金太郎編――第4部――
「「!」」
赤ずきんが石になる事はなかった。
彼女の視界が、手で覆われていたのである。
石になって動けなかった筈の、パンドラの右手が、背後からまわされていた。
「っ、何をする!」
事情が分からない赤ずきんはどうにか自分の顔からパンドラの手を振りほどこうともがく。
「動くな。私と同じ様に石になりたくなければな」
そう告げたパンドラは、石化からの復活と同時にその瞳を閉じていた。
「お前!? ・・・・・・どういう事だ?」
「今日程自分の賢者の石に感謝した事はないな。普通の生物だったら一撃でエンドだぞ」
「分かる様に説明しろ!」
「奴の額の眼だ。視線を合わせると一瞬で石にされるぞ。賢者の石の不老不死の特性がなければ、私も今頃石のまま奴に粉々にされていた」
「何だと・・・・・・」
「ひとます君はブローチに戻って休んでいろ。どうやらコイツばかりは本当に私の独壇場の様だ」
そう言って赤ずきんを戻したパンドラは、焔の髪を滾らせ、メタルメデューサに対峙する。
無数の金属蛇の大群をどうやって生み出したのか、その原因はすぐに分かった。
長短様々な細い蛇達が、頭部から髪の毛のように生えており、メタルメデューサはそれを自在に離脱させて自身の追加戦力としていたのである。
目を閉じているパンドラからすれば、一つの大きな生態波導の上に無数の小さな生態波導が蠢いているように感じ取れた。
「ホウ、これがメデューサというものか。初めて相手するタイプだ」
「ならばとくと堪能するんだな!」
そう言うと、メタルメデューサは髪の毛の蛇を次々と解き放つ。
放たれた金属蛇達は急激に大きくなると、パンドラを取り囲み、四方八方から襲いかかった。
だが、パンドラは焔の髪を巧みに操ると、細かく再分化した髪で、襲い来る金属蛇達を一匹ずつ掴み取ってみせたのである。
「クッ!」
その風貌は、最早パンドラの方がメデューサなのではないかと思う程、異形のフォルムを放っており、これを目にしたメタルメデューサも思わず後ずさった。
直後、パンドラが焔の髪で掴み取った金属蛇達をそのまま燃やし尽くすと、メタルメデューサは、再度放った金属蛇達を、互いに食い合わせて巨大な一匹の蛇を作り出す。
「ホウ」
それでもパンドラは怯む事無くアリスをスペードブレイダー形態で起動し、構えた。
と、同時に、巨大金属蛇も図体に似合わない程の速度で、パンドラへ向けて飛びかかる。
「スペードスラッシュ!」
襲い掛かる巨大金属蛇に合わせ、体勢を低く取ると、パンドラは魔力を込めたスペードブレイダーを真上に振りかぶった。
喉元に突き立てられたスペードブレイダーの光刃が、そのまま巨大金属蛇の体を縦に斬り裂いていき、通り過ぎた直後、金属蛇は爆発し、その身を飛び散らせる。
「グゥッ!」
劣勢に立たされたメタルメデューサは、遺跡の外壁まで後退すると、髪の毛の蛇と自身の口から外壁の金属を摂取し始めた。
すると次の瞬間、メタルメデューサ自身が脳天から左右真っ二つに裂け、その中から新しいメタルメデューサが肥大化しながら現れ、最終的に以前の三倍程に膨れ上がった姿となり、パンドラを上から見下ろす。
「シャ~~ッ!」
そしてメタルメデューサは、口の中から三メートルはあろう銀色の槍を取り出した。
「生命体だけでなく武器まで生み出すとはな」
そしてそこから間を置かずに繰り出された槍の一撃を、パンドラはフォースウィングを展開して空中へと逃れる。だが・・・・・・
「!?」
それに対し更に続いたメタルメデューサの振り上げを、パンドラはスペードブレイダーで受け止めきる事が出来ず、そのまま槍に降り抜かれたパンドラは、遺跡の外壁へと叩きつけられた。
「グアッ!」
それでもメタルメデューサの攻撃はとどまる所を知らず、パンドラを斬りつけようと槍を振り下ろす。
「っウゥッ!」
これをすんでの所で脱したパンドラだったが、体勢を立て直すまでには至らず、メタルメデューサが追撃で放った金属蛇に噛み付かれ、そのまま仰向けに転倒した。
「グッッ!」
すぐさま起き上がろうとしたパンドラは突然、身体に力が入らなくなる感覚と視界が二重三重にブレる現象に陥る。
『大丈夫ですか!?』
「成程、蛇を使って毒を盛ったか。だが運が良かったな」
『はいっ。今なら・・・・・・』
「フレイムの焔で焼き尽くす!」
即座にパンドラは自身の中を焔が駆け巡るイメージを強めた。
そして、パンドラの無尽蔵の魔力による余剰エネルギーが、焔となって身体の外へ漏れ出し、追撃を加えようと襲い来る金属蛇達をも焼き払っていく。
「さて・・・・・・反撃d!?」
毒から復帰したパンドラが、立ち上がって取り巻く焔を振り払ったその時――
『パンドラさん!?』
まさにそのタイミングにおいて、メタルメデューサの放った槍がパンドラの鳩尾を貫き、そのまま槍が地面に突き刺さる事で、パンドラは無防備な状態で固定されてしまった。
