浦島太郎編――第5部――
砕け散った氷の残骸の中から現れ紋章形態となったウラシマに、パンドラは自身の波導エネルギーから作り出した紋章を投げつけ、封印契約を遂げる。
だが、そこへ新たな脅威がパンドラを襲った。
「!」
ウラシマの時とは違い、とてつもない圧力の水音を轟かせ迫ってきたソレを、パンドラは難なく後方へ下がってかわす。
ソレは、水で形作られた天女だった。
ウラシマが戦闘中に外から呼び込んだ海水は、ロマンダイナが会場の大半を破壊していた事も相まって、マルチビットによるフォーメーション解除後、程無く外へ流れ出ていたので、この水の天女をけしかけた人物は、何も無い所から水(それも高圧の物)を生み出した事になる。
その人物は、水の天女の向こうから険しい表情でこちらを見下ろしていた。
「ホウ、もしやアレがあの母親の言っていた乙姫か? 魔法の腕はどうか知らんが、腐っても大会主催者という事か」
不敵な笑みを浮かべそう呟くパンドラを前に、は次々と水の天女を作り出していく。
直後、乙姫が軍配の様な宝具を操ると、水の天女達は同じく水で出来た薙刀を手に、一斉に襲い掛かってきた。
しかしフローズンドレスのままだったパンドラは、両手から高速で氷属性のフォースボールを発射し、瞬く間に水の天女軍団を氷像の博物館と化したのである。
ところが乙姫は、新たに天女軍団を造り出すと、再びパンドラを攻撃させた。
それに対しパンドラは、胸部中央に波導エネルギーを凝縮させると、そこから氷漬けの天女軍団へ向けて、冷凍ビームとなった氷属性のフォースカノンを放ち、その氷像を粉々にしつつ再凍結させる。
すると乙姫は宝具を操り、パンドラを呑み込もうと、地面から津波の様に大量の水を繰り出した。
「・・何が来るかと思えば、下らん」
パンドラは呆れ顔でそう言うと、右脚に波導エネルギーを凝縮させ、飛翔する。
「そこまで付き合ってやる義理はない。ムーンブリザードキック!」
氷属性を伴う超圧縮された波導エネルギーのキックは、津波と化した大量の水に突っ込んだその一瞬で全面を凍結させ、パンドラを貫通させると、その奥に佇む乙姫へ容赦なく極寒の一撃を突きつけ、氷の彫刻と化したソレを粉々に打ち砕いた。
既に周囲に誰も無いなくなったリング・オブ・リュウグウの会場で、静寂と共に訪れた歪んだ支配の崩壊に、パンドラは溜め息混じりに胸を撫で下ろす。
その時、突如として会場上空にワームホールが出現し、内部からパンドラ目掛けて粒子ビームと無数の銃撃が降り注いだ。
「!」
フォースウィングを展開し、その機動力と【蝶・反・応】で回避したパンドラは、ワームホールの方を見上げつつ、その奥から来るであろう存在に対して、フォースカノンの発射態勢を整えて待ち構える。
そして現れ出た、たった五体の鎧武者に対し、パンドラは出し惜しみ無く氷属性のフォースカノンを浴びせかけた。だが・・
「!」
鎧武者達は腰から小型のマルチビットを展開し、ビームシールドを展開すると、パンドラの氷属性フォースカノンをいとも容易く防ぎ、腰から刀を抜刀して斬りかかる。
「くっ!」
すかさずパンドラは、マルチビットスカートでフォースバリアを展開し、斬りかかってきた二体の鎧武者の攻撃を防ぎに入った。
ところが、振り下ろされた刃が防がれる事は無く、二機のマルチビットスカートが展開していたフォースバリア毎斬り捨てられたのである。
「何ッ!?」
予想だにしなかった展開に、一瞬反応が遅れるも、距離を取ったパンドラは大型フォースボールとフォースカノンを地面に放ち、氷の壁を造り出す事で、ひとますの時間を稼いだ。
「どういう事だ? フォースカノンが効かず、フォースバリアも意味を成さん。これは・・」
その時、上空から大型の粒子ビームが飛来し、築かれていた氷の壁を木っ端微塵に打ち砕く。
「まだ分からんか。貴様の時代は終わりを告げたのだ」
少し懐かしさを覚えつつも忘れる筈のない声に、パンドラは上空を睨み付けた。
「・・ムーンフェイス」
「さぁ、魔女狩りの時間だ」
ムーンフェイスはそう言うと、腰の刀を抜刀して斬りかかる。
「チッ」
迫るムーンフェイスに、パンドラは両足先からフォースブレードを展開して応戦の構えを取った。
だが次の瞬間、脳内に攻撃を防ごうとして自身の脚が消し飛ぶビジョンが流れ込み、パンドラは【蝶・効・果】で距離を取りつつ、ギリギリで回避する事でどうにか事なきを得る。
「(どういう事だ? 今のビジョンは・・)」
謎のビジョンの意味が理解出来なかったパンドラは、ひとます残るマルチビットスカートを展開し、再度ムーンフェイスに攻撃を仕掛けた。
ところがマルチビットスカートから放たれたマイクロフォースカノンは、ムーンフェイスに着弾するその直前で、目視出来ない何かによって消し去られたのである。
