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1-7

私にとって新しい生活が始まった。


不思議なことに、言葉の壁をまったく感じなかった。絶対に日本語ではないはずなのに、日本語しか知らないはずの私には意味が分かる。見たこともない文字で書かれているのに——なぜか、読めてしまうのだ。

それでも、この世界で生きていくなら、知らないことを一つずつ埋めていくしかない。そう腹をくくった私は、オレムの協力を得て、この世界の基本を教えてもらうことになった。



「まずはこの国の歴史と地理からだ」


オレムは机いっぱいに地図を広げ、落ち着いた声で語り始める。地図には複雑な川や山脈、点在する町々がびっしりと記されていた。


「セルベコウ王国は、主に五つの地方に分かれ、それぞれを公爵家が治めている。フローレンス家は西方を領有し、豊かな農地と最大の都市を抱える。そのため、政治での影響力も大きいんだ。」


(改めて聞くと、私ってとんでもなくすごい家の娘なんだ……)


その後、オレムからいろいろ教えてもらったが、実感はまるで追いつかない。オレムが指し示す地名——「セルディアの鏡」だとか「ヴァルドリンの丘」だとか——横文字が苦手な私は混乱する。


「この湖は『セルディアの鏡』と呼ばれていて、昔……ユリアス、聞いてるか?」

「う、うん! 聞いてる、聞いてるよ!」


慌てて返事をするけど、正直、半分くらい頭の外へ流れ出ている。オレムの目がすっと細くなるのを感じて、冷や汗が背筋を伝った。






―― 

一方、日常生活の「マナー」については、メイドのルーシャが根気強く教えてくれた。


「お嬢様、椅子にお座りになるときは背筋を伸ばして。足は軽く重ねて……はい、膝は揃えて」

「え、こう?」


「もう少し自然に。手は膝の上にそっと置く感じです」

「……足、つりそうなんだけど」


姿勢を正すだけで肩が凝る。食事のマナーに至ってはもっと大変だった。ナイフとフォークの持ち方、パンをちぎる順番、グラスを傾ける角度まで決まりがある。


(日本のマナー教室より厳しいじゃん!)


スープを飲むときでさえ、スプーンの角度を指摘される。無心でコンビニのおにぎりを頬張っていた日々が急に恋しくなる。


けれど、ふとした瞬間、ルーシャがぱっと笑顔を見せる。


「お嬢様、随分お上手になりましたよ。最初はスプーンを逆に持っていらっしゃいましたから」

「え、それって褒めてるの?」

「もちろんです!」


その笑顔に、張り詰めていた気持ちがふっと緩む。彼女の存在は、この堅苦しい世界での唯一の癒しだった。




ある日の勉強の合間、オレムがぽつりと呟いた。


「ユリアスは吸収が早いな。記憶がなくても、本質は変わらないようだ」


知らない世界、覚えきれない歴史、窮屈なマナー。けれど、そばにいて支えてくれる人がいる。それだけで少し勇気が出る。

私は今日も、ルーシャに指摘された姿勢を思い出しながら、紅茶をそっと口に運んだ。


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