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十四.残酷な裏側

「伯父様たちは……王都に集う貴族も平民も、富める者も貧しい者も問わず、薬漬けにする組織に関わっていた。

主犯ではなかったものの、彼らの数多(あまた)いる協力者のひとりとして振る舞い……。得た利益で贅沢を(むさぼ)っていた」


 肩を震わせて自身を見上げるヴィオレッタから、逃げるように視線を逸らし、セオドアは両手の拳を握り締めていた。

 咄嗟に「信じられない」と声を上げそうになったヴィオレッタだったが、自分自身も先ほど、帳簿に確認の印を入れた父のサインを見ていた。父の字の崩し方は独特で、真似をするのは困難だ。あれは間違いなく、父の筆跡だった。


 荒い呼吸を繰り返すヴィオレッタに、セオドアは悲しそうに呟いた。


「どこかで、伯父様たちを止めなくちゃいけない――そう思っていた。でも、貴族でもない僕たちに、しがない文官の一人でしかない父に何が出来るのか、ずっと悩んでいた。

……あの話を聞いたのは、その時だった」



 セオドアは、ヴィオレッタがいつの間にか胸の前で握り締めていた封書に目をやる。


「その手紙は、後妻を探していた老侯爵が、君を(めと)る対価を約束するものとして、先方が記したものだ。

――僕たちが事態を知ったのは、その手紙が書かれた××八年の五月の、末だった。あちらの家からの反対もあって、貴族院へも届け出されておらず、婚約はまだまだ成立しそうになかったけど……。金のために、大切な娘の人生まで売り飛ばそうとする姿勢に、僕たちは……」


 苦しそうに息を吐いたセオドアに、ヴィオレッタは目を見開いた。


 両親は、一人娘であるヴィオレッタを溺愛していた。婿を取り、将来は伯爵家を継がなければと意気込んでいた幼い彼女に、「真に愛する人と自由に結ばれなさい」と言ってくれていた。家のことは、弟のルーク叔父(おじ)と相談し、セオドアを養子に迎えることにしたと。

 貴族位を継げなかった弟のためにも、きっとそれが一番の解決策だと。



「使用人の一人が、酒に酔った伯父様が、友人たちに話しているのを聞いたそうだ。その封書を見せびらかしながら……。『一人娘に婿を取らせるよりは、甥を養子に迎えて後を継がせた方が、悪事がばれる可能性が少ない。娘は売れば金になる』って。

『この商売も、これで安泰(あんたい)だ』と……」




 衝撃に、ヴィオレッタはその場で立ち(すく)んだ。




「そんな……。だって、テオ従兄(にい)様が跡継ぎに決まったのは……」

「君が八つの時。その話を聞いた日から、五年も前の出来事だ。――伯父様たちは……つまり……」


 使用人の話を信じるならば、少なくとも五年は、両親は悪事に手を染めていたことになる。


 その事実に、ヴィオレッタは目の前が暗くなる。心臓がドクドクと脈打ち、耳鳴りがし始めた。セオドアも全身を震わせていた。


「このままじゃいけない……。誰も幸せになれない。父と僕は、伯父様を罠に掛けることにした。

あの日、少し不用意な速度で山道を掛けていた馬車を、山肌にぶつけさせて、怪我を負わせようとした」


 顔を上げたヴィオレッタの頬に指を伸ばしかけ、躊躇(ちゅうちょ)したように、セオドアは両手を下ろす。彼はどこか(ほう)けた様子で言い募った。


「御者のスティーブンも……納得していたんだ。出来れば、伯父様が伯爵位を退かなければならないほどの怪我をさせて……。本当に、それだけだった。見張りの馬車を一台待機させて、僕たちはいつも通りに過ごして……。

それなのに、急に雨が降ってきて。よりによって整備が不十分で、崖が崩れて、馬車も巻き込まれて……あんなことに……」



 ――死なせるつもりなんて、なかった。



 泣き出す寸前の表情で、セオドアはぽつりと(ささや)いた。



 両親の訃報に、叔父(おじ)のルークも従兄(いとこ)のセオドアも、大きな衝撃を受けていたようにヴィオレッタには見えた。それは恐らく、彼女が想像していた以上の絶望だったのだろう。

 セオドアは、一気に何歳も歳をとったかのような、疲れきった声で続けた。


「意図したことではなかったけれど、僕と父は確かに、君の両親を殺してしまった。

真実を告げるべきか、ずっと迷って……でも結局、黙って君を引き取り、家族とすることを選んでしまった。傲慢(ごうまん)だけど、君だけは幸せになってほしいって……」


 その言葉に、ヴィオレッタの目に涙が浮かぶ。彼らを「人殺し」と糾弾(きゅうだん)なのか、両親の魂胆から救ってくれたことに感謝すべきなのか。どう捉えて良いのか分からず、ヴィオレッタは壊れたように首を振り続けた。

 そんな彼女に、セオドアは悲しげに笑い掛けた。


「これは夢だよ、ヴィオラ。……忘れるんだ、全て。君は何も見なかった、何も起こらなかった。君はそうやって、日常の、婚約者のもとに戻るんだ」


 その言葉に、ヴィオレッタは震える身体を抱きしめる。




 愛していた両親は、他人の人生を(かて)に自らの欲を満たしていた、悪人だった。その欲のために、娘を売り飛ばそうとしていた。

 従兄(いとこ)叔父(おじ)は、そんな両親の悪事を止めようとした。だが、自らの保身もあり、表沙汰には出来なかった。

 そんな彼らが選んだのは、「両親を表舞台から消すこと」。けれど、最終的には、両親を死なせた。




 そんな汚れた血を引く自分が、誠実な婚約者(フェリックス)と幸せになっていいのか。

 誰を信じればいいのか。


 自分は、どうすべきなのか。




 混乱したヴィオレッタは衝動的に、書き物机にに転がっていたペーパーナイフを掴み上げた。そのまま、自分の喉に突きつける。



「……ヴィオラ、何を!」


「――近付かないで!」



 悲鳴を上げたヴィオレッタは、震える唇を引き結んで、眼前の従兄を睨みつけた。


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