「っっっ・・・・・・グハッ!」
「これでトドメェェェッ!」
『くっ!』
メタルメデューサを止めるべく、未だ脱出の気配を見せないパンドラの代わりに、アリスは自ら人間形態へ変身して反重力魔法を放つ。
だが、なまじ肥大化したメタルメデューサと同規模の範囲で放ってしまったがために、蛇の下半身を大きくうねらせたメタルメデューサは、これを駆使して跳ね上がるように跳躍する事で、これを回避してしまった。
「そんなっ!」
そして空中からしならせた尾を、落下の勢いに任せフルパワーで振り下ろす。
「イヤァァァァァァッ!」
『・・・・・・チッ!』
勝利を確信したメタルメデューサは勿論、童話主人公二人ですらパンドラの敗北が頭をよぎった。だが次の瞬間――
「!??」
パンドラの左眼が紫色に変化し、その瞳が山吹色に輝くと、槍に貫かれ固定されていたパンドラの身体が突然、無数の黒い蝶の大群となり、空間から塵一つ無く消え去ったのである。
「消えた?! っ、どぉこにッ!」
その直後、メタルメデューサの背後にテレポートの様に現れた黒い蝶の大群によって、一瞬で再構成されたパンドラが右脚に波導エネルギーを凝縮した状態で蹴りかかった。
「ムーンクレセントキック!」
メタルメデューサが振り向くと同時に、空中右回し蹴りから放たれたソレは、その名の通り三日月の軌道を描いてメタルメデューサを蹴りはらい、致命級の一撃を叩き込む。
「グゥォアッ! ・・・・・・このっ!」
「リバース!」
一撃をくらっても尚、突き刺さっていた槍を抜き取り反撃に出るメタルメデューサに対し、パンドラはムーンクレセントキックの着地体勢から再度右脚に波導エネルギーをチャージし、空中後ろ右回し蹴りを放つ事で、連続でのクレセントキックを決めた。
「グギャアァァァァァッ!」
断末魔と共に爆散するメタルメデューサをよそに、パンドラの意識は穴の開いた自身の動力源でもある賢者の石に向けられる。
身体の損傷ほど急速にではないものの、賢者の石は既に修復を終えていた。
「コアの修復が間に合わずにクレセントでいく羽目になったが、まぁ良しとするか」
「パ、パンドラざぁん!」
完全に身体の修復を終えたパンドラへアリスが泣きべそをかきながら駆け寄る。
「死んじゃったのかと思いましたぁ~!」
「どうやら穴を開けられた程度では死なん上に自己修復するようだ。それに・・・・・・」
パンドラはそこで、先に起きた謎の現象を思い返した。
「あの現象は何だ? 私に一体何が起きた?」
「あっ、パンドラさん。左眼が!」
パンドラの眼の異変に気付いたアリスがそれを指差す。
すると突然、変化したままのパンドラの左眼から短い光線が飛び出し、空中に文字を書き始めた。
「! 何だ?」
【Liberate (解放):MAGICAdoll (マギカドール) Eye (アイ)】
【Liberate(解放):Butterfly (バタフライ) Effect (エフェクト)】
「【魔導人形の眼 (マギカドールアイ)】。この左眼の事でしょうか?」
「となると、【蝶・効・果 (バタフライエフェクト)】・・・・・・これがあの現象の正体か」
「そうみたいですね・・・・・・あっ!」
パンドラが理解したのを察知した様に、光線が空中に書いた文字が消失し、変化していた左眼も元の眼に戻る。
「(私も知らない能力が私の中に存在していた? そもそもゲッコーはこの事を把握していたのか? ま、今考えても埒が明かんか)」
「でも、これでますますゲッコー博士を助けなきゃいけなくなりましたね」
「そうだな。助け出した時に問い詰めるとしよう」
パンドラはシルクハットの位置を直すと、アリスをブローチ内に戻し、残る最後の遺跡へ向かった。
『グリズリー、スコーピオン、メデューサときて最後は・・・・・・』
「彼らの情報通りなら残っているのはメタルジンだな」
『ジンって、何ですかね?』
「精霊の一種と聞いた事があるが、実際に見たことは無いな」
『どんな精霊さんなのか、気になりますね』
「行けば分かるさ」
最後の遺跡の上空に辿り着いたパンドラは、そこで遺跡を見下ろしながら腕を組む。
「さて、今回はどう入ったものか・・・・・・そうだ!」
何か思いついたらしいパンドラは、不敵な笑みを浮かべた。
「折角だ。【蝶・効・果 (バタフライエフェクト)】を使おう」
『早速使うんですか!?』
「どうせ訓練の時間も無ければ、敵が待っててくれる訳でもないのだ。実践で精度を高めていくしかあるまい」
そう言うと、パンドラは左眼の【魔導人形の眼 (マギカドールアイ)】を開眼し、【蝶・効・果 (バタフライエフェクト)】を発動して遺跡内へと進入を果たす。だが、
「! ・・・・・・ここは?」
《金太郎編――第5部に続く――》