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昨日の出来事は、まだ頭の中で整理しきれていないのに、
気づけば今日もまた、あの部屋に連れてこられていた。
ただ、昨日とは少し様子が違う。
兄のオレムも、アストラッド殿下も、そして側にいた騎士の姿がない。
今この部屋にいるのは——フィナさんとシュナさん。
女性だけの、私にとっては穏やかな空間だった。
「ささ、これ! 巷で評判のケーキなんですよ。ぜひ食べてみてくださいな!」
嬉しそうに皿を差し出すシュナさん。
その姿に、フィナさんがすかさず咎めるような声を上げた。
「シュナさん。ユリアス様は公爵家のご令嬢、シュナさんは伯爵。もう少し礼儀をわきまえてください。」
(ああ……やっぱり、そうなんだ。)
私としては、そういう堅苦しいのはちょっと苦手だから、気にしない。
むしろ、気軽に話せたほうがずっと楽なのに。
今日の顔ぶれなら、まるで“女子会”みたいな空気があって、
昨日の緊張感なんてどこかに吹き飛ぶんだけどな。
だからこそ、私は少し勇気を出して口を開いた。
「あの、ご存じかと思いますが……私、あまり身分とか気にするほうではありません。
せっかくですし、気楽にしていただけたほうが嬉しいです。」
すかさず、シュナさんが手を叩いて賛同する。
「ほーら、ユリちゃんもそう言ってることですし!」
「そういうわけにはいきません!」
抗議するフィナさん。
でも、彼女がまじめなのは、昨日から見ていて分かっていた。
(フィナさん、仕事年審で責任感のかたまりなんだよね……。)
立場上、ずっと私たちの背後で控えていて、彼女は席につこうとしない。
(わかるけど……そんなに畏まらなくてもいいのに。)
うちの屋敷のメイドたちもそうだけど、立場上難しいのはわかるけど、融通が利かないんだよね。
私は軽く息をついて、せっかくのケーキを見下ろした。
淡いクリームに旬の果物だろう、色とりどり艶やかに乗っている。
ほんのりとした甘い香りが漂っており、見るからにおいしそうだ。
どうしたらいいのだろうと、戸惑っていると——フィナさんがにやりと笑いウィンクした。
(え、今のウィンク……“任せて”って合図?)
次の瞬間、彼女が少し大げさに肩をすくめて言った。
「フィナ、わたくしがせっかく用意したケーキを食べれないってこと?
一緒に食べたほうが楽しいし、おいしいのに誘っておりますのに、それを断る方が無礼ではありませんの?
それに、このケーキ、用意するのけっこう大変だったんですのよ!」
アニメで見たような、悪役令嬢っぷりのような言い方!
シュナさんの言葉に、フィナさんは一瞬だけ黙り込み——小さくため息をついた。
「……わかりました。では、今回だけ特別に。」
そう言って、ようやく空いていた席に腰を下ろす。
どこか呆れたような顔をしながらも、口元がほんの少し緩んでいた。
「やった!」とシュナさんが嬉しそうに私を見る。
私は思わず、心の中で“ブラボー!”と拍手を送った。
フィナさんがをを出でくれた紅茶は、湯気とともにふわりと柔らかな香りが立ちのぼっている。
甘く香る紅茶と、ケーキの甘さが混ざり合っている。
こうして、フィナさんが入れた紅茶と、シュナさんが用意したケーキによる、
三人だけの“女子会ティータイム”が静かに始まったのだった。




