北風と太陽編――第2部――
「チッ、邪魔が入ったか」
『でも、これで話を聞いてくれそうな気がします』
「だといいんだが」
そう言うと、パンドラは先程まで自分達を取り囲み、拘束していたシノビ達に手を貸す。
「少しは話を聞いてくれる気になったかね?」
「あぁ、少なくともお前がカラクリの軍隊の人間でない事は理解した」
「賢明な判断だ。出来ればお仲間にもその見解を徹底してくれると有難いのだが」
「そうしよう。それで、お前達は何者だ? ある人物をさらわれたと言っていたが、それと何か関係があるのか?」
「如何にも。最初に言っておくが、私は人間ではない。あらゆる戦場と戦況に対し、迅速に的確な作戦行動を行うべく生み出された魔法、《人型生態魔法》だ。早い話が人工的に製造された魔法使いだな。ちなみにパンドラというのが私の個人名だ」
「人型の魔法だと・・・・・・にわかには信じがたいが、しかし目の前にいる以上事実なのだろう。ではパンドラ、そのさらわれた人物の言うのはお前にとっての何だ?」
「生みの親だ。魔法学者でな。どうもあのカラクリの軍隊の親玉から目の敵にされていたようだ。更にその親玉が私を始末するために科学技術・・お前達がカラクリと呼ぶ分野の事だが、その技術の粋を集めて作られ差し向けてきたのが、生みの親をさらった張本人である、ムーンフェイスだ」
「ムーンフェイス・・・・・・そうか、もしや奴が」
「見たのか?」
「奴が直接名乗ったわけではない故、断言は出来んが、恐らくこの《シノビの里》を襲った軍勢を率いていた奴かもしれん」
「やはり奴はもう来ているのか・・・・・・私は奴等を追い詰め生みの親を取り戻すために童話主人公の力を必要としている。正確にはムーンフェイスとその軍勢を壊滅させる代わりに、童話主人公との契約を要求する」
「契約・・・・・・むぅ、容認したいのは山々だが、現段階でそれは難しい」
「何故だ?」
「先刻取り逃がしたあの男こそ、我等の世界の童話主人公なのだ」
「チッ、そんな予感はしてたがやはりそうだったか。だがそれならもう一つ気になる事がある」
「何だ?」
「以前別の童話世界で、同じ様にムーンフェイスの軍勢と洗脳された童話主人公の襲撃を受け火の海となった街があった。話を聞く限りではここも一度奴等の襲撃を受けている筈だが、私がここに辿り着いた時、どこにもそんな様子は無かった。何故ここは生活圏が保たれていたんだ?」
「それは恐らく奴のせいだろう。最初にムーンフェイスの軍勢による襲撃を受けた時、キタカゼは我が身可愛さに、真っ先に我々と里を裏切り奴の軍門に下ったのだ! その時から奴は自らの故郷であるこの里を嬉々として攻撃しに来ている」
「ホウ、洗脳される前に自ら軍門に下るか・・・・・・そんな事をした童話主人公は初めてだな」
「だろうな、奴は童話主人公の風上にも置けん! 我々にはまだ徹底抗戦する意思と戦力があった。奴はそれをフイにしたのだ! 幸い、それ以来ここはおろか付近にすらムーンフェイスの軍勢は未だ現れていないが、警戒は続けている。それともう一つ」
「ン?」
「奴はキタカゼとしての顔の他にもう一つの顔がある」
「どういう事だ?」
「いや、正確には人格というべきか。奴は元々〝二重人格の童話主人公〟だ。故に《キタカゼ》としての人格に加えもう一つ、《タイヨウ》としての人格が存在する。人格が変わるとそれに伴い姿も変化するが、まぁ、どちらもシノビ向きじゃない程派手な格好だ。すぐに分かるだろう」
「了解した。童話主人公は見つけ次第最優先で対処する。その方がムーンフェイスを処理しやすい」
