北風と太陽編――最終部――
「パンドラさん!」
アリスの眼に映るミラージュドレスのパンドラは、後ろ髪が竜巻の様に渦巻いており、一見失った様に見える両腕は、背部から覆い被さる様に浮遊している大きな風袋の両端が腕の造形を成していた。
そしてその風袋に沿う様に、三枚刃の手裏剣を模した鏡の送風光フィンが三対浮いている。
ライトイエローになったゴスロリ服に身を包んでいる事以外は、どことなく東洋の「風神」を髣髴とさせる印象を持っていた。
「・・・・・・・・・・・・」
そんなパンドラはアリスや他の童話主人公には目もくれず、戦場全体を無言のまま静かに見渡すと、即座に両手で印を組み上げていく。
すると印を組み上げたその直後、パンドラは光と気圧変化の合わせ技ともいえる蜃気楼を利用した分身術【蜃気楼光分身】を発動し、自身と寸分違わぬ分身体を無数に作り出す事で、パンドラのパンドラによるパンドラのための軍隊《パンドラ軍団》を作り上げていた。
「うわぁ・・・・・・」
「ウェェ・・・・・・」
「まさか鎧武者軍団/(コイツ等)以上に相手したくない存在を見るとは思わなかったな」
『ハッハッハ! 悪魔の軍勢とはまさしくこの事だな!』
「・・・・・・酷い言われようだ」
見方である筈の童話主人公勢からこの上なく容赦のない言葉を受け取ると、そっとシルクハットの位置を直す。
「あの役たたずめ・・・・・・」
コックピットの中でそう呟いたムーンフェイスは、パンドラ軍団に対しシュレディンガーから再びマイクロ誘導ミサイルを発射した。
それに対しパンドラ軍団は、早速ブローチからキタカゼ&タイヨウの魔宝具形態【ソーラーボレアス】を起動すると、それを手に取り、一斉に弓を引く。
Y字型の風属性の弓に細長いクナイを模した光属性の矢が出現し、弓からの風属性が螺旋状に付加されると、パンドラ軍団はそれを同時に撃ち放った。
弾幕の如く撃ち放たれた光り輝く風の矢は、文字通り壁となってマイクロ誘導ミサイルの雨を阻んだのである。
『ん、う~ん・・・・・・』
そんな中、先に意識を取り戻したのはキタカゼの方だった。
「目が覚めたか」
『これは・・・・・・タイヨウがやられたのか!? どうやって?』
「私の生体波導を割り込ませてタイヨウの生命循環現象を邪魔させてもらった。後は君と同じだ」
『うわぁ・・・・・・』
「ここまで私を手こずらせたのだ。復帰早々だろうが必殺までこき使ってやる。覚悟しておけ」
そう宣告しながら、パンドラは再びソーラーボレアスの弓を引く。
『魔宝具使いが荒いや・・・・・・』
「誘導ミサイルを全て撃ち落としたか。ならばッ!」
するとムーンフェイスは、操縦桿から手を離す事無く、脳波信号を用いて機体の武装コマンドを操作し、シュレディンガー上面から大型キャノン砲を展開した。
「有象無象のゴミ共めェ!」
ムーンフェイスの叫びと共に放たれた粒子ビームが、最大出力でパンドラ軍団に牙を剝く。
だがパンドラ軍団は、一部が粒子ビームの射線上に複数散開すると、背部の送風光ファンを高速回転させ、粒子ビームをそれぞれ分散させる形で吸収する。
「ビームを吸い取っただと!?」
そして次の瞬間、散開したパンドラ軍団は背部の送風光ファンから、吸収したばかりの粒子ビームをそのまま撃ち返してみせた。
それと同時に、残りのパンドラ軍団がソーラーボレアスを構える。
「出番だぞ、工作員のシノビ君?」
『・・・・・・太陽風爆裂弾 (コロナブラスト)』
その直後、矢の先端に光の球体が出来ると、それを灼熱の風が取り巻いた。(常人ならその熱風で弓の持ち手を大火傷していたかもしれない)
そして、一斉に放たれた光の灼熱球と跳ね返されてきた粒子ビームに対し、ムーンフェイスはシュレディンガーの防御壁を起動して対応する。
だが、ただでさえ自身の放った攻撃が跳ね返されたのに加え、太陽風爆裂弾 (コロナブラスト)が(未だロマンダイナの前腕を掴みほぼ効果の無い締め付けを続けていた)大型クローのワイヤーを焼き切った事により、シュレディンガーは防御壁を展開したまま後方へ吹っ飛ばされた。
「グウウゥゥゥッ!」
更にパンドラ軍団は、そこを今だとばかりにフォースウィングを羽ばたかせ、シュレディンガーに取り付こうと急接近する。しかし、
「ええい、鬱陶しいウジ虫共め!」
それを薙ぎ払うかの様に、ムーンフェイスはシュレディンガーからホーミングレーザーを撃ち放つと、パンドラ軍団の分身体のいくつかを纏めて消去する事に成功した。
