白雪姫編――第5部――
牙を剝く冷凍波を焔の烈風で振り払うと、その先にはパンドラがこの世界で初めて眼にする新たな敵の姿が立っていたのである。
「誰だ?」
パンドラはその新たな敵に随伴している氷像の軍団に視線を移した。
「アレは・・・・・・ホウ、そうか。あの時、氷像共をけしかけたのは貴様か」
そう口にするパンドラは新しい獲物を見つけたかの様な不気味な笑みをこぼす。
「如何にも。我こそがこの世界の真の支配者、【氷の女王】である」
「何だと?」
その重く、背筋から響いてくる様な名乗りに、パンドラは眼を細めた。
「童話世界の支配者とは童話主人公では無いのか?」
「だからそう申しておる」
「馬鹿な、童話主人公は奴の筈」
そう言ってパンドラは、解放された隙に自身と氷の女王双方から等しく距離を取っていた白髪の少女へと眼をやる。
『童話世界の登場人物の序列という意味ではそうです。だから私も故郷では一般市民であるにも関わらず、よくハートの女王様に城でのお茶会に招待して貰ってました』
「登場人物としての序列と住人としてのポジションは別という事か。だが、奴は間違いなく自身を童話主人公だと名乗った。真偽の程は分からんが、それを証明するにはこうするしかあるまい」
するとパンドラはブローチから赤ずきんを魔宝具形態で起動し、構えた。
直後に放たれた砲撃級の焔弾を、並び立っていた氷像の軍団が女王を庇うように次々と盾になっていく。
だがそれは、決して焔弾の直撃を受けて一瞬で融解したわけでも、ましてや砕け散ったわけでもなかった。
白髪の少女による氷の剣とスペードブレイダーがぶつかり合った時と同じ、互いが相殺しあった事による消失。童話主人公の法則による現象だったのである。
「これは・・・・・・」
『そんな・・』
「童話主人公が同一世界に二人だと!? どういう事だ?」
キタカゼとタイヨウの時と違い、全く異なる存在の童話主人公が同一の童話世界に存在しているという前代未聞の状況に、真相が読めないパンドラ達は混乱した。
『もしかして、この世界の時間が止まっているのと、何か関係があるんでしょうか?』
「奴が素直に答えてくれるとは思えんな。【蝶・剛・筋】」
そう言うと、パンドラはフレイムバスターカノンをブローチにしまい、【蝶・剛・筋】の鎧を纏って戦闘態勢に入る。
だが、そこから【蝶・効・果】で氷の女王の正面至近距離に再出現し、それと同時に右ストレートを繰り出した時、それと時を同じくして空中に突然小さな氷の障壁が出現した。
「!」
そのまま繰り出していた右ストレートに粉々に砕かれた氷の障壁だったが、パンドラが更に左右の拳でワンツーを放つと、やはり同様に氷の障壁が瞬時に現れ、そして砕かれていく。
右回し蹴りを放つも、護衛の氷像達に抱え込む様に身を挺して防がれ、爆炎と共に蒸発し霧散する水蒸気を、氷の女王は胸元までの長さを誇る巨大な白銀の扇で防ぎ、自身を守った。
その隙に乗じて、パンドラは【蝶・効・果】で背後に回り込むと同時に、焔属性の大型フォースボールを造り出し、ゼロ距離による攻撃を試みる。
しかしその直前、【蝶・反・応】による近未来ビジョンで、数体の氷像に掴みかかられ体勢を崩す光景を視たパンドラは、瞬時に時間停止現象を利用して焔属性の大型フォースボールを空中に置くと、再度【蝶・効・果】でその場を離脱し、距離を取った。
「フム、焔が有効なのは確かだが、今イチ突破し切れんな」
『あの氷像共が邪魔だ』
「流石に女王だけある。自ら積極的には動かず、攻めも守りも兵隊共にお任せと・・おっと!」
そこへ白髪の少女が氷の剣で斬りかかって来たのをかわすと、間髪入れずに再度迫る氷の剣に対して、それを持つ手を掴み取って斬撃を封じ、それと同時にもう片方の手を少女の脇腹に置いてゼロ距離からの焔属性のフォースボールで吹き飛ばす。
「対してこちらは防御が疎かだが自ら攻め込むタイプか。対照的だな。だがこれらを全部焔だけで押し切るのは少し骨が折れる。少し違う切り口で攻める必要がありそうだ」
