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ほどなくして、先ほどのメイドが戻ってきた。だが今度は一人ではない。
彼女の後ろには、優しげな雰囲気をまとった女性と、凛とした青年が続いている。
女性は四十代前半ほどだろうか。金色に近いブロンドの髪を上品にまとめ、深い青のドレスがその穏やかな気品を際立たせていた。裾に施された繊細な刺繍が、歩くたび光を拾ってきらめいている。
彼女は部屋に入るとすぐに駆け寄り、私の手をそっと包み込む。
温かなぬくもりとともに、ほのかにフローラルな香りが漂った。
「ユリアス、心配ししたのですが、目を覚ましてくれてよかったわ」
声はかすかに震え、その瞳には涙が滲んでいる。
彼女の指先が私の髪を優しく撫でる。その感触はどこか懐かしく、胸の奥がざわめく。
(誰……? なぜこんなにも親しげに……)
「……あの、すみません。どちら様ですか……?」
勇気を出して恐る恐るうががったため、ためらいがちに響いた。
その瞬間、女性の表情が一瞬だけ硬くなるが、すぐに柔らかな微笑みに戻った。
まるで、私の言葉をあらかじめ覚悟していたかのように。
「やはり、覚えていないのね……。私はあなたの母、セレナ・フォン・フローレンスよ」
(この人が、母……?)
その言葉が胸に突き刺さる。私にとって、こんな優雅な女性が母ではない。
だが彼女の瞳には確かな愛情が宿っていて、嘘や演技には見えなかった。私は言葉を失い、ただその手の温もりに包まれたまま、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「ユリアス。俺は兄のオレム。体調はどうですか?」
そのとき、背後から落ち着いた声が響いた。
声の主は背の高い青年だった。肩まで届く蒼い髪を後ろで緩く結び、深い緑の瞳が私をまっすぐに見つめている。その視線には探るような鋭さがあり、まるで本当に“私”なのか確かめているかのようだった。
(母と兄……? この人たちは家族……?)
頭では理解しようとしても、心が追いつかない。私は見ることだけしかできず、声が出なかった。
母 セレナが私の額にそっとキスを落とす。
同時に、全身にざわめきを走らせた。
——佐倉結衣、私は彼女の娘じゃないのに、なぜか心が揺れる。
「今日はもう休みなさい。焦らなくていいわ。ゆっくり思い出せばいいの。今はこうして生きて、目を覚ましてくれただけで十分よ」
セレナの声は穏やかで、子守唄のように耳に染み込んだ。
オレムも静かに頷き、メイドは控えめに微笑む。「ゆっくり休んで」と言い残し、三人は静かに部屋を出て行く。扉が閉まる音が、静寂の中で小さく響いた。
ひとり残された私は、ベッドに身を投げ出すように横たわった。天井の木目を見つめながら、何度も同じことを頭の中で繰り返す。
(私の身体はユリアス・フォン・フローレンス……? 私は佐倉結衣なのに……)
あまりにも多くの出来事が、短時間で押し寄せてきた。
豪奢な部屋、突然現れた「家族」、そして私の知らない「ユリアス」という名前。
すべてが現実でありながら、どこか夢の中にいるような感覚だ。
「……寝たら、全部夢だったって……戻るのかな?」
そんな淡い希望を胸に、私はそっと目を閉じた。次、目が覚めたとき、私は誰としてここにいるのだろう——。怖さと、ほんの少しの期待が胸の奥で揺れていた。




