六.秘めたる決意
しばらく視線を彷徨わせいたフェリックスは、やがて決意を固めたように、ヴィオレッタの顔を正面から見つめた。
「実は、陽が沈んですぐ、セオドアさんがうちの本邸に、馬車で駆けつけて来たんだ」
「――え?」
息を飲むヴィオレッタに、彼はどこか言い訳めいた口調で続ける。
「『言い争いになってしまったヴィオレッタが、家を飛び出したまま戻らない』――って、真っ青な顔で。探すのを手伝ってもらえないか、もしヴィオラがうちを訪ねてきたら、連絡をもらえないかって頭を下げられて」
何とも言えない表情で黙り込んだヴィオレッタに、フェリックスは眉尻を下げて笑った。
「僕には、すごく必死に見えた。君を心から案じているように……」
従兄の真意が読めず、ヴィオレッタは表情を曇らせる。複雑な感情に口元を引き結んだ彼女に、苦笑して、フェリックスは続けた。
「……とりあえず、晩御飯にしよう。何をするにしても、まずは力を取り戻さないと」
フェリックスは、帰宅の覚悟が定まらないヴィオレッタに、このままデュレット家の別邸での滞在を申し出てくれた。従兄には、「友人の家に送り届けた。本人が居場所を伝えることを望んでいない」とだけ、報告してくれるという。彼の両親や弟妹も、今は自領の屋敷に居るため、「母上に言っておけば、父上には上手く説明してくれるよ」と悪戯っぽく微笑んでいた。
恐縮して固辞するヴィオレッタだったが、他に事情を明かして頼れる当てもない。しばらくの押し問答の末、ヴィオレッタは婚約者の厚意に甘えることを決めた。フェリックスは安堵したように息をつく。
「――どのみち、その踵の怪我が良くなるまでは、通学も厳しいだろう? 欠席届を書いてくれたら、『お見舞いのついでに預かった』と提出しておくよ」
学園のことなどすっかり頭から抜け落ちていたヴィオレッタは、フェリックスの言葉におずおずと頷いた。
微笑んだ彼は更に、アッシュフォード家に使用人を遣わし、教本や着替え一式を運んでくれると言ってくれた。
「本当に……何とお礼を言えばいいのか……」
感謝の念に言葉も出ないヴィオレッタに、フェリックスは不意に瞬きを繰り返した。
「――学園に来られるようになったら、平日は学校か、外のカフェで話そう。別邸には、休みの日にだけ来るようにするよ」
「え?」
唐突な彼の発言に戸惑い、――次の瞬間、彼の言わんとすることに気付いたヴィオレッタは赤面した。
(見ようによっては、結婚前にも関わらず、婚約者に別邸に囲われている状況じゃない……!)
不埒な考えなどお互いにあるはずもないが、貞淑さを重視される貴族の娘にとって、破廉恥な噂は致命的なスキャンダルになりかねない。彼の気遣いが、心底ありがたかった。
口ごもるヴィオレッタに、相変わらず耳を真っ赤にしたフェリックスが慌てて話題を変える。
「――まずは、三年前、君の家で何があったのか。元従僕の……マシューだったっけ? 彼にもう一度話を聞いて、他に事情を知ってそうな使用人を探すのから始めるのはどう?」
ホッと息をついたヴィオレッタも、明晰な彼のアイディアに一も二もなく頷いた。
「そうしてみる。――その時は、フェリス様も一緒に来てくれる?」
「もちろん!」
誇らしげに答え、フェリックスは微笑んだ。
フェリックスはメイドのアイリスを、ヴィオレッタの側付きとして残していってくれた。彼女の世話になりながらも、ヴィオレッタは内心でひとりごちる。
力強いフェリックスの言葉に、心細さを抱えていたヴィオレッタはつい甘えてしまった。
けれど自分が、貴族の娘としてだけではなく、人間としても褒められたものではない行動をしていることは、分かっている。感情のままに後先考えず行動し、挙げ句他人に迷惑を掛けるなど、恥ずべきことだった。
(……一刻も早く、事実を見つけよう)
ヴィオレッタは、自分に誓う。
もし、その事実が母の日記通りだったとして。叔父や従兄を感情的に責め、考えなしに告発することだけは、避けるべきだ。
両親の生命を奪ったかも知れない二人を、今は許すことが出来ない。だが、こんなにも親身に寄り添ってくれる婚約者や、彼の実家に不名誉をもたらさないためにも、掴んだ事実は慎重に取り扱わなければならなかった。
(三年前……一体何があったの? テオ従兄様。
あの晩、貴方が口にしたことは、紛うことなき真実なの?
従兄妹として共に過ごした十三年も、家族として側にいた三年も……全て偽りなの?)
悪魔のような笑みで、「ヴィオレッタの両親を殺した」と告げた従兄。フェリックスが語った、彼女の行方を探し、必死に頭を下げたという青年。
幼い頃から親しんだ六歳上の従兄は、お転婆な幼いヴィオレッタが庭で転んで泣く度に、駆け付けてくれる優しい人だった。両親を一度に亡くし、茫然自失となった彼女を、側で黙って抱き締めてくれた。王都の本邸で二人暮らしを始めたあとも、仕事で疲れているだろうに、ヴィオレッタの苦手な科目を根気強く教えてくれた。
従兄の真実の姿はどちらなのか、自分がどちらを真実だと信じるのか。
今のヴィオレッタにはまだ、結論が出せなかった。




