私は貴方が隣にいない幸せを見つけた
お読みいただきありがとうございます。
少し暗いです。
灰色の景色。
それに紛れる色をした人々が駆け抜けていく。
――少女はそれをひたと見つめていた。恐れはなく、敵意もなく。
躊躇いもなく引き金を引いた。
◇◇◇
アヌーシュカは自分がどのようにして生まれたのか知らない。気づけば戦場にいた。
ここでは日夜人が亡くなっている。
けれどアヌーシュカが属す第九隊の生存率は概ね高かった。
それもこれも、隊長の手腕に尽きるのだろう。
がっしりと太い腕がアヌーシュカの華奢な肩に回された。
「おい、アヌーシュカ。せっかく今日は善戦したんだ。しけた面してねぇで笑え笑え」
「ご命令ですか?」
ニィ……
「……うん、俺が悪かった! お前はそのままが一番だ」
第九隊の隊長、ニコライは何度も頷きながら「人間ありのままが一番素敵だ」と口にした。
周りで酒を飲んで顔を赤くしていた隊員が野次を飛ばす。
「おいおい、また隊長のアヌーシュカ贔屓かー?」
「お熱いことで!」
「はいはいっ! 二人はこの戦争が終わったら結婚しますか?」
「ばっか、そういうのは悪いのを引き寄せちまうから禁句だろーが」
「盛り上がるのはやめろ。贔屓? 当たり前だぞ、アヌーシュカは女の子なんだからな」
以前、彼が肌見放さず持っているロケットペンダントの中にある妹がアヌーシュカそっくりだと言われたことがある。四歳の幼子とそっくり? さすがの彼女もその時ばかりは眉根を寄せていた。
「お前らも酒はほどほどにしておけよ。いつまた相手が攻めてくるかは分からないんだ」
「まぁまぁそう言わず隊長も一杯」
「おっ、ありがとう」
黒髪の一番若い兵士がへにゃっと頬を緩めた。
「気は抜いてませんよ。だって僕は帰って母の作るシェパーズパイを食べなくてはいけないんですから」
「良いじゃねーか」
周りの隊員も口々に帰ったらこれが食べたいあれが食べたいと酒の肴にする。
アヌーシュカは一人背筋を伸ばしたまま座り、服の穴を繕っていた。
おちゃらけた彼らの会話も、種がなくなれば自然とまた戦争の話に戻る。
「そういえばこれはこっそりと聞いた話なんだがよ、隣国の奴ら人造人間を作ってそいつらに戦わせるみたいな作戦を練ってるらしいぜ」
薄汚れた金髪をガシガシ掻きながら、一人の兵士は力任せに酒瓶を置いた。
「そんなのする暇があるならとっととこの馬鹿げた茶番を終わらせて欲しいもんだな」
「まったくだ。……でもあれだな。人造人間が生まれて、俺たちの国も人造人間を作って、そいつらで戦わせれば良いのかもな。誰も傷つかない戦いだ」
「あー良いかもですね。僕、賛成です。シェパーズパイ食べながらテレビで実況しますよ」
数日前に帰ってこなくなった隊員が残した服を破き、穴を覆う。無心で縫い進めるアヌーシュカがポツリと発した言葉に、彼女が普段話さないと知っているからこそ皆が敏感に反応した。
「戦争が終わったら、私はどうなるのでしょう」
忘れてしまった。言われていたはずだったのに。
「私もシェパーズパイを食べたりするのでしょうか?」
張り詰めるような冷たさが洞窟の中でしんと響く。
縫い終わったアヌーシュカは「できた」と満足気に顔を上げ――そこに並ぶ表情に目を輝かせた。
戦地を肩を並べて駆けた彼らは今、居心地悪そうに肩を竦めている。
余計なことを言ってしまったかと困っていれば、背中をポンと叩かれた。
「そりゃあアヌーシュカ、お前は俺と一緒に花畑に行くんだよ」
「花畑、ですか」
「俺は妹によくねだられてよ、花かんむりも指輪も作れるんだぜ。疲れたら川に足を浸しながらサンドイッチでも食べとけば十分よ」
「ずるいです! 僕もアヌーシュカさんに大好きな両親を見せびらかしたいですしシェパーズパイ以外の美味しいものも食べてほしいです」