だが、生き残ったパンドラ軍団の内数体が【蝶・効・果 (バタフライエフェクト)】を発動し、無数の黒い蝶の大群となった後、シュレディンガーの前から完全に姿を消す。
「っ、またあの能力か。どこだ、どこから来る?」
コックピットのモニターからムーンフェイスが周囲を窺うも、その最高感度のセンサーには彼女の影一つ映っていない。
だが次の瞬間、けたたましい警告音がコックピット内に鳴り響いたかと思うと、シュレディンガーの上部に、消えた筈のパンドラ数体の姿が突然現れ出た事をモニターが訴える。
「何ッ!?」
そしてその直後、ムーンフェイスがシュレディンガーの上部ハッチを開いてマイクロ誘導ミサイルを撃つよりも早く、シュレディンガー上に降り立ったパンドラ軍団はソーラーボレアスの弓を引くと、開いたハッチ内のミサイルと防御壁展開ユニットを撃ち抜いた。
発射寸前のミサイルと防御壁展開ユニットを破壊され、パンドラ軍団が飛び去る中、爆炎を上げたシュレディンガーは、その機体を大きく傾ける。
「グッ!」
そこへ残りのパンドラ軍団がフォースカノンを容赦無く叩き込み、ムーンフェイスの新兵器の初陣はあえなく終わりを告げたのだった。
「チイッ」
爆発を繰り返し落下していくシュレディンガーからムーンフェイスがその身を逃すと、パンドラ軍団はそれを見逃す事無く、追撃の為にフォースウィングを羽ばたかせて攻めかかる。
しかし、それに対してムーンフェイスが戦意を喪失する事など起こりうる筈も無く、ムーンフェイスは自身のマルチビットを放ち、パンドラ軍団の動きを鈍らせにかかった。
たが、このムーンフェイスの判断は彼らしくなかったといえる。
元々、これまでの戦いでも、【蝶・反・応 (バタフライアリアクト)】を使うパンドラ相手に、マルチビットは余り有効な攻撃手段ではなかった。
そこへ今回のミラージュドレスによる軍団化である。
その処理は最早、時間の問題というのも憚られる程、刹那的であった。
それぞれのパンドラの右手が一瞬、光を放ったかと思った時には、既にマルチビットは全て爆発と共に吹き飛び、ソーラーボレアスの弓を再び引いていたのである。
そこから間を置かずに放たれたソーラーボレアスによる波状攻撃だったが、ムーンフェイスはこれを粒子ビームと拾い上げたガトリング砲で交互に払い切ってみせた。
「チッ、アレは最早撃ち合いでは埒が明かんな。白兵戦を仕掛ける。私と他三人以外はここで待機していろ」
オリジナルのパンドラが指示を飛ばすと、分身のパンドラ軍団は無言でその場に留まり、直近の三人だけがオリジナルに随伴する。
「さて、何で仕掛けたものか・・・・・・」
オリジナルのパンドラは少し思案すると、桃太郎を魔宝具形態に形態変化させながら手元に呼び寄せた。
それに続くように、分身体のパンドラ達もそれぞれ、アリスをスペードブレイダー形態で、ロマンダイナに乗っていた赤ずきんを魔宝具形態で呼び寄せ、ロマンダイナにも残った一人が乗り込む。
その様子を、距離を開けてモニタリングしていたムーンフェイスは、何やら大量展開に物を言わせていたパンドラが突然、数体だけでかかってくるのではと予測し、妙だと感じながらも、ガトリング砲を投げ捨て、両腰から大太刀と小太刀をそれぞれ抜刀した。
次の瞬間、モモノフブレイカーのパンドラと、スペードブレイダーのパンドラがフォースウィングを羽ばたかせ、ムーンフェイスへと急速に距離を縮めていく。
「(あのハンマー、確か触れた物を原子分解しているとツクヨミ博士が言っていた。ならばまず落とすべきは、あの剣の方!)」
冷静に優先対象を判断したムーンフェイスは、二振りの太刀を手に、スペードブレイダーのパンドラへ斬りかかった。しかし、
「!」
そこをモモノフブレイカーのパンドラが割り込み、モモノフブレイカーに受け止められたムーンフェイスの両太刀が原子分解されていく。
「ッ! ・・・・・・フッ、だが迂闊だったな」
「?」
主武装の一つを破壊されたにも関わらず不敵な笑みを浮かべるムーンフェイスの真意を、パンドラは理解出来ない。
「その剣のパンドラが偽者なら守る必要は無い。守るという事はそうする必要があったという事。すなわち本物という事だ!」
そう宣言したムーンフェイスは、両足の先からそれぞれビームサーベルを展開すると、メインブースターとサブスラスターを最大限に吹かし、急上昇からの急降下と同時に斬りかかると、スペードブレイダーのパンドラはやむを得ずこれを防御する。