「何だ・・・・・・何が起きている!?」
「フッフッフッフッフッハッハッハッハッハッ・・言った筈だ、魔女狩りだと! 最早貴様の波導魔法も、ドレスチェンジも、魔宝具の攻撃すら我が【魔術無効化機構】の前に一切届かぬという事だ!」
「何だと・・」
「これで貴様の不死身も、見納めだッッ!」
「チッ・・」
勝利を確信し、刀を振り抜かんとするムーンフェイス。
しかしその刃がパンドラを真っ二つにする事は無かった。
「! ・・・・・・何?」
防げなかった筈のマルチビットスカートが、先程と同様にシールドを展開しながら、今度はムーンフェイスの攻撃を完全に防いでいたのである。
「危なかった・・君の予測は正しかったようだな」
他の誰でもなく、パンドラはヘッドセットへ向けてそう言った。
『・・予想より随分早いね。でも備えておいて良かったろう?』
「備えあれば憂いなしとはこの事だな」
それと同時に、パンドラはモードを切り換えたマルチビットスカートでムーンフェイスに対し反撃を始める。
「何故貴様がマルチビットを・・」
「毒を以って毒を制すというだろう?」
「フン、だが・」
ムーンフェイスは装備していた大小のマルチビットを全て展開し、反撃に転じたパンドラを迎え撃った。
「私にも同じ武装がある事を忘れてはいまい!」
「くっ!」
襲い来るムーンフェイスのマルチビットに、パンドラは残存している全てのマルチビットスカートで対抗する。
だが、小型のマルチビットに対抗するだけで、パンドラ側のマルチビットスカートとしてはキャパシティが限界に近いものがあった。
加えて大型のマルチビットにまで対応しなければならず、大型一機に対して複数機で迎撃しにかかるものの、大型を一機撃墜する度、その一瞬の隙で小型にこちらのマルチビットスカートを一~二機程墜とされていく。
これによりパンドラに新たな問題が発生していた。
「・・・・・・っ!」
魔術無効化機構を備えたムーンフェイス及び鎧武者達の攻撃に対し、パンドラは何一つ対抗手段を持たず、ただひたすら回避し続けるしかなかったのである。
「どうした、避けるだけかぁぁッ!」
「ええい、何か奴等に有効な攻撃武装は無いのか!?」
『もう少し待ってくれ。あとホンのチョットなんだ』
その間にも、マルチビットはマルチビットスカートを減らし、数における優位性を更に磐石な物として、余った戦力を少しずつパンドラの方へと回してきていた。
「ぐっ!」
そんな中、一機のマルチビットの攻撃が自身の右脚を消し飛ばすビジョンが飛び込み、パンドラは急ぎ【蝶・効・果】で距離を取る。
「!」
しかしビジョンはそれだけでは留まらず、マルチビットや鎧武者の攻撃によって身体の至る所を消し飛ばされるビジョンが次々と流れ込み、パンドラに息つく暇を与えない。
「・・・・・・(これ以上、ここで避け続けるには限界か)」
ムーンフェイスをこの海底都市に顕在させたままというのは癪であったが、これ以上トーマスを待ってもいられなかった為、パンドラは再び【蝶・効・果】を使い、ムーンアーク内のトーマスの工房へと跳ぶ。
「あとチョットと言って、どれだけ待たせる気だ?」
「! いいタイミングで来たね。たった今完成したところだ」
そう言ってトーマスは完成したばかりの新装備をパンドラの前に露にした。
そこにはサーフボード並みの大きさを誇る絢爛な装飾が施された大剣が鎮座しており、ただその部分部分をよく見ると、刃がクリスタルで出来ていたり、複数のパーツに分割されているのが分かる。
「コレは・・」
「【バスターソードプリンシパル】、白兵戦を好む君のために作った、対魔法無効化戦用装備さ。君が将来、ムーンフェイスの様な魔法の通用しない相手と戦わなければならない状況に陥った時の為に、大剣型をメインとした複合兵装として開発した」
「複合兵装?」
「君の魔法が通用しない場合の最悪の例としては、君が一切の魔法を使用出来ない場合、つまりエリア規模で君の魔法を封じてきた場合だと思う」
「フム」
「そうなると君は、接近戦は勿論、飛行による空中戦も出来なくなる。加えて中~遠距離と防御を全てマルチビットに任せるのは、相手のスペックに戦況が大きく左右されかねないからね。だから魔法に頼らず、オールレンジ対応で且つ君の飛行も手助けするオールインワン武装にするべきだと思ったのさ」
「ホウ」
「メインである接近戦のソードモードとドリルモード。中距離戦のバリスタモード。遠距離戦のカノンモード。それから防御用のシールドモードと飛行用のフライトモードに戦闘支援用のドールモードだ。モードの切り換えはマルチビットと同じ脳波で出来る」
そう言ってトーマスはニコラと二人がかりでバスターソードプリンシパルを手に取ると、それをパンドラに手渡した。