「頼む。宿はこちらで用意しよう」
シノビの案内で、パンドラは里の中で運良くキタカゼの襲撃を逃れた宿に腰を落ち着けると、道中でシノビから受けた説明も含めて入手した情報を整理し始めた。
『シノビさんのお話が正しければ、この世界は【北風と太陽の世界】という事になりますね』
「キタカゼは我々が直に見た通り風属性の魔法を使用していた。そしてタイヨウは光属性の魔法を使うと言っていたな」
『となると、現状で対抗出来るのは雷のライトニングドレスだけになります』
「君もだろう? 光をも呑み込む重力魔法の使い手である君のクラヴィティハンマーの存在を、私は忘れてはいないぞ」
『あッ! そ、そうでした・・・・・・』
パンドラの指摘に、アリスは照れながらそれを認める。
「無論、捕縛出来れば他の選択肢も出てくるだろうが、ここでたらればを口にしても仕方あるまい。それよりも問題はムーンフェイスだ。一度ここに姿を現しているようだが、今現在もこの世界のどこかにいるのか、それとも一度帰還しているのか・・・・・・赤ずきんの時の例と金太郎や桃太郎の時の例がある。どちらの可能性もゼロではない」
『ん~~出来れば遭遇する前に封印契約しちゃいたいとこですね』
「幸い、早々にキタカゼと会敵した事で奴の生体波導は掴んだ。明日、明朝〇五〇〇(マルゴーマルマル)より作戦行動を開始する」
『了解です! う~~早起きしなきゃ・・・・・・』
*
地平線から漏れ出る寸前の光が空を始める頃。
「時間だ。作戦行動を開始する」
『はい!』
手にしていた懐中時計を腰の革製ポーチにしまうと、パンドラは展開したフォースウィングを羽ばたかせ、集落を後にした。
「予定通りキタカゼの生体波導を追う」
『了解です!』
里から離れたパンドラは、迷うことなく湖方面へ向かう。
「しかし、キタカゼの生体波導、少し変わっていた」
『何がです?』
「平たく言えば、人間の物ではなかった」
『アタシみたいだったって事?』
パンドラのブローチから少しトーンが高めの、しかし明らかに若い男の声がそれに答えた。
先の童話世界で鬼の姿で暴走していたところを、パンドラに封印契約される事で正気を取り戻した、土属性と木属性の魔法を使い分ける童話主人公、桃太郎である。
「いや、君ともタイプが違う。君は〝人間〟と〝鬼〟とで生体波導がそれぞれ分かれている。だが奴は人間と〝鳥〟のものが混ざったような生体波導だった」
『鳥人間って事?』
『だからあんなに強い風属性の魔法を?』
「鬼に変身する童話主人公がここにいるのだ。半分鳥の童話主人公がいてもおかしくはあるまい?」
『ですね』
アリスがそう答えるか答えないか、そんなタイミングで、パンドラは初めて感じる生体波導が左遠方から光の速度で急速接近してくるのに気づき、即座に停止するとフォースバリアを展開し構えた。
「ぐっ!」
次の瞬間、それはフォースバリアを構えたパンドラと正面衝突し、パンドラをそのまま後方へ突き飛ばす。
対するパンドラもフォースウィングの出力を最大まで上げ、体勢を崩す事無くこれを受け止めて見せた。
「アレは・・・・・・」
その光の速度でパンドラに衝突した物体の正体にパンドラが目を向けると、そこにはキタカゼとどこか似通った姿をした、オレンジ色の少年が空中に佇んでいたのである。
『こ、この人は!』
「あぁ、間違いない。彼がタイヨウだ」
「ホウ、俺の事を知っているのか。大方、里の連中にでも聞いたか?」
「まぁそんなところだ」
「フン。どの程度聞いたのかは知らんが、その情報を生かす事はなかろう!」
