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沈黙の中、ティーカップの音だけがかすかに響く。
紅茶の柔らかな香りが漂っているのに、喉はひどく乾いていた。
皆さんの視線がすごく感じる。
そんな中、この部屋の主でもある彼が、真っすぐに私を見据え——静かに口を開いた。
「……初めまして、ユリアス嬢。お会いできて光栄です。」
その声は、思っていたよりもずっと穏やかで、深みのある響きだった。
音の一つひとつが、胸の奥に届くようで、思わず呼吸を忘れる。
(……)
分からないが、私の胸の鼓動がさらに速くなっていく。
今回の新たな出会いでドキドキしているのか、これから始まる“何か”への予兆なのか、
不思議で今まで感じたことのない気持ちに、私はその言葉を飲み込んだ。
目のやり場に困って、視線が泳ぐ。
逃げるように下を向きたいけど、それは不作法。
けれど目線を合わせる勇気もなく、結局、意識を紅茶の香りへと逃げた。
そんなとき——
「オレムから聞いた通りじゃない」
穏やかな笑みを浮かべながらそう言ったのは、目の前に座る女性。
声音は優しいのに、こちらも不思議な圧を感じる。
(……え? 聞いた通りって、どういう意味?)
そういう意味か分からない私。この人たちに私のことを話ったってことだよね。オレム!?
変なこと言ってないよね?「ちょっと抜けてる」とか言われてたら泣くよ?
そんな私の内心を見透かしたように、メイド服の美女がふわりと笑った。
「オレムさんのことです。何も言わずにいきなり連れてこられたのでしょう。戸惑って当たり前です。」
その一言に、心がふっと軽くなる。
(うん、ほんとそれ!)
思わず何度も心の中でうなずいた。
まるで自分の気持ちを代弁してくれたようで、涙腺が少し緩みそうになる。
「それよりも、オレムゥ。笑ってないで、ちゃんと紹介してあげたら?」
穏やかな指摘に、私は反射的にオレムを見た。
案の定——口元にうっすらと笑みを浮かべている。
(……笑ってる。絶対、楽しんでるでしょ!?)
少しムッとして、私はジロリと睨んだ。
「ちゃんとして」と目で訴える。
オレムは肩をすくめ、わずかに咳払いをして姿勢を正した。
その仕草だけで、場の空気が少し改まる。
「では、改めて紹介しよう」
声のトーンが変わった瞬間、室内の空気がすっと張り詰めた。
誰もが自然と背筋を伸ばす感じだ。
「中央におられるのは、アストラッド・ダリアン・セルベコウ殿下だ」
(……え?)
耳に入った言葉を理解するのに、数秒かかった。
「……殿下?」
反射的に口をついて出た自分の声が、やけに響く。
“殿下”という響きが現実感を伴わないまま、頭の中をぐるぐる回る。
(今、“殿下”って言ったよね!?)
王族。
つまり、王様の近しい人っていう事だよね!?
(え、嘘でしょ……!私、今、王族の人に会ってるの? 本物の?)
考えれば考えるほど、現実味が遠のく。
オレムよ、さらっと言うわないでよ……もっと早く言ってほしかった!
この部屋に入るところから一からやり直したい!
私の混乱など意にも介さず、アストラッド殿下の視線がすごく気になる。
ただ静かに私を“見極めて”いるようだからだ。
紹介されたので、何も言わないのはまずい。
私は必死に姿勢を正し、引きつり気味の笑顔で頭を下げた。
「お……お会いできて、光栄です、殿下」
声が震えていたけれど、どうにか絞り出せた。
ほんの一瞬、殿下の口元がわずかに緩んだ気がした。
その笑みを見て、少しだけ肩の力が抜けた。
それにしても、どうして私はここにいるのだろう。。。




