眠りの森の美女編――第5部――
「は、ハハ・・計算はしていたけど、とんでもない速度を叩き出したね」
『ハイ。デスガ相手モ侮レマセン』
「だね。流石、夢の世界に長くいるだけあるよ。こりゃ思ってたよりもいい勝負するかも」
一方、パンドラは新しいブーツによってもたらされるスペックに感嘆していた。
「これは・・凄いな。人間に扱えるレベルを遥かに越えている。私も【蝶・反・応】が無かったら、どうなってたか分からんな」
「すごーい! おねえちゃんすっごくはやーい!」
「げっ!?」
声のした後方を振り向けば、およそパンドラから一メートルも離れてない位置をメリーが並走していたのである。
「・・・・・・(しまった、ここは彼女の夢の世界だったな。履き替えずに走ったら速攻で置いてかれていたところだ。となると、勝負を決めるのは・・あそこか)」
勿論、二人がスタートした場所、二人が走る場所に都合良くコースが出来ている筈も無く、二人は道無き道を超高速で駆け抜けている状態であり、メリーが自身の夢の世界の地形を隅々まで知り尽くしているかは定かではない。
が、少なくともパンドラにとっては次の瞬間、未知の地形が目の前に次々と早送りの走馬灯の様に流れ込み、流れ込んではそれを【蝶・反・応】によって、どこに足を置き、どこまで踏み込んで、どれ程の力で蹴り抜くか、その全てを極限の反応能力で以って処理していく。
しかしそうして目の前の光景を駆け抜ける事に集中するあまり、パンドラはある事に今更ながら気が付く事となった。
最初は新型のブーツのおかげなのだろうと考えていたのだが、それにしても妙に脚が均一性のある滑らかな動きをする。
「ん?」
そしてチラリと両脚へ視線を落とした瞬間、そこに信じがたい光景があった。
「! 何だコレは!?」
パンドラの下半身が、正確には両脚部分だが、まるでロールケーキの様な渦巻状のエフェクトがかかっており、それがもの凄い勢いで高速回転していたのである。
「くっ!」
森を抜け丘を越え町に入り、今度は行き交う人々を、【蝶・反・応】を駆使して縫う様に走り抜けていくが、当然、その後に来る強力な衝撃波によって人々も物資も吹き飛んだのは言うまでも無い。
「・・どういう事だ。何故下半身が渦巻きになっている? もしやこれもこの身体の頭身が変わったのと何か関係があるのか?」
僅か後方を走るメリーをチラリと覗くと、その脚部はお手玉の様な、ジャグリングの様な、そんな様相を呈していた。
「! (奴のは私のと違う・・走り方か異なるせいか? それとも体格か?)」
そうしてゴール地点である塔があっという間に近づいてくる中、パンドラが持つ勝機もまたゴールに潜んでいた。
陸上競技場で張られるようなゴールテープがあれば、テープを切るその瞬間まで全速力で走る事も可能だろう。(それでもマッハ級の速度では難しいだろうが)
だが、今回のかけっこ勝負においては、突発的に始まった故に、ゴール地点の設定が《塔》という曖昧としたものである上、自然環境の中での競争故に当然、ゴールテープも存在しない点にパンドラは目をつけた。
この場合、塔に触れる、または塔の手前で停止する事をゴールとし、そこに合わせて徐々にスピードを落としていくのが本来、常である。
しかし、これに対してパンドラの出した答えは〝スピードを一切落とさずに〟塔へ突っ込み、激突の瞬間に【蝶・効・果】で一時的に消失、その場に再出現する事で最高速度を保ったままのゴールを果たすというものだ。
いくら童話主人公といえど、人間である以上、ゴール手前でその速度を落とさなければならない。
それがパンドラの描いた、パンドラにしか出来ない図式であった。
そしてそれは同時に、パンドラの驕りともいえる結果を生み出す。
パンドラがゴールである塔に辿り着き、作戦通り【蝶・効・果】で消失した際にそれは起こった。
DOGAAAAAAAAAAAAN!
