海へ来る
ちょっと手荒いです。
雨の街では、
誰も空を信用していなかった。
朝は晴れていても、
昼には雨が降る。
昨日まで青かった空に、
突然、
黒い亀裂が走ることもある。
港町アウラでは、
それを“空割れ”と呼んでいた。
空が割れる日、
雲の向こうから、
古い世界の残骸が落ちてくる。
壊れた機械。
見たこともない文字。
誰にも動かせない兵器。
そして時々、
まだ動いている“何か”。
だから空割れの日には、
港の人間たちは空を見上げる。
恐れているのか、
期待しているのか、
それは誰にも分からなかった。
雨が降っていた。
少年――レインは、
濡れた桟橋の端で海を見ている。
灰色の波が静かに揺れていた。
「今日は嫌な音がする」
港の修理屋の老人が言った。
レインは振り返る。
老人は空を見上げたまま、
煙草を咥えている。
「音?」
「空の音だよ」
老人はそう言って、
ゆっくり煙を吐いた。
遠くで、
何か軋むような音がしていた。
巨大な鉄を、
無理やり捻じ曲げるみたいな音。
レインも空を見る。
厚い雲の向こうで、
何かが動いている。
次の瞬間だった。
空に、
白い線が走った。
雨雲の真ん中が、
刃物で切られたみたいに裂ける。
港の人々が足を止めた。
誰かが小さく呟く。
「……空割れだ」
裂け目の向こうには、
夜のような暗闇が広がっていた。
けれどその奥で、
巨大な白い建造物が、
ぼんやり光っている。
塔。
いや、
都市だった。
上下の感覚が狂う。
空に浮いているのに、
海の底みたいに静かだった。
その時、
裂け目の奥から、
ひとつの光が落ちてきた。
流星みたいに、
青い尾を引きながら。
「あれは……」
光は、
港の外れの海へ落下した。
轟音。
海面が大きく揺れる。
冷たい風が街を吹き抜けた。
港の男たちが走り出す。
空割れの落下物は、
金になることがある。
だから誰より先に、
回収した者の勝ちだった。
だがレインだけは、
動けなかった。
胸の奥が、
妙にざわついている。
知らないはずなのに。
あの光を、
ずっと前から知っている気がした。
雨は強くなっていく。
やがて、
海の向こうで、
青い光が静かに瞬いた。