そこをすかさず、空いているビームサーベルで、ムーンフェイスは突き刺す様に追撃を繰り出すも、これに対してスペードブレイダーのパンドラは、左手でフォースバリアを展開し、間一髪でその一撃を阻んだ。
そしてそこへ、モモノフブレイカーのパンドラがムーンフェイスの背後に周り込み、振り上げていたモモノフブレイカーを勢い良く振り下ろす。
だが、ことはそう上手くは運ばなかった。
「!」
振り下ろし始めたパンドラに対し、ムーンフェイスはそれを目視で見たうえで易々と回避してみせたのである。
「くっ・・・・・・」
更にそこから、ビームサーベルの流れるようなカウンターアタックが、モモノフブレイカーのパンドラに襲いかかった。
「チッ」
モモノフブレイカーで受け止め、逆に分解能力でビームサーベルのビームを原子分解させる事も理論上は出来ただろうが、いかんせんムーンフェイスを相手とした近接戦闘において、至近距離でのやりとりでそれを行うのは、彼女にとって危険な選択ともいえる。
「・・・・・・っ」
【蝶・効・果 (バタフライエフェクト)】を使い空間から姿を消したパンドラは、ムーンフェイスの背後に再出現すると、モモノフブレイカーを振り抜く。だが・・・・・・
「貴様はいつも、そうして背後に出現する!」
「何ッ!?」
最早目を向ける事すらなく、身を翻してパンドラの一撃をかわすと、ムーンフェイスは真横からパンドラに蹴り込みをかけた。
ところが、そこをスペードブレイダーのパンドラが間に入る事で、ムーンフェイスのビームサーベルをそらす。
「何?」
その光景に、思わずムーンフェイスの手が止まった。
「それはブラフのつもりか?」
そう問いかける中、モモノフブレイカーのパンドラがムーンフェイスの真下から突き上げる様に攻撃を仕掛ける。
「毎度の如く死角に回り込むのは貴様の癖だな!」
それすらもバック転の要領で回避してみせたムーンフェイスは、粒子ビームを放ちながら得意げに断言した。
全く以って身に覚えの無い指摘を受けながらも、攻撃をことごとくかわされるパンドラは戸惑いを覚えつつこれを回避する。
そこを後方で待機していたフレイムバスターカノンのパンドラがクリムゾンシューティングで対抗し、空中でムーンフェイスの粒子ビームを塞き止めた。
「やはりいささか重いな・・・・・・」
『酷い! 乙女に対して重いは禁句よ!』
「黙っていろ。(そういえば先の戦いで習得したアレは使えるか?)」
桃太郎の抗議を却下したモモノフブレイカーのパンドラは、先のフェニックスに変身したタイヨウとの戦いを思い出す。
「【蝶・剛・筋 (ストロング)】」
ほぼ全身を漆黒の装甲で覆い尽くしたモモノフブレイカーのパンドラは、そのまま左眼の【魔導人形の眼 (マギカドールアイ)】も開眼させた。
「ムーンレイ発動!」
空中で競り合った粒子ビームとクリムゾンシューティングが、爆発すると同時にフォースウィングを羽ばたかせると、その軌道を左右に揺らしながらムーンフェイスに迫り、モモノフブレイカーで殴り上げて右腕を原子分解する。
「グウッ! 何だ?」
パンドラの突然の異変が理解出来なかったムーンフェイスは、即座にメインブースターと全身のサブスラスターを吹かし、パンドラから距離を取りつつ、残った左手から流星弾を放ち牽制を図った。
「(もっと速く、もっと速く!)」
だが、今ムーンレイを発動しているパンドラは、これまでの彼女と比べても比較にならない、残像を残す程の驚異的な速度でかわしながら近づいてきたのである。
「これはっ、私のセンサーが錯乱されている!? 捕捉が追いつかん!」
「(奴と同じ様な剣 (つるぎ)があれば・・・・・・攻撃ももっと早くなる!)」
【Liberate (解放):Force (フォース) Blade (ブレード)】
次の瞬間、パンドラの両足の先に、ムーンフェイスのビームサーベルと酷似した波導エネルギーを凝縮した光刃が出現し、ムーンフェイスの横っ腹を蹴りつけた。
「グォアァッ!」
火花を上げながら後方へ吹っ飛び落ちていくムーンフェイスに、パンドラはモモノフブレイカーの片方を投げつける。
この飛来に気付くのが一瞬遅れたムーンフェイスは、腹部へモモノフブレイカーの追突をまともに受ける形となり、下半身を丸々失う羽目となった。