嫌な空気は氷解した。
また皆が未来を語りだした。
薄汚れた金髪の男が、整った顔に笑みを乗せた。
「じゃあ俺はおしゃれなレストランにでも連れて行こうかな? 赤いドレスなんか、アヌーシュカの白い肌に映えると思うんだ」
「おいなに告ってんだ、隊長に殺されるぞ」
ワハハと洞窟を揺らすくらいの声量で笑い声が響いた。
翌日二人亡くなった。
アヌーシュカは赤いドレスを着る機会を逃した。
◇◇◇
アヌーシュカは剣も扱えたが、銃の方がよほど得意だった。
照準を定め、引く。また引く。それの繰り返し。
皆を後方支援することを隊長に命じられていた。
その間に隊長たちは敵陣に突っ込む。敵に看取られ死体は増えていく。
アヌーシュカは喜びも悲しみも、この戦争が終わって迎える平和な暮らしもとんと見当がつかない。
彼女の中にあるのは戦えという誰かの意思だけだった。
それでも変わらず夜は訪れる。
他の隊も交えて、火の前で皆が踊っている。隣国が隠していた食糧庫から食糧を少し奪ってきたらしい。
アヌーシュカはその喧騒から離れ、星を見ながら地面に腰を下ろしていた。誰かが近づき、顔に影が落ちる。
「アヌーシュカ、お前も食え」
「……もう十分いただきました」
アヌーシュカは隊長に渡された缶詰を懐にしまった。
「――未来とは、なんでしょうか」
「未来?」
「分からないのです。私は、戦争が終わった後のことが」
隊長は地面にドカリと腰を下ろし寝っ転がった。
星空を指差す。住宅街なんてあるわけもないここでは、星の瞬き一つ一つに名前なんてつけられないほど沢山煌めいている。
「これだよ」
「? これ、ですか」
自分で言っておきながら、隊長も今腑に落ちたようだった。
「星は回る。今は見えない星が、時間が経てば見えるようになる。見えていた星が見えなくなって、また姿を覗かせる。それを俺は未来だと思うね」
「随分とお詳しいのですね」
「妹が星が好きなんだ。……まぁ、俺はてんで興味はなかったんだけどな。死者は星になるなんて話を聞いちまったのがいけねぇ」
目を凝らす。数え切れない。沢山の人間が亡くなったことの証明がされていた。
気を取られていれば、手を取られる。はっと息を呑んだ。
誰かに知らぬまま触れられるのは初めてだった。
ニコライは真剣な表情をしていた。剣を振るう時とは違い、冷静にならない頭を抱えながらそれを悟らせまいとする表情だった。
「――アヌーシュカ、お前は救護班などの後方支援に回れ。もう話はしてある」
「私は戦うために……」
「俺が嫌なんだ。惚れた女を戦わせるのが。生きて、俺を待っていてはくれないか? 必ずまたお前の下に戻る」
待つ。彼の言葉が何度も頭を巡った。
待つ。待つ。いつまでかかるのだろう。戦争が終わるのは何年後なのだろう。何年後の、彼の姿は――
一瞬、膨大な量の思考が流れた。
だがすぐに途切れた。酷く頭が痛んだからだ。
うめき声を上げるアヌーシュカを、ニコライは血相を変え介抱する。
「アヌーシュカ、アヌーシュカ……!」
バツンッ
なにかが途切れる音だった。先へ先へと伸びていた糸が呆気なく切られるような。
ゆらりと、アヌーシュカは体を起こした。
「おい、大丈夫か? そんなすぐに起き上がったら……」
思い出した。自分の生まれた意味を、やるべきことを。
「行きません。私はここで戦わねばなりませんから」
「……ッ、お前は、」
「――私、人造人間なんです。戦うために造られた」
試験体、というやつなのだろう。だからこうして、通達もなくここに送り込まれた。
確かに最初は人造人間だということを覚えていた気がする。けれどいつかの敵の攻撃を避け頭を打った時に抜けてしまった。
