浦島太郎編――最終部――
「はッ!」
パンドラが意識を取り戻した時、そこは既にリングオブリュウグウのフィールドではなかった。
「気が付いたかい?」
覗き込んできた顔に目を向けると、そこにはトーマスとニコラがこちらを見下ろしている。
「ここは・・」
「ムーンアークの城内にある医務室だよ」
トーマスの言葉に、ふと隣のベッドを見ると、今も尚意識を取り戻していないアリスが、既に量産され始めているアンドロイド達によって看病されていた。
「・・私の身体に外傷はあるか?」
「無いよ。あっても瞬時に直るだろう?」
「確かにな。・・あの親子はどうした?」
「予定通り帰そうとしたんだけど、あの町にまた戻りたくは無いって。この船に置いて欲しいって懇願されてるよ。一応君の判断が出るまで保留という事にしてあるけど」
「ならそのまま置いておけ。この船の資材管理をさせろ。それに応じた住処もだ」
「了解」
「私が意識を失ってからどれ程時間が経った?」
「実に六時間程。君にしては大分時間がかかると思ったが、検査してその理由が分かった」
「何だ?」
「その前に・・」
身を乗り出しかけたパンドラを制止しながら、トーマスが口を挟む。
「君をここまで運んだニコラに、何か一言ぐらいくれると、製造主のボクとしては嬉しい」
「何? ニコラが?」
それを聞いたパンドラは、傍らに立つニコラに視線を移した。
「ハイ。私ガ、リング・オブ・リュウグウノ会場カラ、貴方ヲココヘ搬送シマシタ」
「そうか。どうやってここに来たか気にはなっていたが、君だったか。いや、有難う」
「イエ、何時デモ頼ッテクダサイ」
「それで? 私がのんびり眠りこける羽目になった原因は何だ?」
「君がムーンフェイスを一刀両断した直後、ムーンフェイスはこれまでの様に爆散するのではなく、ある物質を撒き散らしながら消滅した。君はそれに巻き込まれたせいで意識を失ったと考えられる」
「ある物質だと?」
「うん。君は聞き慣れてないかもしれないけれど、科学の分野だと割と珍しくも無い。けど未だ未知数の可能性を秘めている〝ナノテクノロジー〟という分野に属する物で、【ナノマシン】という極小物質だ」
「ナノマシン・・・・・・」
パンドラは初めて耳にしたであろうその単語を反芻する。
「これはあくまでボクの推測なんだけど、製造主であるツクヨミ博士は魔術無効化機構という虎の子を備えたムーンフェイスが再び撃破される最悪の事態を予測して、予め仕込んでおいたんだと思う」
「それが今回目論み通り発動したと?」
「うん。それも被っただけで瞬時に君の身体を脅かす程、感染力の高い物だ」
「感染だと?!」
「あぁ。君が意識を失ったのは、感染に対する君の体の拒絶反応だと思う。残念だが、ボクの技術を以ってしても、君の身体からナノマシンを取り除く事は出来ない。それが今後、君の身体にどんな影響を及ぼすかも不明だ」
「・・つまり、今後私はいつ牙を剥くとも知れん爆弾を身体に抱えながら、旅を続け、戦い続けなければならないという訳か」
その表情にはゲッコー博士が連れ去られた時以来であろう、憔悴の色が浮かんでいた。
「それも踏まえてだけど、今回の戦闘を通じてのムーンフェイスに対する見解と、その対策を検討したいね」
「いいだろう。ただしメインブリッジで、童話主人公達を交えて全員でだ」
「了解」
パンドラがベッドから出ると、三人は医務室を後にする。
メインブリッジに到着すると、そこには既にアリスを除く契約中の童話主人公達が全員集まっていた。
「おぉ主よ。無事であったか」
「あぁ。心配をかけたな」
「もぉ~アタシ達の旅ここで終わっちゃうのかと思ったわよぉ~!」
「あまり肝を冷やすような真似はするな」
「・・・・・・」
「まぁでも元気そうで良かったよ」
「いや、オールクリアというわけでもない」
「えっ?」
パンドラは今しがた医務室で知らされた、自身の身体に起こった事について童話主人公達に話す。
「そんな!」
「何と・・」
