ブレーメンの音楽隊編――最終部――
「「「!?」」」
しばらくの間沈黙を続けていた黒い球体から突然、光の刃が突き出し、球体を斬り裂くと、真っ二つに割れたその中から、新たな身体に生まれ変わったパンドラが金太郎、タイヨウ、ウラシマの前に姿を現した。
「お前達・・・・・・」
パンドラを眼にしたそれぞれの視線は三者三様で、やっと来たかという期待に満ちた眼差しの金太郎、迷いの表情を向けるタイヨウ、やや恐怖に怯えるウラシマを眼にしたパンドラは、まず太陽の下へと近づく。
対するタイヨウは後ずさりするでもなく、横たわった状態で見極める様にじっとパンドラを見上げた。
「・・・・・・ムーンフェイス、彼の容態を分析しろ」
『・・全身複数個所の骨折とヒビ。それから打ち身も多数確認』
「!」
「いい子だ・・ドレスチェンジ」
直後、パンドラのゴスロリ服部分が黒から緑に変色し、パンドラがタイヨウと金太郎に手をかざすと、二人の身体のダメージが瞬く間に回復していく。
「こいつぁ・・・・・・」
「オーガドレスの治癒能力か」
「・・・・・・シラユキとメリーはどうした?」
『シラユキさんは駆けつけた桃太郎さんと一緒に赤ずきんさんを連れて先に戻りました』
「そうか」
「! ・・その声はアリスか?」
パンドラの左眼から聴こえた聞き慣れた声に、金太郎を始めとした一同は驚愕した。
『あ、ハイ。パンドラさんの身体を新しく造り替える時に、物理的に同化しました』
「パンドラの身体を?」
「新しく造り替える?」
「前の身体は暴走した時に弾け飛んでしまったからな。新しい素材を生み出した上で、アリスとムーンフェイスを取り込んだ」
「ムーンフェイスもか!?」
「あのまま放っておいてまた邪魔をされたのではたまらんからな。自分を殺しに来た敵を味方として取り込んでしまう事こそ、最強の技だとどこぞの格闘家が言っていたとか、昔ゲッコーも話していたかな」
『ところで、そちらの女の子は?』
アリスの質問に、パンドラが視線を奥へ移すと、そこで瓦礫の影から恐る恐る顔を覗かせるメリーの姿に気付く。
「あぁ。メリーが仲間になった時は君はまだ眠っていたのか」
『初めてお会いします』
「メリー、もう大丈夫だ。パンドラは元に戻った」
「・・ほんとう?」
タイヨウの呼びかけに、メリーは不安げな表情を見せつつ、ソロソロとタイヨウに身を寄せた。
「本当だ。どうやら怖がらせてしまったようだな」
そう言うと、パンドラは腰を落としメリーに目線を合わせる。
「私のせいで赤ずきんがとんでもない事になってしまった。桃太郎とシラユキが頑張ってくれているようだが、流石に吹き飛んだ腕を元に戻すまでは出来まい。私なら治せるが、赤ずきんが暴れ出さないように力を貸して欲しい。頼めるか・・師匠?」
「! ・・うん! お手伝いします!」
「急いでムーンアークに戻るぞ」
立ち上がったパンドラは、他の童話主人公達にも声をかけると、全員を胸元のエンブレムへ戻し、ムーンアークの方角へ飛び立った。
*
「いつもの威勢はどうしたのよもう!」
「ウゥゥッ」
「腕はどうにか元には治せないのか?」
「無理よ! 傷を塞いだり打撲や骨折ならまだしも、腕ごと復活させるなんて・・」
「私なら可能だが?」
「! アンタ!」
「パンドラ!? 元に戻ったのか?」
「その話は後だ。先に赤ずきんを治療する。メリー」
「ハイッ!」
メリーがリュックから酸素スプレーの様な、マスクの付いたスプレーを取り出すと、それを赤ずきんの口に押し当て吹きつける。
「うっ! うぅぅ・・・・・・」
そこから数秒と経たずして赤ずきんが眠りにつくと、パンドラが近づき、そっと失われた右腕の断面に手をかざした。
直後、パンドラの掌からサラサラと砂状のアヴリウムが流れ出ると、それらが吸い寄せられる様に断面へ移り、腕の形を造り出した後、色や質感、温度すら人間の腕そのものへと変化したのである。