そう言えば、銃で遠くから撃つことを命じられたのはその日だった。
アヌーシュカは戦争で人間の代わりに戦う。そのために造られた。そのさなかに死ぬと想定されていた。
「だから私は戦争しか知りません。その先の未来は造られていない」
隊長は言葉を失っていた。
違和感があっても、そこには中々結びつかなかったのだろう。
代わりにアヌーシュカの心は冷たく凪いでいた。
パキ、小枝を踏む音が響き二人が振り向けば、水が入っているであろうカップを持ったあの黒髪の若い青年が立っていた。
「お前、どこから……」
「人造人間、という下りから」
彼は顔を綻ばせた。
「そ、それだったらそろそろ僕たちが戦わなくてはいけない戦争は終わりってことですか? アヌーシュカさんたちが戦ってくれるなら……! 死ななくて済むんだ!」
「えぇ、そうですね」
鷹揚に頷いた次の瞬間、青年の体が飛んだ。カップが転がり水が地面に吸い込まれる。
隊長の握り締めた拳は赤くなっていて、荒く息を吐いている。
青年に馬乗りになって襟首を掴んだ隊長をアヌーシュカは制す。
「戦うのであれば、どうか私と」
「……っ、こいつは今、お前に死ねと言ったようなものなんだぞ! どうして怒らない!」
「思い出したことがもう一つあります。私はあなたたちの、そうですね、未来というものを守るために、愛を持って生まれたのです。恐怖も怒りもありません。彼がシェパーズパイを食べられるならそれが無上の喜びです。そういう風に生まれました」
「…………」
隊長は手を離し去っていった。
青年はゲホッ、と咳をしている。
「戦争なんてクソ喰らえだ」
最後の彼の言葉だけが耳に引っかかった。
その晩、寝ていたところを襲撃された。
◇
寝床だったところもあっという間に崩壊した。
応戦するが重装備の向こうとでは火を見るより明らかだった。
暗闇の中、誰かが倒れる音がする。幸い同士討ちする可能性を考慮してか銃の発砲音はしないが、それはこちらも同じだった。
アヌーシュカは短剣一つで敵の急所を的確に刺していく。
「はぁ、はぁ……っ」
どうせ人造人間なら、疲労も取り払ってくれれば良かったのに。
また一人刺し、倒れたのを確認し走り出そうとした。だが派手に転んでしまい、体が動かなくなる。
さっき刺した男に足を掴まれていた。
気を取られていれば、上からの気配が濃くなる。
別の敵兵がアヌーシュカの頭に銃口を合わせていた。
敵兵が汗をじっとり掻きながら真っ黒な目を見開きアヌーシュカを見ているのが、雲から飛び出した月明かりでくっきり照らされている。
私、死んでしまうんですね。
全てがゆっくりな気がした。他人事のように実況する自分がいる。
男は手を震わしながら引き金を引いた――
銃声が響いた。爆発するような聞き慣れた音。
それが、アヌーシュカから逸れ地面を抉っていた。敵兵は後ろから誰かに殴られ銃がブレたのだ。
男が膝をつき地面に倒れた。彼を殴った人物が顕になる。
月の光を吸い込むような漆黒の髪。しわ一つない顔。
全てがよく見えた。
「……アヌーシュカ、さん」
安堵したのも束の間。彼のお腹から、剣先が覗いていた。赤い血が鈍く光る。
今しがた倒れた敵兵と同じように膝をつき彼は力尽きんとしていた。目に散っていた光が薄くなる。
「……なんで」
刺されてから最後の力を振り絞ったのか。
アヌーシュカを助けるために自らを犠牲にしたのか。
それはもはや分からない。
物言わぬ彼がいるだけだった。
「なんで……私は、貴方たちを守るために……それを、知っていたはず……」
遠くから隊長の声がする。敵はもう人っ子一人いなくなっていた。
生き残っている者は返事をしろと叫ばれているのに、唇が震えるだけだった。
「……フィルさん……」