「それも踏まえたうえで、対ムーンフェイス及び鎧武者戦における対策が必要だ。お前達も見ていただろうが、奴等はとうとうこちらの魔法を無力化する手段を講じてきた。今後、抗戦出来るメンバーは限られ、総力戦は難しくなってくるが、分析と見解、対抗手段はここにいる全員で共有しておきたい」
「成程、あい分かった。してどこから始める?」
「その事だけど・・」
トーマスがニコラと共に進み出て口を開いた。
「ニコラがパンドラを回収した時、実は一緒に残ったムーンフェイスの残骸も幾つか回収してきたんだ。まずはそれについての話からどうかな?」
「いいだろう」
「ン、何か分かったのか?」
金太郎が穏やかな調子を崩さず問いかける。
「前にパンドラとは話したんだけど、君達はこれまでムーンフェイス達の事をサイボーグだと思って戦ってきた。けど科学に詳しいボクからすると、彼らの特徴を聞く限り、正確にはサイボーグではなくアンドロイドなのではないかという可能性が出てきていたんだ」
「だからどうした? それで何が変わる?」
赤ずきんがやや不機嫌そうに尋ねた。
「対策の方針が全く異なる」
「?」
「これも前にパンドラとは話したけど、サイボーグとアンドロイドとでは製造工程というか、そもそもの出発点が真逆なんだ。元々人間だったその身体を機械化していって出来た物がサイボーグ。それに対して、人間を目指して機械部品を組み上げ、プログラムを施して出来た物がアンドロイド。サイボーグなら体のどこかしらに生体部位が残っている筈。だから生体部位の箇所を突き止め、そこを完全に破壊してしまえば復活する事はない」
「コレヲ」
ニコラが作戦会議用の電子机に、自らの目から光を照射すると、そこに回収したムーンフェイスの残骸の映像が映し出される。
「手足とコレは・・胴体の一部ってとこかしら?」
「ハイ。コレニ皆様ノ、コレマデノ戦闘デ分カッテイル事ヲ、照ラシ合ワセテ頂キタイノデス」
「手には高エネルギー弾を発射する機関と、腕自体がそもそもワイヤー付きで射出出来る構造になっていた筈だ。それと足先にも光刃を展開する為の機関があった」
パンドラがアリスと赤ずきんの世界で戦った記憶を元に口火を切った。
「・・胴体の大型粒子砲発射口もな」
赤ずきんが腕を組んだままそれに続く。
「しかし余の世界では、奴は身体を丸ごと残して中身だけ逃げおおせた。となると、奴の身体に捨て置けぬ筈の生体部位が存在するとは考えにくいな」
「そのうえでアタシの世界にも普通に出てきたしね」
「右に同じくー」
「・・なら、アンドロイドか?」
「アンドロイドとなると生産元、つまり、敵本陣まで乗り込んでその生産体制を完全に破壊するまでムーンフェイスの襲撃は止まらないという事になる。それだけパンドラ、ひいては我々が敗北、抹殺されるリスクが高いって事になる」
「下らん。奴がサイボーグだろうがアンドロイドだろうが、ゲッコー博士を救い出さねばならん以上、どのみち敵本陣まで攻め込むのは確定事項だ。奴がどちらかはその時分かるだろう。そんな事より魔術無効化機構対策の方をどうにかするべきだ」
「フム、そうだね・・うん、そうかも。魔術無効化機構の方は、そうだなー・・機関の搭載箇所が分かれば良いけど、まぁ今すぐは難しいから・・あ、そういえばパンドラがさっき今後抗戦出来るメンバーが限られるって言ってたけど、どういう事だい?」
「童話主人公にも戦い方にそれぞれ違いがある。魔法を一切使わず、己の身体能力だけで戦える者もいれば、そうでない者もいる」
「! そうなのか。誰が戦えて誰が難しいの?」
「余は肉弾戦に限るが、出来るぞ」
「ハーイ、アタシも剣術だけで戦えマース!」
「ウ~ン、僕等は刀とクナイがあるから戦えなくは無いんだけど、シノビだから偵察や暗殺が専門だし、正面きっての戦い自体、あまり得意じゃないんだよね・・」
「・・・・・・私はほぼ無理だな」
「アリスも戦線復帰はしてないが、魔法抜きでは戦えんだろうな」
