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十六.光へ

 一度咳払いをし、叔父(おじ)は潜めた声で言った。


「まず、セオドアは無事だ。主要な臓器も、大きな血管も外れていて、気を失ったのはむしろ、ここ数ヶ月の心労がたたったせいだろうと」

「そうですか……」


 声に安堵を(にじ)ませたヴィオレッタに、叔父のルークも微かに頬を緩める。しかしすぐに表情を引き締め、彼は淡々と続けた。


「目を覚ました息子に話を聞くまで、こんなことになっていたなんて、まるで気付いていなかった。あいつは、全てを一人で抱え込んでいた」


(テオ従兄(にい)様……)


 複雑な表情を浮かべたヴィオレッタに、ルークは眉間の皺を揉みほぐしながら口を開いた。


「――何もかも、知ってしまったそうだな」


 その声のあまりに悲壮な響きに、ヴィオレッタも目を伏せる。頷いた彼女は、今までの経緯をゆっくりと語った。




 話を聞き終えた叔父は、沈鬱(ちんうつ)な溜め息を零す。その震える吐息が、重苦しい沈黙に支配された部屋に、低く響いた。

 ヴィオレッタはぼんやりと、窓の外に目をやる。悲しいほど美しく晴れた夏の昼間の青空が、ガラス越しに覗いていた。

 しばらく言葉を失くしていた叔父だったが、やがてヴィオレッタに消え入りそうな声で尋ねた。



「こんなことを聞く権利が、私にあるはずもないが──君は、今後どうしたい?」



 叔父に視線を戻し、ヴィオレッタはしばらく考え込んでいた。だが、やがて、首を小さく振って答える。


「――真実を広めて、幸せになる人ばかりじゃないです。両親が犯した罪は大きく、許されるものではない。私のことも、金づるとして扱った。……それでも、私にとっては、大切な両親でした。

真実は、当主である貴方に預けます。叔父(おじ)様」


 じっと無言でこちらを見つめている叔父に、ヴィオレッタは布団の下で両手を握り締めて続けた。


「私は、……フェリス様との婚約を破棄し、両親と、お従兄(にい)様を傷付けた私自身の罪を償うため、修道院へ行きます」

「それで良いのか? 」


 弾かれたように、間髪入れずルークが問い掛けてくる。案じるような叔父の声に、胸が音を立てて(きし)んだが、ヴィオレッタは気付かない振りをした。

 ルークはどこか必死な声で、彼女を説得するように続ける。


「婚約者の彼のことは、君も大切に思っているはずだ。ずるい話ではあるが……、黙っていれば、誰も傷付かずにいられる。息子も何より、君の幸せを望んでいるはずだ」

「大切だからです。……汚れたこの手に、この血に、彼を巻き込みたくない」


 汚れた血。他人を利用して財を成そうとした両親、その両親を結果的に殺めた叔父と従兄(いとこ)。その従兄を、偶然とはいえ刺してしまったヴィオレッタ。


 アッシュフォードの家に流れるのは、真っ黒に汚れた血だ。


 毅然(きぜん)とした表情で、ヴィオレッタは顔を上げて言った。叔父は目を(つむ)り、しばらく逡巡(しゅんじゅん)した末に、「分かった」と答えた。


「我々も、いずれ罪を償うつもりだった。ただ、この地に暮らす領民に罪はない。時間は掛かるだろうが、彼らの生活を守る算段をつけたら、罪を告白する。

……ただ、婚約のことは、我々だけで決められるものではない。どこまで話すべきかとも思うが……あちらの家にも、相談しよう」


 決意のこもった叔父の言葉に、ヴィオレッタはそっと目を閉じて頷いた。









 叔父はさっそく、婚約についてデュレット家と話し合いを持ってくれたそうだ。話が決着するまで、ヴィオレッタは学校を休み、王都のアッシュフォード家の別邸で療養することになった。

 フェリックスに借りていた部屋を勝手に出て、そのまま戻ることなく、アッシュフォード家に戻ってしまった。彼に不義理を働いてしまったことを、ヴィオレッタは申し訳なく思う。叔父に頼んで、フェリックスに丁重な詫びを届けてもらった。




 ヴィオレッタが王都に帰って来た、三日後のことだった。







「――ヴィオラ!」



 静まり返った別邸に、突然響き渡った足音に、ヴィオレッタは驚いて顔を上げる。

 案内も待たずに駆け込んできたのは、婚約者だったフェリックスだ。


「……フェリス様?」


 彼は目を見開くヴィオレッタに構わず走り寄って来て、彼女の両肩を掴んで揺さぶる。


「急に婚約破棄なんて、……なんでだよ!?」


 悲しげな声を上げるフェリックスに、ヴィオレッタは小さく微笑んで告げる。涙を見せることだけは、したくなかった。


「詳細は……今は言えないの。でも、私は罪を犯した。この血も、決して無垢(むく)とは言えない。いつか、貴方に迷惑をかける。だから……」



「……『いつか』なんて知らない!」



 叫んで、フェリックスは驚きに目を(みは)るヴィオレッタを、勢いよく抱き(すく)めた。


「――いつか、君の言う『罪』が、僕も君も地獄に引きずり込む日が来るのかも知れない。それでも、今君を失えば、僕は死ぬまで後悔する……!」




 愛している。


 


 (くさび)のように打ち込まれた、彼の重々しい言葉に、ヴィオレッタは静かに涙を浮かべた。




 理性は、彼を手離すべきだと主張する。

 感情は、彼を手離したくないと訴える。


(テオ従兄(にい)様も……叔父様も……同じだったのかしら……)


 理性と、何かを守りたいという感情に心を揺さぶられ、正しい判断が出来なくなってしまったのだろうか。





 いつか、『その日』は来る。アッシュフォードが隠した全ての罪が暴かれ、裁きを受ける日が。


 分かっていた。それなのに、覚悟を決めて下したはずの決断も、感情に流されすぐに揺らがせてしまう自分が、情けなかった。


(それでも……どうしても、この温もりを手離せずに済むのならと……考えてしまう。

この罪は、いつか途方もない罰を私に与えると、分かっているのに)




 この身体を包む温もりだけは、どうしても手離せない。

 ならばせめて、その日に備えて、彼に少しでも迷惑を掛けずに済むように、方法を考えよう。

 いつか来る罰を素直に受け入れるために、罪に真摯(しんし)に向き合おう。

 




 今は、今だけはこの温もりに(すが)らせてほしいと、ヴィオレッタは心底願った。


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