タイヨウは再び光線化すると、再度光の速度でパンドラに迫った。だが・・・・・・
「ドレスチェンジ!」
パンドラは雷のライトニングドレスへドレスチェンジすると、迫るタイヨウを雷の髪で弾き飛ばす。
今ここに、光属性対雷属性の光速対決が始まったのだ。
弾き飛ばされたタイヨウはそのまま印を組むと《光学隠れ身の術》を発動し光学迷彩効果で姿を隠すと、腰からククリ刀を取り出し、パンドラへ襲い掛かる。
だが、生体波導感知能力を持つパンドラにそんな術が通用する筈もなく、パンドラは易々とコレを回避すると、真横から一瞬でタイヨウの懐に入り込み、雷属性のフォースボールを叩き付けた。
「ウッッ!」
電流が駆け巡り、身体の自由が利かないまま吹っ飛ぶも、タイヨウは残った力を振り絞り、湖に落水する寸前でその呪縛を脱すると、体勢を立て直し、光属性魔法で作り上げた大型手裏剣をパンドラに向かって投げ放つ。
それをパンドラは両手に作り上げた雷属性のフォースボールで迎撃しようとするが、光の手裏剣の回転速度に、フォースボールが二つとも弾き飛ばされてしまった。
「チッ!」
迫る大型手裏剣に対し、すぐさま両手にフォースボールを作り直したパンドラは、それらを合体させ、雷属性の付いた大型フォースボールを作り上げる。
「これでどぉだっ!」
そして十分なエネルギー密度になったそれを、大型手裏剣目掛けて撃ち放った。
二つの攻撃が空中でぶつかり合って相殺し、そこから強烈な衝撃波が二人を襲う。
「グッッ!」
「っウゥゥゥッ!」
だが、衝撃波を食らったのは同時でも、そこから戦闘態勢に復帰したのは二人同時とはいかなかった。
「このっ・・・・・・」
先に復帰したタイヨウが瞬く間に印を組み上げると、新たな術を繰り出す。
「蜃気楼・・光分身!」
次の瞬間、同じ姿をしたタイヨウの分身が四方八方に十人、二十人とみるみる内にその数を増やしていった。
「コレは・・・・・・」
それに気付いたパンドラは最初こそ目で追っていたが、生体波導感知能力で本体を感知すると、それも止め、視線を前方へと戻す。
「(そこか・・・・・・)」
その直後、ククリ刀を手にした無数のタイヨウ達が次々にパンドラに襲い掛かるも、いつどこにどのタイヨウが斬りかかってくるのか、【蝶・反・応 (バタフライリアクト)】を持つ彼女には全て分かりきっていた事だった。
直接の動きは最小限に抑え、その殆どを蓄電ユニットからの放電攻撃と雷の髪で迎撃していき、時折【蝶・効・果 (バタフライエフェクト)】で大幅に位置を変えて分身達を処理しつつ、徐々に本体へと近づいていく。
そして本体の背後に再出現したパンドラは、残る分身達毎、タイヨウを雷の髪で縛り上げると、感電攻撃を浴びせ、それが止めとなる・・・・・・筈だった。
「!?」
ところがタイヨウは再び光線化すると、雷の髪の束縛をすり抜け、パンドラから距離を取る。
「チッ」
軽く舌打ちしながら波導エネルギーを胸部中央にチャージすると、パンドラは追撃として雷属性のフォースカノンを最大出力で発射した。
だが、これをタイヨウに回避されると、湖に直撃した放電攻撃は大規模な電気分解現象を起こし、水素と酸素を大量発生させながら、まるでモーゼの様に、文字通り湖を真っ二つに割ったのである。
「! ・・・・・・っ」
その余りの威力に、青ざめたタイヨウの一瞬の隙を突いてパンドラはその背後に回り込んだ。
「これは興味本位で聞くが・・・・・・」
「!?」
その存在に気づいたタイヨウは、パンドラの問いかけに答える事無く、パンドラの後方に広がる割れた湖の湖底に沿って低空飛行しながら、半ば退却に近い形で距離を開ける。