「オッケー、じゃあ赤ずきんから優先してガジェット開発始めるね」
「ガジェットだと?」
「うん。いずれ童話主人公全員分作るつもりだけど、ムーンフェイスの軍勢・・というか小隊が総じて魔術無効化機構を講じてきた以上、こちらもそれぞれの特性や得意分野を生かしつつ、魔法を使わない戦い方が出来る武装やアイテムを開発していかないと、全員で奴等に対抗出来ないからね」
「そういえばどうして今回は鎧武者あんなに少なかったんだろう? 僕等の時は平原を埋め尽くす程の大軍勢だったのに」
「その大軍勢を君達が退けた事で、物量戦が効果を伴わないと判断されたんじゃないかな。ボクは記録を見ただけだけど、あれだけの軍勢を生産するのは、それだけでも相当なコストがかかった筈だよ。それに加えて新型の武装も複数導入していたようだし、あの時点でコスト的に相当な痛手を与えていたんじゃないかなぁ? まぁ魔術無効化機構自体がコスト高くて量産が難しいって可能性もあるけど」
「チッ、科学なんぞ気に食わん」
「だが赤ずきんよ」
科学に対しての本音を漏らす赤ずきんに、金太郎は諭す様に声をかけた。
「ここにいる殆どの者が、科学に対して良い印象を持たないのは事実だが、それでも未知の敵や強大な敵に対し、その力を解析した上で自らに取り込みこれを滅すは、人類が遥か古来から講じてきた由緒ある常套手段だ。要は毒を以って毒を制すという事だな」
「フン、要は考え方と言いたいのか」
「あぁ。トーマスよ、ガジェットの件は頼んだぞ」
「うん、任せてくれ」
「それなら私からも幾つか頼みたい」
パンドラがトーマスへのガジェット話に便乗する形で要望を口にする。
「勿論、童話主人公共の力も借りるが、戦場で私に随伴し、指示通りに動くアンドロイドが何体か欲しい。プリンシパルのドールモードでは使用中に私の白兵戦が出来ん。加えてもう少し規模の小さいソードタイプのガジェットも頼む。もう少し速度の速い白兵戦が好みだからな」
「分かった。クルーアンドロイドも量産が進んでるし、彼らに手伝って貰って何とかやってみるよ」
「ではとりあえず、ムーンフェイス自体についてはアンドロイドの可能性有りとみるとして、今後の方針としては、対ムーンフェイス及び鎧武者戦に関して、基礎身体能力やガジェットを使用した科学技術寄りの迎撃を主に行い、可能であれば避ける事も辞さない方向でいく。対童話主人公への作戦行動はこれまで以上に迅速に行う事・・というのが我々共通の認識でいいな?」
「「「「「「了解」」」」」」
「すぐに出航準備にとりかかれ」
その場にいた全員の進む方向が決まると、パンドラの号令と共に童話主人公達が一斉に各コンソール席へと滑り込んだ。
『ムーンアーク発進準備開始、発進準備開始。各クルーはそれぞれの位置についてください』
「ムーンドライブエンジン、始動」
「始動確認。続けてフルムーン機関、臨界点突破」
「突破確認。ラプラスシステム起動。突入座標入力。ホール生成開始」
「起動並びにホール生成確認。・・ホール形成完了。進路、オールクリア」
「ムーンアーク、ドライブ開始!」
ゴゥン、という音を僅かに響かせ、巨大な城塞都市船は、海中に出来たワームホールと共に【浦島太郎の世界】から姿を消す。
*
所変わって、とある直方体の建造物。
無駄な物を一切削ぎ落としたかの様なその建物の内部に、そのラボはあった。
ルナ・エクリプスラボ。通称【ツクヨミラボ】と呼ばれるそここそ、現在、まさにパンドラ一行が童話世界を辿りながらも目指しているその場所である。
そのラボ内にあるモニターで一人、パンドラとムーンフェイスの戦闘を見る老人が居た。
ラボ主でありゲッコー博士の拉致を指示した張本人、ツクヨミ博士。
「やれやれ、これだけコストをかけてこのザマとは・・一体、何度私を落胆させれば気が済むのだ。役にたったのが最後のナノマシン散布だけとはな。最早奴では埒が明かん。
―――――【最後の楽園計画】を実行に移すとしよう」
《第八章へ続く――》