『焔無しでどうやって攻めるつもりだ?』
「そうだな・・ドレスチェンジ」
眩い光を放つ旋風に包まれると、直後にその中から、風袋とそれに沿う形で配置された鏡による蓄光ユニットが印象強いミラージュドレスとなったパンドラが姿を現した。
『ミラージュだと? 風と光が氷相手にどう役立つというんだ!?』
『君が思ってるよりは役に立つ筈だよ』
驚愕する赤ずきんに、先の童話世界でパンドラに封印契約されたキタカゼがその答えを返す。
『何だと?』
『風属性の魔法は風向きや風圧、気圧や気温も自由に操れるからね。周囲一帯の気温を上昇させるだけでも、ここで敵対してる奴等を一片に弱体化出来るんじゃない?』
「そうだな。やってみるか」
そうしてパンドラが風袋の中の空気を暖めていくと、それに伴い気温が上昇したのか、氷像の軍勢の動きがぎこちない物へと変化しだした。
何より、氷の女王や白髪の少女が揃って眉間に皺を寄せた事こそ、効果がある事を証明している。
そんなパンドラに対し、氷の女王は持っていた巨大な扇を開くと、そこから勢いよく振り抜く事で強烈な寒波を伴う暴風を吹き放った。
「何!?」
『こっちの気圧を上げて! 風向きを逆転させるんだ!』
「良し」
キタカゼのアドバイスを受けたパンドラは、ミラージュドレスの風袋を操り周囲の気圧を上昇させる。
それに伴い、パンドラに吹き付けていた寒波が真逆の方向へと流れ始めた。
「グッ、ヌウゥッ!」
自ら放った寒波に吹き付けられ、氷の女王は巨大な扇で自らの身を守る。
「おのれッ・・グァッ!」
だが防御を解き、反撃に転じようとした氷の女王は更なる追撃に晒される事となった。
その直前にミラージュドレスのパンドラにより、閃光弾となった光属性の大型フォースボールが放たれていたのである。
付近の氷像達が慌てて女王を庇うように立ち塞がるが、まるで効果を成さない。
「バカめ。例え屈折が出来ても、そんなかけらに等しい氷で光を完全に防げるか」
その直後、閃光弾となっていた光属性の大型フォースボールは、爆発と共に突風を生み出し、女王を守っていた氷像の軍団を、瞬く間に粉々にしていく。
「・・・・・・! いない」
閃光が止み、視界の回復した氷の女王が視線を向けた先に、もう既にパンドラの姿は無かった。
「どこじゃ、どこに消えた!」
周囲を見渡す氷の女王だが、背後は勿論、そのどこにもパンドラの姿を捕える事が出来ない。
だが次の瞬間、自身の腕を掴んだ手の感覚が、氷の女王の背筋を凍らせる。
「いつの間に・・」
一瞬前までいなかった筈の場所に音も無く現れたパンドラに、氷の女王は狐に摘まれた様な表情をあらわにした。
「次防ぐ時は大陸並に分厚い氷にするんだな」
「それで勝ったつもりか!」
空いていた手から腕を掴むパンドラへ、高密度の冷凍エネルギー弾を浴びせようとした氷の女王だったが、突然何かに掴まれた様な感覚に、手へと視線を移す。
「なッ!?」
だが、そこには扇側の腕を掴んでいた筈のパンドラが立っていたのである。
扇側に視線を戻すが、そちらにもパンドラは顕在していた。
一人だった筈のパンドラが二人に増えていた事に、氷の女王は混乱を覚える。
「まぁその機会ももう来ないだろうがな」
「・・・・・・ッ!」
一体、何がどうなっているのか、氷の女王には理解しがたい状況だったが、一つだけ思い当たる節があった。
「まさか、先の閃光はこれの為のッ・・」
「よく分かったな。だが退場の時間だ」
新たに真正面に現れた三人目のパンドラが、右拳をそっと氷の女王の鳩尾に添える。
「ムーンライトインパクト」
その場を中心に、地面にクレーターが出来る程の衝撃が轟音と共に周囲へ響き渡ると、氷の女王はその陶器のような白い肌による顔面の、至る箇所から鮮血を噴き出し、静かにその場に崩れ落ちた。
「・・妙だな。戦闘不能レベルまで追い込んだ筈だが? 紋章化しない」
『ハッ、パンドラさん。来ます!』
「分かっている」
