浦島太郎編――第3部――
翌日。
パンドラは【蝶・効・果】でムーンアークから直接リング・オブ・リュウグウの会場内に出現した。
なるべくスペックの全容を明かさず、且つ派手に戦うパンドラに、観客は大いに盛り上がり、話題が話題を呼んでチケットは飛ぶように売れ、彗星の如く現れたダークホースの存在は都市内に急速に広まっていたのである。
「さて、多少会場も手酷い状態にしてしまったが、常時開催というからには恐らく今日も開催される筈だ」
会場の壁にその日の開催内容が掲示されていたのを発見したパンドラは、早速自分の名前を探した。
「フム、どうやら次のランクへの昇格戦とやらに出なければならんようだな」
『何? 勝ち残った段階で資格を与えられる訳ではないのか?』
メインブリッジからモニタリングしていた金太郎が、疑問を口にする。
「どうやら違うらしい。対戦相手が一人というのも前と違うな。どんな奴か調べてくれ」
『承知した。名前は?』
「【ゲイダー】だ」
『検索してみよう・・・・・・ム、この人物は本来、浦島太郎の話に出てくる人物ではないようだな』
『リング・オブ・リュウグウと絡めて検索しろ』
『了解。・・・・・・見つけたぞ。ゲイダーは〝クロコダイル人間〟だ』
「クロコダイル型の亜人間種か」
『ウム。Fランクからの昇格がかかった選手の相手を専門に担当する、主催側が用意した人物のようだ』
「ホウ」
『ちなみにゲイダーに勝利してEランクへ無事に昇格した選手は、今のリング・オブ・リュウグウが出来上がってから一人もいないそうだ』
「つまり大会自体が出来レースの可能性があるという事か」
「おやおや、誰かと思えば・・」
「!」
声のした方を見ると、そこには紳士的な服装に身を包み、立派な髭を蓄えた男がステッキを手に立っていた。
「誰だ?」
「名乗る程の者ではございません。ただ、この大会を運営する側の人間の一人です。貴方は先日活躍されたパンドラさんですな?」
「そうだが?」
「貴方にチョット良い儲け話があるのですが」
「ホウ、どんな?」
パンドラは警戒心を表面に出さないよう努めながら、詳細を尋ねる。
「何、簡単な事です。今日行われるそのEランクへの昇格戦、ワザと負けていただけるだけでいいのです。それだけでこの大会の優勝賞金以上の金額を贈呈させて頂きます」
「ホウ、それでそちらに何のメリットがあると?」
「実はこの大会、お話しするには少々複雑な事情がございましてな」
運営の男の言葉に、パンドラは先日貧民街の親子から聞いたリング・オブ・リュウグウの真相を思い返した。
「・・・・・・(確か都市における殆ど全ての事柄をこの大会の結果で決めているんだったな)」
「パンドラさんは街の外から来られた、いわば外部のお方。非常に卓越した能力をお持ちなのは先日の戦いで充分承知いたしましたが、その複雑な事情に対し、必要以上に外部のお方を巻き込む訳にはいきませんのでな。参加は自由ですが、こうして救済措置を設けさせて頂いておるのです」
「成程、そうだったか(都市の決定事項を決める大会で、万が一にも外部の人間が勝ち上がって上位に食い込めば、現体制の崩壊になりかねん。それを阻止するのが本当の目的か。大抵の奴は富か名声が目的で参加するだろうからな)」
「ご理解頂けましたか?」
『主よ、その話胡散臭さしか感じぬぞ』
『どう見てもボク達の目的と合致しない。拒否一択だね』
「・・その話、受けよう」
『!?』
『なッ!』
予想だにしなかったパンドラの返答に、金太郎を始めとする童話主人公達とトーマスは揃って驚愕する。
「おぉ、引き受けてくださいますか。有難い。では相手の方にはこちらから伝えておきますので」
「あぁ」
立ち去っていく運営の男を見送ると、パンドラも踵を返しリングへと向かった。
『どういうことだい? どうして断らなかったんだ!』
『主よ。流石にこれは失望を禁じ得ないぞ』
「まぁ待て」
動揺し、猛抗議に出る二人だが、それに対しパンドラは余裕の調子を崩さない。
「じきに分かる」
不敵な笑みを浮かべるパンドラの真意は、そこからすぐに分かる事となる。
「試合、開始ィィィィッ!」
昇格戦が始まった次の瞬間、パンドラは【蝶・効・果】で姿を消し、ゲイダーの顔面付近に出現すると同時に、右手に作り出したフォースボールを左眼に突きつけて視界を奪うと、すぐさま【蝶・効・果】で再消失し、ゲイダーの反撃を回避。
そのまま正面の地上に再出現すると、今度は【蝶・剛・筋】を発動し、全身を無数の蝶による漆黒の鎧で覆って跳躍。
右脚に波導エネルギーを蓄積し、ムーンクレセントキックによる右回し蹴りでゲイダーの下顎を粉々に砕いてみせた。
会場中で沸き上がる歓声の中、ゲイダーと運営に関わる人間のみが、話が違うとばかりに戸惑いの表情を見せる。