洞窟はすっかりおどろおどろしくなっていて。
生き残った者は必要最低限の荷物だけを持ち、違う洞窟に行くため歩き出した。
アヌーシュカは、どうして仲間は必要最低限に入らないのだろうと鞄を撫で、フィルの黒髪を一房切り取った。
夜が更けていく。
◇◇◇
隊長が空を見上げる。
「どういうことだ……?」
隊員の総意だった。見渡す限りに敵の姿はなく、剣が所在なさげに地面を引っ掻いている。
「あのラジオで言っていたことは本当だったのか?」
「まさか、敵が俺たちを陥れるための嘘に決まってますよ」
少し前。隣国のラジオを拾った。そこからはあともう少しで我々の勝利で戦争は終わるという趣旨の内容が流れていた。アヌーシュカにはちんぷんかんぷんだったが、隣国の言葉を少し話せるという茶髪の隊員が通訳してくれた。
「俺たちの国に降伏を迫ってる、か」
「……もし本当に降伏したら、俺たちはどのような扱いを受けるのでしょうか」
「酷いようにはしないって言葉が本当なら生きていけるんじゃねぇか?」
隊長はため息を一つ零した。
「どうなっても、今よりはマシだろうよ」
「けど……それでは今まで、俺たちは、なんのために……」
晴れた空の下。アヌーシュカはポケットに手を入れ、その中にあるものを撫でた。
もう一度顔を上げた時、隣にいた隊長が肩を押さえ蹲っていた。
「ぐ、ぅ……ッ」
「銃!? 一体どこから!」
どこから来たのか。アヌーシュカだけが捉えることができた。遥か遠くから。
――異様な集団だった。銃を構え、歩いてくる。けれど足取りは覚束なく、瞬き一つしなかった。
「……まさか、あれは人造人間……。隣国の人間も……」
アヌーシュカが呆然と呟けば、他の隊員も察する。
隣国の人間がいない――恐らく引き揚げたのはこれが理由だったのだろう。
「皆さん、逃げてください」
「お前を置いていけるか!」
ニコライは肩を止血しながら吠えた。
横目で見てから首を振るう。
「私の身体には、機能停止時に爆発するよう仕掛けが施されています。人間の考えることなんて皆同じ、きっと彼らにも――」
「爆弾が、あるんですね」
他の隊員が言葉を引き継ぐ。頷く。
これでは倒したところで、壊滅することは目に見えていた。
「私が時間を稼ぎます。だからどうか、救護班のところまで隊長をお連れしてください」
ようやく、生まれてきた意味がしっくりと体に収まった気がする。
ふ、とこんな状況なのに笑みが漏れた。
「どうか、未来を作ってください。幸せな未来を」
銃弾は飛んでくる。皆が覚悟を決めたようにニコライを支え、逃げる準備を始めた。
彼だけ、アヌーシュカに手を伸ばし続ける。
「……嫌だ、お前を置いていける訳ねぇだろ!」
「――隊長」
アヌーシュカは銃を抱え、駆け出す。
「貴方が隣にいなくても。平和に暮らしてさえくれれば、きっと私は幸せなのですよ」
そこで道は分かたれた。
アヌーシュカは敵陣に突っ込んでいく。
隊員は振り返らず、身を隠しながら走り続けた。
それからどれくらい経ったのか。
ただ、彼らは確かに見た。一際大きな爆発を。
その三日後。降伏したと自国のラジオから流れた。
ニコライはそれを、ぼんやりと聞いていた。
◇◇◇
戦争は終わった。暮らしは忙しいが、段々と慣れてくる。
その中で、ニコライはまた戦場に来ていた。
静かな中歩いていると、向こうから手を振ってやってくる人物がいた。
所々土で薄汚れている茶髪の男だった。
「……今日はお前か」
「それはこっちの台詞ですね。隊長……いえニコライさんはどうしてこんな、なにもないところに?」
「お前こそ。もう戦争は終わったぞ」
「いえいえ、なんと帰ったら妻の不貞が発覚しましてね。私の戦争はこれからですよ」
「……そうか」