「・・ウム、申し分無い」
二人がかりで渡されたバスターソードプリンシパルを、片腕で受け取ったパンドラは軽々と構えると、満足そうに答え、【蝶・効・果】で再びリング・オブ・リュウグウへと戻る。
「! おやおや、どこに逃げたかと思えば・・何だ? その馬鹿デカい剣は」
「お前の相手をするための新しいオモチャだ」
そう宣言したパンドラは、バスターソードプリンシパルを構えると、フォースウィングを展開して飛翔し、ムーンフェイスへと斬りかかった。
「フン」
突っ込んでくるパンドラに対し、ムーンフェイスはマルチビットと鎧武者に迎撃させる。
対するパンドラは襲い掛かってきたマルチビットをマルチビットスカートで防御し、回り込んで攻め込んできた鎧武者の一体目をソードモードで斬り裂き撃破すると、続く二体目に対してバリスタモードに切り替え高エネルギー弾を放ち爆散。最も接近した三対目に対し、ドリルモードに変形させたプリンシパルを叩きつけて粉砕させた。
残る二体の鎧武者は脚を止め、パンドラとの一定の距離を維持する。
そこへ、マルチビットスカートと攻防戦を繰り広げていたマルチビットが、突如、攻撃目標をパンドラに変更し、襲い掛かってきた。
「フッ」
だが、パンドラはそれに動じる事無く、プリンシパルをバリスタモードに再び変形させると、忙しなく動くマルチビット一つ一つに、惑う事無くスライドレバーを引いては撃ち、引いては撃って次々と落としていく。
普通なら、超高速で動き回る移動砲台を正確に撃ちぬく事など不可能に近い。
だが【蝶・反・応】を備えたパンドラにとっては、マルチビットが、次にどのタイミングでどの位置に来るかを感じ取り、そこを狙い打つ事など造作も無かった。
「チッ」
想定外に善戦するパンドラに業を煮やしたムーンフェイスは、残る二体の鎧武者に加えて残存するマルチビットと自身で以って総力戦に挑む。
迎え撃つパンドラは、プリンシパルをソードモードに切り替え、ムーンフェイスの刃を受け止めた。
更にそこへ、それぞれ斜め後方から襲い掛かる鎧武者達とマルチビットの攻撃を、マルチビットスカートで防ぎ、戦いは膠着状態へと移行する。いや、したかに見える。
その直後、ムーンフェイスの攻撃を受け止めていたパンドラは、【蝶・効・果】で一旦その場から消失すると、後方でマルチビットスカードが防いでいた鎧武者とマルチビットの更に後方に出現し、プリンシパルで鎧武者を斬り捨てた。
そしてすぐに【蝶・効・果】で再消失すると、別の鎧武者の後方に再出現し、これもプリンシパルで斬り上げ撃破する。
斬り捨てられた鎧武者二体がそれぞれ爆炎を上げる中、パンドラはフォースウィングを羽ばたかせて飛翔し、後を追ってきたムーンフェイスとマルチビット達の方へ振り返ると、プリンシパルをカノンモードへと変形させた。
そして姿を見せた砲口から大規模な粒子ビームを放つと、ムーンフェイスには回避されるも、残るマルチビット達を軒並み焼き払う事に成功したのである。
『そのバスターソードプリンシパルは君と違ってエネルギーは無限じゃないからね。連射は避けてくれよ?』
「了解した」
そう答えながら、パンドラはプリンシパルをソードモードに変形させ、急速接近してくるムーンフェイスへ自らも距離を詰めにかかった。
そしてそれらが交差する瞬間、パンドラは【蝶・効・果】でその座標から消失すると、その前方へ進む勢いのまま、ムーンフェイスの背後に出現し、串刺ししようとする。
「甘い!」
だが、それを読んでいたムーンフェイスは【DWS】で補充されたマルチビットを操り、パンドラに奇襲攻撃を仕掛けた。
それでも【蝶・反・応】を持つパンドラにはそれすら通用せず、マルチビットスカートを呼び寄せると、自身もプリンシパルをバリスタモードへと変形させ、使用可能な全砲門で以ってマルチビットを撃ち落とす。
「くっ!」
思わず後退しながら距離を取るムーンフェイスに、パンドラは【蝶・効・果】を使い一瞬で背後を取ると、すかさずプリンシパルから高エネルギー弾を叩き込み背中のバックパックを破壊した。
「ぐヌッ!」
飛行能力を失い落下していくムーンフェイスへ、パンドラは間髪入れずにプリンシパルをソードモードへとチェンジすると、ムーンフェイスよりも早く急降下し、遂にその巨大なクリスタルの刃で斬り裂くに至ったのである。
「グォアァァァッ!」
ところが次の瞬間――
「!」
爆散するかに思われたムーンフェイスは、ボンッと何度か音を立て四散しながらも、爆発を起こすのではなく、何やら謎の物質を撒き散らし、パンドラを巻き込んだ。
「ぐっ、っアァッ!」
『パンドラ!』
『主ィッ!』
仲間達のヘッドセット越しの呼びかけも空しく、パンドラは静かにその場に倒れこむ。
《浦島太郎編――最終部へ続く――》