「ッウゥゥゥゥッ!」
そこから更に追撃の為急速接近するパンドラだったが、ムーンフェイスは体勢をずらすと、投げつけられたモモノフブレイカーの片方を手に取り、あくまで迎撃の態勢を取る。
『ああっ! 寝取られたぁ~!』
「・・・・・・」
悲鳴を上げる桃太郎をよそに、パンドラは自身が持っていたモモノフブレイカーごと、紋章形態を介してブローチに収容する事で奪われた片方を即座に回収すると、そのまま残っていたムーンフェイスの左腕をフォースブレードで蹴り斬った。
「ムーンストリームキック・・・・・・」
パンドラが右脚に波導エネルギーを凝縮させると、それに伴って、右脚を光り輝く風が竜巻の様に取り巻く。
そして尚も落下を続けながら既に右腕の半分までの再生を終え、左腕の再生を始めているムーンフェイスへ向かって、パンドラはフォースウィングを羽ばたかせて急降下をかけた。
「き、貴様かッ・・・・・・本物は貴様の方かァァァァッ!」
この段階に入り、ようやくムーンフェイスは自身の推測がエラーだった事に気付いたものの、時既に遅く、ムーンストリームキックの自由と解放を促す風が、彼の身体を突き抜けていく。
爆散したムーンフェイスを背に、パンドラがミラージュドレスを解除すると、それまで共に戦っていた分身達が一斉に戦場からその姿を消した。
それと同時にパンドラは、分身達に使わせていた魔宝具形態の童話主人公達も即座にブローチへと回収する。
「皆、今回は良くやってくれた。あの絶望的戦力差を縮めて押さえ込むとは賞賛物だろう、ゲッコーが聞いても褒めてくれるに違いない」
『パンドラさんこそ、オーガドレスで回復エネルギーを私達に流してくれたおかげです!』
『ウム、アレがあったからこそ【X・O・D (クロスオーバードライブ)】も行えたというものだ』
「オーイ!」
声のした方を向けば、里のシノビ達がこちらへ駆けつけてきた。
「ムーンフェイス達はどうなった?」
「無論、約束通りムーンフェイスはこちらで撃破した。もうここが彼らの支配におかれる事はあるまい」
「おぉ、本当か! それで、キタカゼとタイヨウは?」
「裏切り者の彼等なら・・・」
パンドラはそこで一瞬、胸元のブローチに目をやるが、すぐに何事も無かったかの様に言葉を続ける。
「始末した。童話世界の裏切り者として」
「そうか・・・・・・」
パンドラの回答に、シノビはどこかホッとした表情を浮かべた。
「そうだ、折角我等の世界を救ってくれたのだ。何か礼がしたい」
「気持ちは有難いが拒否する。何ぶん急ぎの旅路でな」
「そうか。残念だが急ぎなら仕方あるまい。道中気をつけて」
「あぁ。では失礼する」
挨拶もそこそこに、パンドラはブローチからアリスをトラベラーズダイヤル形態で起動する。
「クルーズジャンプ」
トラベラーズダイヤルの方位針が高速回転を始め、パンドラはその中へと姿を潜らせ、北風と太陽の世界を後にした。
*
『良かったんですか?』
「ン?」
トラベラーズダイヤルの内部、その次の童話世界とを繋ぐ空間トンネル内に響き渡るアリスの問いかけに、パンドラは反応を返す。
『キタカゼさんとタイヨウさんの事です。ホントの事言わなくて良かったんですか?』
「あぁ。彼は最期まで仲間の力を借りる事を拒んでいたからな。ここで実は里を守る為だったと言おうものなら、そこからまた話が長くなりかねん。そんなのは御免だ」
『あー・・・・・・御自分の為でしたか』
『元々そういう奴だろう』
ブローチの中から赤ずきんが呆れ気味に言った。
『ハッハッハ、違いない』
のどかな笑い声と共に金太郎もそれに同調する。
『容赦ないわね皆・・・・・・ま、こーゆーとこだからアンタ達シノビーズもじきに慣れるわよ』
『ン? 何ちょっとシノビーズってボク等の事? まぁボク等の事だよね。いやシノビーズかぁ・・あのぅ、もう少し何かこう・・・・・・』
『よろしくお願いしますシノビーズさん!』
『せいぜい邪魔になるなよシノビーズ』
『よきに計らえ、シノビーズ共』
『拒否権なんて無かった・・・・・・』
アリスを始めとする童話主人公達の息の合った猛攻に、キタカゼとタイヨウ改め、シノビーズは燃え尽きたような表情で諦めムードに包まれるのだった。
生みの親を救いだすため、ムーンフェイスを追って、支配された童話世界を巡り解放していくパンドラ。
彼女が次に辿り着くのは、どこの童話世界か――
《第六章へ続く――》