かける言葉が見つからず、いつものように散歩を開始した。
あの後、アヌーシュカの生みの親の下を訪ねた。その時教えてもらったのだ、記憶を保存してある水晶石が見つかれば、またアヌーシュカは戻るかもしれないと。
「あ、隊長ー!」
「奇遇ですねー」
他の隊員もひょっこり姿を現した。
「……おい、おい! なにお前ら花なんて持ってるんだ!」
「アヌーシュカさんに……」
「最後くらいは綺麗な花を……」
「縁起でもないこと言うな!」
一等大きな花束を抱える二人は気まずそうに肩を竦めた。
「まぁ、この広い世界で小さな結晶を見つけることなんてできるんですかね」
茶髪の男は、教授だったという名残りからか理知的に眼鏡をくいと上げた。
皆それには答えず、無言で歩き出した。
ニコライは片眉を上げ花束を持つ二人を見遣った。
「お前らも来るのか?」
「お墓がどこかわからないので」
冷たく乾いた風が吹く。
その時、目の前を誰かが通り過ぎていった。
沢山の人間だった。薄く淡く発光している。
薄汚れた金髪の男に、黒髪の年若そうな後ろ姿の男。数え切れないほど多くの人間が、一箇所に向け歩いていた。
驚きを、恐れを、敵意を持つ者はこの中にいなかった。
当たり前のように後を追う。
暫く歩けば、彼らは一様に足を止めた。人波を掻き分けながら、最前列へと急ぐ。
黒髪の青年は、地面を指さしていた。
「……あ」
◇◇◇
アヌーシュカの生みの親の話だと、永遠に近い時間を生きれる人造人間も、水晶が傷んでいれば稼働時間は大幅に減るそうだった。
――五十年。これが彼女の寿命だと彼は顔を伏せ告げた。
それから三十三年の月日が流れていた。
齢六十歳のニコライは、しわしわの手で今日も目を覚まさない愛しい人の手を握る。
出会った頃の姿のまま目を瞑るアヌーシュカからは、起きる兆しは見えない。
「……俺ももう少しで死んでしまうよ、アヌーシュカ」
うんともすんとも言ってくれない。
日が沈む。短い逢瀬の時間の終わりだった。
「また来るよ」
――この間久し振りに会った茶髪の男は、ニコライがまだアヌーシュカに操を立てていると知ると酒をあおりながらため息を零した。
「大した愛ですね。その一途さが私の元妻にも欲しかったですよ」
「そうか」
ニコライは自分の真白に変わって薄くもなった髪を撫でる。腰が曲がり、顔もしわしわになって、随分と衰えてしまった。
例え話をする。アヌーシュカの目が覚める。当時の記憶が残っていたとする。
けれど今のニコライを、ニコライだと思わないだろう。
当たり前だと何度も心に言い聞かせた。けれど彼女になんの感慨もない目を向けられることが、酷く恐ろしかった。
帰ってきたニコライは、布団に潜り込み背を丸め、本当に弱々しい老人であるかのように小さく啜り泣いた。
◇
翌日も滞りなくやって来る。
新しく開いたという花屋に寄ってから来たニコライは、花瓶に生けアヌーシュカの部屋へと向かっていた。
扉を開ける。
一人の少女がベッドに腰掛けていた。パッと振り向き、目が合う。
「……あぁ。隊長、いいえ街の様子を見るにもうニコライさんとお呼びした方がよろしいのでしょうか? それにしても随分とお年を召されたのですね」
するりと花瓶が手から零れ落ちた。
体が震える。
「なん、で……っ。なんで、見てすぐに、俺だって……!」
釣られて、アヌーシュカも泣き出した。
「……だって、今のニコライさんの姿は、あの日、私が想像した貴方と、そっくりだったから……。――……っ私は、未来を夢見ていたのですね」
アヌーシュカの初恋、その果て。またの名を未来。
お読みいただきありがとうございます。
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