眠りの森の美女編――最終部――
「さて、どうかな? 久しぶりの現実世界は」
コミカルドレスを解除し、パンドラはメリーの方へ向き直った。
「メッチャきもちいー! でも・・」
「?」
「おねーちゃんたちはどーしてメリーのせかいにきたの?」
「あーしまった。完全に言うのを忘れていた・・」
余りにも破天荒な出来事が続き過ぎたせいか、その事が頭からスッカリ抜けていたパンドラは、思わず仮面の眉間の部分に手をやる。
「私はとあるサイボーグに生みの親をさらわれたのだ。それを取り戻す為に君と同じ童話主人公達の力を借りながら旅をしている」
「はぁぁ~~ほぅ・・ならメリーもおてつだいします!」
「ホウ」
「おねーちゃんはメリーをゆめのせかいからたすけてくれました。こんどはメリーがおねーちゃんをたすけます!」
「そう言ってくれると助かるな・・っとそうだ、もう一つトーマス達の事を忘れていた。メリーが起きたのだから、奴等もどこかにいる筈なんだが・・・・・・」
そう言うと、パンドラは生体波導探知能力でトーマスの位置を割り出した。
「そこか」
それだけ呟くと、パンドラはメリーを連れ【蝶・効・果】で跳躍する。
「ここにいたのか」
再出現したパンドラは、今だ放心状態のトーマスに近づき、その肩を叩いた。
「トーマス。聞こえるかトーマス。・・まだ意識が飛んでいるのか?」
「ぬらばっ!」
「うおっ!」
突然意識が戻ったトーマスに、パンドラは反射的に一歩後ずさる。
「オ気付キニナリマシタカ?」
「・・僕は何を?」
「私が技の練習相手として君に一撃入れてからずっと、意識が飛んでいたぞ」
「あーッ! そうだ。君のせいでこうなったんじゃないか!」
「だが、君が身体を張ってくれたおかげで、本番、敵に対してこちらが大きく遅れを取る事はなく、結果として全ての障害の排除に繋がった。人間共の諺で〝備えあれば憂いなし〟というのがあるようだが、君は間違いなくその備えの一端を担ったと言える」
「体良く言っても、君が僕をゲロまみれにした事実は変わらないよ。今回はその君の功績に免じるけどね」
「それは良い」
「それよりここは? さっきまでの場所と違うけど・・」
「実は我々の戦いによってここにいる全員がメリーの夢の世界を脱し、現実の童話世界へ辿り着く事に成功したのだ」
「えっ? つまりここが本来の【眠れる森の美女の世界】って事?」
「そうだ。つまり他の仲間達もムーンアーク毎こっちにいる可能性がある」
「あの大きさならすぐに見つかりそうだけど・・」
「見つからないという事は、光学迷彩はかかったままか・・・・・・」
そう言うと、パンドラはインカムデバイスを使って、ムーンアークのメインブリッジに通信を飛ばした。
「こちらパンドラ。ムーンアーク、応答しろ。ムーンアーク!」
『・・こちらムーンアーク。主よ、無事であったか』
「金太郎か。そっちは全員無事か?」
『こちらは艦内は大事無し。ただ艦毎別の世界に飛ばされた様な現象にあった。それと、少し前まで安定しなかった計器類の数値が、何故か急に安定したな』
「その辺の理由も含めて全て報告する。ムーンアークの光学迷彩を解除してくれ」
『了解した』
それから少しして、大空を埋め尽くさんばかりの影と共に、ムーンアークが空中にその姿を現す。
*
「・・・・・・フム、そんな事が」
メインブリッジまで戻ってきたパンドラはメリーを紹介すると、事のあらましを童話主人公達に説明した。
「よりにもよって、童話主人公の夢に出るとはな」
火器管制席に座る赤ずきんが、溜め息混じりに言う。
「灯台下暗しとはこの事か」
副艦長席の金太郎が、的を得ている様でズレている様なそんな一言を繰り出した。
「今回はかなり特殊なケースだった。間違いなくムーンフェイス侵攻が原因かと思ったが・・君は本当にムーンフェイスを見てないのか?」
「みてないよ? メリーはおひるねしてただけだもん」
「という事は、昼寝中に我等と同じ洗脳を受けた可能性が高いな」
「寝ていたおかげで、洗脳が正常に機能しなかったのか」
「不幸中の幸いね」
「だが、次はこう上手くはいくまい。このブーツは期待出来そうだが」
「武器の方も開発を急ぐよ」
「ともかく今は、少しでも早く次の世界に歩を進めるしかあるまい」
「ウム。装備開発は人手が必要なら我等も手伝おう。ここは自動操縦でもいけるからな」
「助かるよ。じゃあ発進後に」
「良し、総員発進準備。ワープリング起動後、時空間航行に入る」
パンドラの命を受け、メリー以外の全員がブリッジ内の各ポジションに着く。
「了解。ラプラスシステム起動。突入座標入力。ホール生成開始!」
「起動、並びにホール生成確認。進路、オールクリア」
「ムーンアーク、ドライブ開始!」
艦前方に現れた巨大なワームホールへ、一瞬で吸い込まれる様にしてパンドラ一行は【眠れる森の美女】の世界を後にした。
かつて毛嫌いしていた筈の科学の力を通して、ムーンフェイスへの対抗手段を手にしていくパンドラ。
彼女の中で科学に対する心象が、少しずつ変わり始めていた。
《第九章に続く――》