九.彼女の知らない父母の姿
「俺は伝手を辿って、その伯爵と伯爵領について、何か情報がないかと探りを入れた。――そうしたら、出るわ出るわ」
どこか楽しげに頬を歪め、雑誌記者、ディジア・マートルは潜めた声で言った。
「中央にも近い伯爵家について、王都でいくつかの噂が立っていた。
自領の屋敷では大人しくしているようだが、王都の邸ではえらく羽振りがよさそうだとか、税収に見合わない贅沢品を集めているとか。……夜遅くに、怪しげな風体の男たちが別邸に出入りしているのを見たってヤツもいたな。
とにかく、裏では派手に振る舞っていたらしい」
あまりの衝撃に、ヴィオレッタは息を飲んだ。
(何それ……。そんなこと、知らない――)
ヴィオレッタを気遣わしそうに見やったフェリックスも、動揺を隠しきれていない様子だ。そんな二人をどこか興味深そうに眺めながら、ディジアは続ける。
「もちろん、常に派手にやっていたわけじゃないだろうさ。――ただ、自邸で開くパーティでは、目ん玉飛び出るような高い酒や、公爵や侯爵しか相手にしないような仕立て屋のオートクチュールを身に着けてたりしてたとか」
物心ついた頃から、ヴィオレッタも両親に連れられて、シーズンには王都の本邸にしばし滞在していた。アッシュフォードの領地は王都に近く、シーズン開始の直前の二月から夏の終わり頃まで、頻繁に王都を訪れていた。父も母も、賑やかな場や多くの知人との交流を、比較的楽しんでいる印象だった。
ちなみに、父の跡を継いだ叔父夫婦は派手な場を好まず、最低限出席しなくてはならない催しにだけ、仕方なく参加しているようだ。
それでも両親が、本邸に分不相応な家具や絵画を置いたり、豪勢な衣装や装飾品を身に着けているところなど、見たこともなかった。もちろん、ヴィオレッタ自身も、そんなことをした覚えはない。
(でも……)
ヴィオレッタは思い出す。
いつの頃からか――主にシーズン中盤、両親は娘を伯爵領に残して、二人だけで王都に向かうことがしばしばあった。
その時期に自邸でパーティを開いていると、父は言っていた。気の置けない仲間同士、催しは夜遅くにまで及んでしまうこともあったそうだ。子どもには良い環境ではないからと、母も彼女に言い含めていた。ヴィオレッタも、素直にそれを信じた。
(その時期に……ディジアの言う、「派手な振る舞い」をしていたのだとしたら……)
信じたくない思いと、自信ありげな雑誌記者の態度に動揺する気持ちとが、交錯する。ヴィオレッタはテーブルの下で両の拳を握り締めた。
「……でも、証言だけなのよね? 証拠はない」
冷たい声音で発したヴィオレッタの言葉に、ディジアは苦笑で答えた。
「そうだな。『そう言っている人間が複数いた』、というだけだ」
彼の返答を受け、フェリックスも再び身を乗り出し、潜めた声でディジアに問う。
「当時の事故の記事、『不審な馬車が、伯爵夫妻の事故の当日に目撃されていた』っていうのも、誰かの証言?」
「ん? ――ああ、そうだな。伯爵領の使用人の何人かが、そうこっそり聞かせてくれた。これは記事には載せなかったが、事故を受けて、伯爵領でも王都でも、何人もの使用人が辞めていったことも」
言い終え、肩を竦めたディジアは、再び紅茶のカップに指を伸ばす。フェリックスは彼を制して、真剣な表情で尋ねた。
「その証言をした使用人の名前は? ……それと、事故のあと辞めていった元使用人の現在地に、心当たりはないのか?」
「名前を明かさないのが、取材の条件だったからな。――それに、そういう人探しは、お貴族様がたの方が得意だろう?」
ニヤリと口角を吊り上げ、ディジアが笑う。少なくとも、ヴィオレッタの正体には気付いているのだろう。それを匂わせる発言に、フェリックスは鼻白んだ。
ぶっきらぼうに「何のことだよ」と呟いて誤魔化し、フェリックスは咳払いをして言った。
「話を聞かせてもらったことには、礼を言う。……行こう、ダリア」
最初にヴィオレッタが口にしていた偽名をきっちりと覚えていたのは、さすがだった。フェリックスはそう言って立ち上がり、ヴィオレッタも無言で続く。
彼女たちが店を出ようと一歩を踏み出した、その時だった。
「なぁ、嬢ちゃん。――『静寂』って知ってるか?」
唐突なディジアの言葉に、二人は顔を見合わせる。ヴィオレッタは眉根を寄せ手をを答えた。
「何を言ってるの? 静寂は物音が……」
「ちげぇよ、そういう事じゃない」
自身も立ち上がったディジアが、ヴィオレッタとフェリックスを手招きする。ヴィオレッタたちが仕方なく彼の元に寄ると、彼は二人の耳元で囁くように言った。
「最初にバーで見かけた時、伯爵が口にしてたんだよ。『秘密は静寂に守られる』――ってな」
訳が分からず眉を顰めたヴィオレッタに、ディジアは苦笑してみせる。彼は自分で呼び寄せたにも関わらず、そのままひらひらと手を振り、二人をカフェから追い出した。
人通りの多い賑やかな路地を、ヴィオレッタとフェリックスはぼんやりと眺めていた。
雑誌記者・ディジアに聞かされた両親の姿は、ヴィオレッタの知るものとかけ離れていた。ヴィオレッタの思い出に残る父と母は、子ども思いで、お互いに深い愛情を抱いた、理想的な両親であり夫婦だった。決して贅沢に溺れるような人たちではなかった。
(誰の言うことが、誰の知ることが、真実なの……?)
「……タ。ヴィオレッタ?」
気遣わしげな声で名を呼ばれ、ヴィオレッタはハッと息を飲んだ。慌てて顔を上げると、彼女の目を覗き込んでいるフェリックスと目が合う。
彼は首を傾げるようにして言った。
「大丈夫? ……元従僕のマシューに話を聞きに行くのは、また今度にしよう」
どこか痛ましそうな様子で告げる彼に、ヴィオレッタは急いで首を振る。
「私なら平気です。もし、フェリス様のご都合が大丈夫でしたら……」
「それは気にしなくて良いんだけど……。でも、彼から聞いた話をちゃんと整理して、聞くべきことを纏めてから行った方が良いと思うんだ」
落ち着いた婚約者の言葉に、ヴィオレッタは俯いた。彼の言うことにも一理ある。
(感情のままに行動しないと、決意したばかりなのに……)
ディジアを見つけた際も、フェリックスの制止の声を聞こえないふりで走っていってしまった。
反省しながら、ヴィオレッタは顔を上げて答える。
「――分かったわ、フェリス様」
彼女の殊勝な声に、フェリックスはホッとしたように笑った。