「行けマルチビット」
だがそんな事はお構いなしに、パンドラによって放たれた十二機のマルチビットがゲイダーを取り囲む様に接近し、考える間を与えぬまま、その先端部のクリスタルからマイクロフォースカノンを全身に突き刺していった。
相手が完全に油断していた状態からのスピード勝負だったとはいえ、実にFランク戦にかかった半分にも満たない時間での決着に、会場は興奮と同様に包まれる。
「こ、コレはどういう事だァ!? あの幾多の選手を沈めてきた名プレイヤーゲイダーがまさかの瞬殺ゥ! 圧倒的! 圧倒的な速さでのパンドラの勝利ィィ~ッ!」
パンドラの勝利を伝えるMCの男の声からは、観客には分からないまでも、予定と異なる事態への動揺がパンドラには明確に感じ取れた。
『一体どういう・・まさか、最初からこのつもりで?』
「あの段階で拒否しては、その時点でウラシマへ辿り着く事が困難になるのは目に見えてるだろうが。取引にあえて応じたフリをすれば、奴等を油断させ、その虚を衝く事が出来る」
『何と、これは一本取られたな』
「そして負ける予定の相手に勝つ予定の存在が倒され、更に負ける筈だった相手がフィールドに立ち続けているとなれば、奴等の取る選択肢はただ一つ」
その直後、フィールド内に無数の屈強な選手達がなだれ込み、パンドラを取り囲んだのである。
「取引を反故にした相手をそのまま生かして帰す訳が無い。すなわち私を是が非でも殺しに来るという事だ」
「おぉぉ~~っとぉ! ここで大会運営側から一報が入りましたァ。パンドラ選手にはAランクまでの全登録選手達を交えた〝バトルロイヤル〟に挑んで貰うとの事ですっッッ!」
『バトルロイヤル!?』
「体のいい方便だな」
パンドラは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「ここでパンドラ選手を倒した選手には何とぉ、現在のランクを問わず、現チャンピオンへの挑戦権がその場で与えられるぞぉッ!」
MCより伝えられる特種ルールに、会場内がより一層沸き立ち、取り囲む選手たちがジワジワとその距離を詰める中、パンドラは余裕の表情を崩さない。
『君も分かっているんだろう? 今ここに立っている連中がさっきまでのとは比べ物にならないって事くらい』
「だが、それはコイツ等を全員始末する事で、ウラシマへ一気に近づけるという事でもある」
「野郎共準備は良いかぁぁッ? リング・オブ・リュウグウ、エキシビジョンバトルロイヤル・・開始ィィィッ!」
「さぁ、出番だお前達!」
戦いの火蓋が切って落とされると同時に、パンドラはブローチから赤ずきんを魔宝具形態で起動する。
「クリムゾンシューティング」
直後、パンドラが左右へ向けて展開したフレイムバスターカノンの全砲塔から、紅色の粒子ビームとホーミングレーザーが射線状の敵を貫き、飲み込んだ。
そこから更にパンドラは、体勢を維持しつつ、その場で身体を反時計回りに回転させる。
「うっ・・・ぐ、ぐおぁぁぁああっ!」
取り囲んでいた選手達が立ち上がる爆炎に飲まれながら悲鳴を上げる中、パンドラは構えていたフレイムバスターカノンを放ると、ブローチから新たにキタカゼとタイヨウを魔宝具形態で起動した。
「太陽風爆裂弾」
灼熱の太陽風を纏った光属性の矢と共に弓を引くと、パンドラはそれを自らの上空へ向けて撃ち放つ。
次の瞬間、撃ち上げられた太陽風爆裂弾が無数の矢の雨となって会場中に降り注いだ。
先程までの選手達の悲鳴に加えて観客席からの悲鳴もこだまし、いよいよ以ってリング・オブ・リュウグウは地獄絵図の様相を呈す。
それでもどういうわけか猛攻をかいくぐり、生き残った一部の選手等がそれぞれの武器を手にパンドラとの距離を詰めた。
それに対し、パンドラは持っていたソーラーボレアスを放り投げると、ブローチから今度は桃太郎を魔宝具形態で起動し、襲い来る選手等を手当たり次第殴りつけ、次々と分解していく。
あらかた消滅させるとモモノフブレイカーも放り、最後に金太郎を魔宝具形態で起動して乗り込んだ。
「さて、会場毎破壊するとしよう」
『悪しき思想の象徴を破壊するか』
するとパンドラはロマンダイナで観客席ごとスタジアムの外壁を踏み潰していく。
そして最後に残ったVIPスペースらしき、直方体に隔離された一角へと拳の狙いを定めた。
「ゴールデンスクリューブロー」
ロマンダイナの右前腕部が雷を纏いながら高速回転し、残された一角へと撃ち放たれる。しかし・・・・・・
『・・手応えが無いな。という事は』
「ようやく見つけたぞ」
最早どちらが悪役か分からない程の笑みを浮かべるパンドラの前には、身を挺して主催者を守る童話主人公、ウラシマの姿があった。
《浦島太郎編――第4部へ続く――》