『えっ?』
「既に視えている」
既に【蝶・反・応】の近未来ビジョンによって白髪の少女が後方から攻め込んでくる光景を認知していたパンドラは、横たわる氷の女王から目を離さずにそう答える。
雪崩の様な雪煙を起こしながら、数匹の雪オオカミを引き連れて現れた白髪の少女は、一番大きな雪オオカミの上から指示を出し、随伴する中から四匹の雪オオカミを先行させた。
向き直っていたパンドラはそれと同時にフォースウィングを展開して低空飛行すると、先行して来たオオカミ達までまだ後少し距離を残した位置で着地する。
「【蝶・念・動】!」
するとパンドラは、ここで先の白髪の少女との戦いの際、周囲に乱雑に放り投げていた焔属性のフォースボールに手をかざした。
そこから、飛び掛ってきた一匹目の脇腹に一発目を命中させると、雪オオカミは文字通り粉々になると同時にその焔で蒸発していく。
続く二匹目も同様に処理すると、同時にハサミ撃ちで襲い掛かってくる三匹目と四匹目に対し、パンドラは焔属性フォースボールを、【蝶・念・動】で二つずつ手元に引き寄せ、正面から弾き飛ばす様に撃退した。
そこへ追いついた白髪の少女率いる本隊は、先行隊の反省を即座に生かしたのか、飛びかかる事による滞空時間を減らし、パンドラの反撃の隙を無くす為、かなりの至近距離まで迫ってから攻撃を行おうと目論む。
だが、それがパンドラのもう一つの射程圏内に入る事をこの雪オオカミ達は知る由も無かった。
接近しきった雪オオカミ達を、パンドラは【蝶・剛・筋】による両脚で次々と蹴り飛ばしていく。
時に殴り飛ばしながらも、その中で残りの焔属性フォースボールを少しずつ集めていったパンドラは、白髪の少女駆る大型雪オオカミが攻撃態勢に入る中、集めたものを合体させ、右手と左手にそれぞれ焔属性の大型フォースボールを生成し、更にそこへ両手から風属性を付加する事によって大型フォースボールの焔を強めた。
そして爪と向き出しの牙を突き立てにかかった大型雪オオカミの口の中へ、パンドラは両手の焔属性大型フォースボールを押し込んだ。
真正面から特大級の弱点攻撃を叩き込まれた大型雪オオカミは、顔面から粉々に砕け散りながら後方へ吹っ飛んでいく。
そんな中、それと同時に空へと跳躍した白髪の少女は、パンドラ目掛けて落下しながら、その手に氷の剣と氷の盾を造り出しつつ、そのまま斬りかかってきた。
これに対しパンドラは、フォースバリアを展開する事無く、既に発動されている【蝶・剛・筋】による腕で氷の剣を弾き、もう片方の腕で氷の盾を殴りつける。
だが、これによって氷の盾が粉砕される事は無く、その防御性能の高さを見せつけながら、持ち主を僅かに後方に吹っ飛ばすだけに留まった。
すると白髪の少女は、その氷の盾をフリスビーの要領でパンドラへ向けて投げつける。
「フン、シールドバッシュか。悪くないが・・ン?」
光属性のフォースバリアを展開し、余裕の表情でこれを受け止めるパンドラは、生じた火花の向こうで、白髪の少女が新たな動きに入ったのを察知した。
パンドラが防御に費やした一瞬の隙を使って再接近した白髪の少女は、そこからスライディングでパンドラの足元へ奇襲を仕掛ける。
しかしフォースウィングを展開し、防御中の氷の盾を起点として逆立ちする様にこれを回避したパンドラは、下を潜り抜けていく白髪の少女へ氷の盾を弾き落とした。
ところがこの氷の盾が白髪の少女へ直撃するといった事は無く、白髪の少女はこれを見事にキャッチし、その回収に成功する。
氷の盾を弾き落としたパンドラはそのまま空中で一回転し、再び地面へと舞い戻った。
そしてお互いがほぼ同時に振り返ると、パンドラは両足先からフォースブレードを展開し、白髪の少女へと斬りかかる。
これに対し、白髪の少女は氷の盾を使い防御に入るが、パンドラのフォースブレードがこれを紙切れの如く斬り裂いた。
「フム、鎧で殴るよりこちらの方が良かったか」