だがライトニングドレスのパンドラはこれをものともせず、一瞬でタイヨウに追いつくと問いかけを続けた。
「何故、里の仲間達を裏切る必要があったのかね? 己の保身か?」
「っ、答える理由がどこにある!」
距離を開けることを諦めたタイヨウは、迎撃のため湖底に着地し、パンドラの方へ向き直る。
「興味本位と言った!」
そこへパンドラはすかさず飛び蹴りを繰り出すが、タイヨウはこれを跳躍からの前転で交わすと、光属性魔法で作り上げたクナイをパンドラへ投げ飛ばした。
対するパンドラは、これを左手から展開したフォースバリアで防ぎつつ、右手で生成していたフォースボールを投げる。
「答えたくないなら構わん」
作り出していた光の手裏剣を手に、直接フォースボールを弾いたタイヨウに対し、パンドラは両手にフォースボールを生成しながら言った。
「君と契約してムーンフェイスを蹴散らせれば・・・・・・」
そしてそこから【蝶・効・果 (バタフライエフェクト)】で無数の蝶の大群となって空間から姿を消すと、タイヨウの背後に再出現する。
「こちらは問題ないからな!」
「!?」
再出現と同時に雷属性の大型フォースボールとなったそれは、ほぼ零距離で放たれ直撃をくらわせると、吹っ飛ばされたタイヨウはうつ伏せで湖底に叩き付けられた。
「ぐフッ!」
「ここに来ているのだろう? ムーンフェイスが」
着地しながら、パンドラは地面に突っ伏すタイヨウに問う。
そんな中、タイヨウは地面に拳を突き立て、ゆっくりと起き上がった。
「里を・・・・・・皆をムーンフェイスの軍勢から守るためだ」
「何?」
パンドラが目を細める。
「それがどうして裏切りになる? 里のお仲間達と撤退抗戦するのが普通だと思うが?」
「俺の攻撃を初見で退けるような貴様ならそれも出来ただろう。だがな、あの恐ろしい程の物量を持つ軍勢相手に里と俺達全員が生き延びるには、コレしかないんだ!」
「何だと? それが本当なら君は工作員という事か?」
「そうさ。シノビなんて元々そういうモンだ」
「だがそうだとしても、君一人で奴の軍勢に挑むなど無謀すぎる。それも仲間から裏切り者の汚名を被ってまで」
「里と皆を守ると決めた時から仲間との絆などとうに捨てた! 例え裏切り者呼ばわりされようと、誰にも賞賛されまいと、里と仲間を守るために一人戦う。それが故郷を滅ぼそうとした奴に忠誠を尽くし従う事になっても、これが俺達のシノビとしての生き方であり死に方だ!」
その直後、二つに割れ湖底を晒していた湖の水が再び寄り合い、元に戻り始めた。
それに伴ってパンドラとタイヨウも本来の湖面よりも高い高度まで浮上する。
「不器用な奴め!」
パンドラは再び胸部中央に波導エネルギーをチャージすると、出現した三日月の紋章が満月になると同時に、雷属性のフォースカノンを発射した。
ところが次の瞬間、タイヨウはコレを回避すると、反撃に転じる事無く、一瞬で踵を返して戦域を離脱したのである。
「何? 逃亡だと!? チッ、ここで決着をつけたかったが・・・・・・」
パンドラはフォースウィングを羽ばたかせると、急ぎタイヨウの後を追った。
湖エリアを抜けてしばらくすると、森林エリアに入り、その奥まで差し掛かった時、突然前方に開けた空間が現れたのを発見し、パンドラは直前で停止すると、静かに地面に降り立つ。
「コレは・・・・・・?」
雑草が生え揃った楕円形に広がる空間の端に、木造と瓦屋根が特徴の和風建築の屋敷が一棟建っていた。
《北風と太陽編――第3部へ続く――》