「!?」
パンドラの中では本来ありえない、全く想定していなかった轟音が辺りに鳴り響き、何が起こったのかという戸惑いを持ちながら、パンドラは塔の麓に再出現する。
そこで何が起きたのかは明白だった。
当初、パンドラの予想において、ゴール手前で速度を落とすだろうとされていたメリーはその実、パンドラ同様に全くスピードを落とさず、あろう事かそのまま生身で正面から塔に突っ込み、体当たり同然で塔を貫通してそのまま走り去っていったのである。
「なぁッ!? ・・奴には常識が無いのか!?」
『違うよパンドラ、彼女に常識が無いというより、この世界全体に常識があまり通用しないんだ。きっと』
塔の根元に開いた人型の穴と走り去ったメリーを交互に見つめながら唖然とするパンドラに、トーマスが私見を述べた。
その時、急激に日が傾いた訳でもないにも関わらず、パンドラに巨大な影が差し込む。
「ン?」
「と、塔が倒れるぞ~~~ッ!」
付近にいた住民の声を受けて上を見上げれば、メリーがその身で穴を開けた塔が今まさに、パンドラの立つ方向へ向けて倒れ込んできた。
「! ・・っ、【蝶・念・動】!」
パンドラは両手を上にかざすと、【蝶・念・動】で倒れ込んでくる塔を空中で止め、ゆっくりと元の真っ直ぐの状態へ押し返す。
「おぉ~~~っ!」
歓声を上げる住民達だが、パンドラにはメリーが開けた穴によって、根元が完全に壊れているのが分かり切っており、そこを完全に修復しない限り、パンドラが【蝶・念・動】を解除した途端、塔は再び倒れる状態だった。
「くっ、このままでは・・・・・・」
『パンドラ、まずは常識を捨てるんだ!』
「常識・・そうか、この世界は夢の中の世界。イメージ次第でどうとでもなる。まずはこの塔の折れた箇所と穴を埋める所からだ」
『普通なら新しい外壁材とセメントで修復した後、固まるまで固定するものだけど・・・・・・』
「ここにそんな物はない。加えて固まるまでこの体勢で待ってやるつもりも無い。瞬間的に固まり固定される物・・つまりア〇ンアルファだ!」
『あ~~~~ッ!!』
「? どうした?」
「あ、いや・・何でもない。でもアレじゃその・・量が足りないんじゃ?」
「無いなら創ればいいのだ。デカイ奴をな!」
その瞬間、パンドラの【魔導人形の眼】が開眼し、そのままムーンレイが発動する。
《Liberation:Battterfly Criate》
「【蝶・創・生】ォ!」
その直後、パンドラの掌から無数のキューブ型の物体が生まれ、それらが集まって融合しながらその大きさを増していくと、巨大な接着剤へと姿を変え。ドボドボと塔の折れた断面にぶっかけた後、【蝶・念・動】で維持していた塔をズシンと半ば雑に乗せ、押し付けた。
「さて、穴は・・」
『その辺に岩でもあれば良かったんだけど・・』
「コレでも詰めとけばいい」
そう言ってパンドラは【蝶・創・生】で巨大ウンコを造り出し、ポッカリ開いた穴へと詰め込んだのである。
『エ~~~ッ! 岩か同じ外壁材でも作れば良かったんじゃないの?』
「外壁材は素材が分からん。岩だと創ってから穴に大きさを合わせる事が出来んからな。その点ウンコは万能だ。・・ちょっとクサイがな」
『せめてスライムにして。水と洗濯のりと重曹でも混ぜとけば作れるから』
「ホウ。今度試してみよう。だが今はそれより・・」
パンドラはくっつけた塔の壁の前に立つと、【蝶・創・生】で大きなマジックペンを創り出し、壁に扉の絵を描き始めた。
そして完成した扉のドアノブの辺りに手をかけると、まるでそこに元から扉があったかの様にアッサリと開き、中に閉じ込められていた人間達を救出してみせたのである。
「さて、後は奴に合流しないとな」
そう呟くと、パンドラは生体波導感知能力で掴んだメリーの居場所へ【蝶・効・果】で空間跳躍した。
《眠りの森の美女編――第6部へ続く――》