続けて斬りかかるパンドラに、盾を失った白髪の少女は氷の剣で受け止めようとするが、これも枯れ木の枝を折る様に細切れにされていく。
剣や盾ではすぐに破壊されてしまうと判断したのか、白髪の少女は地面から、氷の盾の数倍はあると思われる分厚い氷の壁を造り出す事で、正面からのパンドラの追撃を阻止する。
だがパンドラは、【蝶・効・果】で空間から消失し、白髪の少女の背後に再出現すると、そこからフォースブレードによる攻撃を再開するのだった。
身体を目まぐるしく回転させながら斬り込んでいくパンドラだったが、そこへ突然、【蝶・反・応】による近未来ビジョンが飛び込んでくる。
「何だ?」
それは自分でも、ましてや目の前の白髪の少女の視点でもない。第三者の視点が背後から自身に迫っている光景だった。
「これは・・ッ!」
突然のビジョンに、思わず動きが止まってしまったパンドラに対し、それを待ってくれる程白髪の少女が優しい訳も無く、空中に造り上げた無数の氷の拳を、冷気で吹き飛ばす。
それでもその巨大な雹の嵐の様に迫る攻撃を、パンドラはミラージュドレスの風属性の力を使い、風袋から風の流れを操る事で、吹き付ける冷気をそのまま氷の拳ごと押し返して見せた。
「危ない所だった・・おっと!」
一難捌いたところへ、背後からまた一難介入し、ギリギリで避けてそちらへ向き直ったパンドラは、怪訝そうな表情を浮かべる。
「・・・・・・妙だな。君は確か先の攻撃で内臓系がボロボロの筈だが?」
「思い上がるな小娘が。我をあの程度で倒したと思っているなら傲慢甚だしいわ」
白銀の巨大扇を構え、泣く子も背筋を凍らせる様な目つきでパンドラを睨めつける氷の女王は、更に言葉を続けた。
「氷の魔法さえ極めていれば、己の負傷部位を補完する位容易い事・・・・・・」
「その割には今にも凍え死にそうだぞ?」
「ハンディキャップとしては・・充分であろう!」
そう言いながら、氷の女王は再び氷像軍団を生み出し、パンドラを攻撃させる。
更に白髪の少女も、背後から同時に氷の拳と雪オオカミの群れを造り出し、襲い掛かった。
「フン・・ムーンレイ発動、リンク【蝶・効・果】!」
次の瞬間、人間の認知速度を越える速さで空間から消失したパンドラは、前方から迫っていた氷像軍団をスルーし、氷の女王の脇に再出現と同時に蹴り上げ、一瞬で再消失とほぼ同じタイミングで反対側に再々出現しながら更に蹴り上げる。
そして氷の女王の身体が空中に舞い上がった時、既に再々消失していたパンドラは、背後に再々再出現すると、更に上へと蹴り上げていく。
「グッ!? ガハァッ!」
突然の事に何が起きたか全く理解出来ず、空中で混乱する氷の女王を尻目に、氷像軍団と雪オオカミ軍団という、童話主人公の攻撃同士がぶつかり合い相殺する中へ駆け込んだパンドラは、前方から迫る氷の拳の流星群へと意識を集中した。
「リンク、【蝶・念・動】!」
その直後、直撃コースにいた筈のパンドラを避けるように逸れた氷の拳は、急激にその高度を上げると、我先にと空高く舞う氷の女王へと殺到したのである。
「ムーンライトインパクト!」
加えてその時、既にリンク【蝶・効・果】によって白髪の少女の目の前に再々再々出現していたパンドラは、顔面をムーンライトインパクトで殴りつけると、その後消失と出現をコンマ秒単位で繰り返しながら、四方八方よりムーンライトインパクトを叩き込んでいった。
「そろそろ終わりにするか・・ムーンシャイニングキック」
空中サンドバッグ状態と化した二人の童話主人公にトドメを刺そうと判断すると、パンドラは眩い閃光を放つ右脚を白髪の少女に叩き込み、もう何度目かも分からない消失の後、氷の女王の上へ、こちらも何度目か分からない再出現を果たし、今度は竜巻を纏った右脚を繰り出す。
「ムーンサイクロンキック!」
嵐の様な豪風が氷の女王の腹部を直撃し、叩き落される氷の女王は、直前にムーンシャイニングキックによって蹴り上げられた白髪の少女と空中で激突して、そのまま爆発四散した。
《白雪姫編――最終部へ続く――》