1-8
「さて今日は、魔法についてだ。」
オレムがそう口にした瞬間、私は思わず椅子をガタッと鳴らして立ち上がりかけた。
「ま、魔法!? 本当に!?」
心臓が一気に跳ね上がる。
「ここって……ほんとに魔法がある国なの?」
弾む声を抑えられない。
オレムは一瞬目を丸くし、数秒間沈黙してから低く呟いた。
「……まさか、魔法すら知らないとは。」
その言葉を聞き流し、私は興奮のまま畳みかける。
「だって、魔法っていったらさ、ファイアボールとか、ヒールとか、ほら、空を飛んだり、魔法陣で召喚獣を——」
「落ち着け、ユリアス」
オレムの冷静な声と咳払いに、私はハッと我に返った。顔が一気に熱くなる。
(うわ……完全にアニメ好きの中二病みたいじゃん……! でも憧れてたんだもん、仕方ないでしょ!)
オレムは額に手を当て、深いため息をついた。
「……魔法に関する記憶がないのは予想していたが、これは思った以上に厄介だ」
「えっと……厄介って?」
「魔法は、この国の貴族では必修教育だ。そのため、魔術学院で基礎と応用を修めるのが常識。そして——ユリアス、お前はすでに“卒業した身”だ。」
「そ、卒業!?」
思わず声が裏返る。オレムは静かに頷いた。
「学院に再び学ぶということはできない。そのような前例は今までないので、フローレンス家の名誉にも関わる。……つまり、周囲はユリアスが魔法を理解していると思っているわけだ。」
(え、ちょっと待って……それって魔法学校に通えないってこと!? 行ってみたかったのに!)
心の中で思わず地団駄を踏む。けど同時に、貴族のプライドって面倒すぎるとツッコまずにいられない。
「現状、ユリアスは“知っていて当然”のはずが、現状は素人同然。それが露見すれば、不信や疑念を招く。最悪、フローレンス家が政治的に立場を失いかねない。」
「……それってかなりマズいよね」
「その通りだ」
オレムの淡々とした声に、背筋がぞくりとする。魔法がこの世界の「常識」であり、「教養」なのだ。知らないのは、この体に入っている私だけ。
だが次の瞬間、オレムは口調を和らげた。
「まぁ、心配しなくてもいいよ。私と信頼できる友人が補うから安心していい。」
その言葉に、胸の重さがすっと軽くなる。兄の落ち着いた声は、不思議と心を救ってくれる。
「ありがとう、オレム。本当に……頼りにしてる」
そう言ってぺこりと頭を下げると、オレムは驚いたように瞬きをし、それから静かに微笑んだ。