「こ、これは・・・・・・?」
「一体何が起こったっていうの?」
「アヴリウムを使って再生させた。その腕は最早元の腕と全く同質の物だ」
「「アヴリウム?」」
困惑する二人に、パンドラに代わってアリスが事の経緯を話した。
「あーそれは・・確かにそうだが・・・・・・」
「でもそれで、この世に全く存在しなかった物質を作っちゃうなんて、ハンパない事するわねぇ~~」
「変異性万能素材アヴリウム。これからの戦いに必要な物なのは分かったが、どうする気だ? 世界も崩壊を始めてる」
『あっ! パンドラさん、【蝶・創・生】でこの世界そのものを造り直せばいいんじゃないですか?』
「ダメだ」
「えっ?」
妙案かと思われたアリスのアイデアだったが、その案は即座に却下される。
「仮に世界そのものを造りなおせたとしても、童話主人公はおろか、そこに暮らしていた生体まで再生させる事は出来ない」
『フン、流石の貴様も自分が殺した童話主人公と人間共はどうにも出来んか。いい気味だな』
「それについてだけは返す言葉が無いな」
【機械人形の右眼】と化したムーンフェイスからの、挑発とも言える物言いに、パンドラは苦虫を噛んだ様な表情を見せた。
その時。船全体を大きな揺れが襲う。
「「「「「!?」」」」」
「何だ?」
「あっ、ここにいたのか!」
そこへ駆け込んで来たのは、一行を探して艦内を奔走していたトーマスとニコラだった。
「トーマス?」
「パンドラ・・その、大丈夫なのか?」
トーマスは金太郎に、パンドラの状態について尋ねる。
「まぁ、一応は」
「それより何があった? 今の揺れは?」
「急いでくれ。ここの時空間そのものが崩壊しかかってる。すぐにでも発進して時空トンネルに入らないと、幾らムーンアークでも無事じゃ済まない」
「すぐに発進準備を始めろ。私もブリッジに向かう」
「皆も主と一緒に向かってくれ。余は赤ずきんが眼を覚ますまでここにいる」
「分かった」
そう言うと、パンドラは【蝶・効・果】を使い、その場を後にした。
*
「ムーンドライブエンジン、始動」
「始動確認。続けてフルムーン機関、臨界点突破」
「突破確認。ラプラスシステム起動。突入座標入力。ワープリング、ホール生成開始」
「起動並びにホール生成確認。・・ホール形成完了。進路、オールクリア」
「ムーンアーク、ドライブ開始!」
【ブレーメンの音楽隊の世界】が時空の闇に呑まれていく中、ムーンアークはギリギリで形成された時空トンネルへと潜り込む。
「さて・・」
時空トンネルに入り、ムーンアークが安定軌道に至ると、童話主人公達が作戦テーブルへ集まる中、パンドラが重々しく口を開いた。
「正直今回の事がこの先の旅でどう影響するのか分からん。元々ムーンフェイスを追う為と、その洗脳を解いて童話主人公と契約し、戦力を拡大する目的があった。だが今、アリスとムーンフェイスは私の一部となっている・・ところでムーンフェイス」
『何だ?』
パンドラの問いかけにムーンフェイスが静かに応じる。
「正直に答えろ。あとどれだけの童話世界を蹂躙した?」
『・・三つだ。【ヘンゼルとグレーテル】、【一寸法師】、そして【シンデレラ】』
「お前が童話主人公に仕掛けた洗脳を【機械人形の右眼】で解除する事は?」
『現状ではその手段は存在しない』
「 “現状では”か・・・・・・」
「主はこれからどうするつもりだ?」
金太郎が自分達の進むべき方向について、パンドラに問いかけた。
「例え童話世界を滅ぼしたとしても、ここで止まるわけにはいかん。ここで止まればコイツの・・それこそバックにいるツクヨミの思う壺になる。ならば我々が取るべき行動は一つ。次の童話世界に向かい、作戦を続行する事だ。どう転んだとしても、最終的にツクヨミを始末し、ゲッコーを取り戻せば我々の勝ちだからな。責めを受けるべきならその後で受けよう」
「・・・・・・承知した」
《第十章へ続く》