駆使し、どうにか鎧武者の軍勢を押しのけていた。
「ふんんん~~~~っ!」
反重力波によるリング状の高エネルギーが鎧武者達を一山、また一山と吹き飛ばしていく。
「えいっ! ええぇいっ!」
しかし、吹き飛ばしていくそばから次々とそれ以上の鎧武者が現れ、押していた筈のアリスはみるみる内に劣勢に追い込まれた。
「くっ・・・・・・」
それもその筈である。
一見、重力魔法という強力な魔法を持っているように見えるが、その実、彼女は戦いに不慣れだった(というより素人同然だった)。
前回、自身の童話世界から逃げる際、同じ鎧武者軍団を相手にしたのが初めてといえる。
あの時は、戦った場所が屋内という限られた空間であったため、押し寄せてくるといっても、その規模には限りがあった。
だが今回はアルスフェルトという限りなく開けた場所において、前回の数倍どころではない大多数の大群を相手にさせられているのである。
「あといったいどれだけ倒せばっ・・・・・・」
倒しても倒しても、その度にまるで分裂するかのごとく数を増やし侵攻してくる鎧武者の大群に対して、アリスが戦意を失うのにそう時間を要しはしなかった。
「やっぱり……やっぱり勝てるわけないんだ……」
とうとう攻撃の手が止まり、後ずさりし始めるアリスをよそに、大群は更にアリスへと迫ってくる。
「ハァッ……ハァッ……」
恐怖が増大し、息も荒くなったアリスは、既に正気を失いかけていた。
「パンドラさんを・・・・・・助け続けるって、言ったばかりなのにッ・・・・・・!」
その時、遠方からアリスの方角へとてつもないスピードで山吹色の大型魔粒子ビームが近づいてくる。
「! あれは……」
魔粒子ビームはそのままアリスの方へ迫ると、そのままアリスの目前まで迫っていた鎧武者の大群を、一瞬にして鉄屑の積もる焼け野原へと変貌させて見せた。
「ッ! ……あの攻撃は、パンドラさん!」
「何だかんだ言っていた割に、随分派手にやれている様じゃないか」
そう言いながら、パンドラはアリスの下へ降下し、フォースウィングを解いて着地する。
「いえ・・・・・・あれだけ偉そうに言っておいて、結局怖くなって何一つ力になれませんでした」
「それは違う」
「えっ?」
悔しさと恥が入り混じった表情で訴えるアリスに、パンドラは毅然としてそれを否定した。
「君が生身での戦闘に通じてない事は出会った時から分かっていた事だ。それでも君は出来る限りの事をし、結果、私の予想を遥かに上回る活躍を見せてくれた。それだけで十分だ」
「パンドラさん・・・・・・」
「それに、例え生身がダメでも、君は私が過去に見てきた武器の中で最も優れし、最高の剣と最強のハンマーだ。自信を持て」
「・・・・・・ハイッ!!」
大切な事を教えてもらったアリスは、今までにないくらい元気に返事すると、クラビティハンマーへ形態変化する。
そして姿を変えたアリスを手に取ると、パンドラはフォースウィングを展開して再び飛び立った。
「最初から出し惜しみなしだ」
「ハイッ!」
「クラヴィティインパクト!」
白亜色のハンマーにあしらわれた紫色のクラブが輝き、ハンマーから重力波導が辺り一帯に放たれると、一瞬にして無数の重力の球体が鎧武者の大群を多い尽くしていく。
それはさながら黒団子で出来た絨毯のようであった。
*
一方、フェンリル一味はというと、得意の氷属性魔法を使い、寄せ来る鎧武者の大群をどうにかせき止めており、そこには氷付けになった鎧武者達が並んでいる。
「ハァ……ハァ……やってみるモンだな……」
侵攻の止まった鎧武者の一団を前にしばし安堵に包まれるガルル。
しかしそれはほんのつかの間の休息に過ぎなかった。
「お、お頭ァッ! まただ……また奴等が来る!」
「何ッ!?」
ガルルが眼前の氷付けの鎧武者達に視線を戻すと、その間を縫うようにして新たな鎧武者の大群が押し寄せてきたのである。
「クッ……クソがっ!!」
度重なる長時間の戦闘によって、仲間達は疲弊し、最早戦う魔力も体力も残ってはいない。
だがその時、ガルルはどこか遠くの方から異様な音が近づいてきているのを聞き取った。
「あン?」
みるみる近づいてくるその音の方向へガルルが視線を向けると――
「なっ!」
その視線の先にはフォースウィングを展開し、自らの数倍もの大きさを誇るハンマーを構えながら、そこから発する重力波導で、並み居る鎧武者の大群を重力球の中に閉じ込め飛来してくるパンドラの姿があった。
「何だぁありゃあ!?」
これでもかと目を見開いたガルルが驚きの声を上げる中、パンドラはフォースウィングで制動をかけ急停止すると、そこからフォースウィングを羽ばたかせて真上へ上昇し、クラヴィティハンマーを振りかぶる。
「ハァァァァッ!」
そして急降下と同時にそれを振り下ろすと、とどめの一撃として放たれた重力波導が周囲一帯に広がり、重力球に閉じ込められていた鎧武者の軍勢は、倒れ始めたドミノのように次々と爆散した。(この時の光景から、後にこの日が【焔のドーナツ】と呼ぶ記念すべき日となる)
「大事無いかね?」
「助かったぜ!」
着地し駆けつけたパンドラに、ガルルは安堵の表情で感謝する。
しかしそれでも鎧武者の侵攻が止まることはなかった。
「チッ、一体どんだけ湧きゃあ気が済むんだ!」
「だったら連携攻撃だ」
「何ッ?」
「君の攻撃に私の攻撃を合わせる」
「……よォし、乗った!」
そう言うと、ガルルは大きく開けた口から青く輝く焔を鎧武者の残党に向けて吐き出す。
すると空中に吐き出された青い焔は瞬時にみるみる凍っていき、大きな氷の塊となった。
そこへクラヴィティハンマーを構えたパンドラが、すかさず反重力波導を放ち、氷を空中に推し留めたまま粉々に砕く事で、鋭く尖った無数の氷の破片が出来上がる。
更にそこから今度は重力波導を発しながらハンマーを振り下ろすと、浮遊していた氷の破片は猛烈な勢いで降り注ぐ氷の雨となり、残っていた鎧武者達に次々と突き刺さった。
「うおおおおおお!」
「いよっシャアああアッ!」
全ての鎧武者が機能を停止し、その様子を見ていたフェンリルの面々が喜びの声をあげる。
「これでひとますは落ち着いたか。後は赤ずきんだn・・・!?」
次の瞬間、遥か遠方からパンドラ目掛けて大型の粒子ビームが飛来し、すんでの所でパンドラは波導壁を展開し、コレを防いだ。
「何だ今のは、赤ずきんか?」
爆発の光から目を庇っていた左手を下ろすと、パンドラは発射地点の方角に視線を凝らす。
すると発射地点で一瞬、何かがキラリと光ったかと思うと、次の瞬間それはとてつもないスピードでこちらへ接近してきた。
《赤ずきん編――第3部へ続く――》




