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心臓は落ち着く暇もなかった。
外の景色を楽しむ余裕なんて、これっぽっちもない。
馬車の扉が開くと、真っ白な石畳の上に陽光が反射して目が眩んだ。
そこはまるで別世界だった。
磨き上げられた大理石の床は、天井のシャンデリアの光を映して淡く輝き、左右には、金糸で織られたタペストリーが整然と並んでいる。
描かれているのは、歴代の王とその偉業。
まるでその視線が、侵入者を試すようにこちらを見下ろしているようで居心地が悪かった。
——これが、王の住まう場所。まさに“王宮”と呼ぶにふさわしい豪奢さを放っていた。
すべてが非現実的で、現代日本の感覚では到底理解できない世界。
(うわ……本当に、王宮だ……)
だけど、じっくり見ていられる余裕はない。
今はただ、オレムの背中を見失わないようにするだけで精一杯だった。まるでカルガモの雛の状態だ。
自分でも情けないくらい、ぎこちない足取りだ。
やがて、オレムがある一室の前で立ち止まり、軽くノックをした。
「どうぞ」と、柔らかな声が中から響く。
扉が開かれた瞬間、空気が変わった。
凛とした張りつめた空気に、思わず呼吸が浅くなる。
私は小さく息を整えて、オレムに続き部屋に入った。
——イケメン男子が2名。そして美女が2名。
(……え? なにこの空間、まぶしい)
全員、顔面偏差値が人間離れしていた。
しかも、立ち姿、服装、表情、そのすべてが完璧に“絵になる”バランスで並んでいる。
まるで舞台のワンシーンに迷い込んだみたいだ。
メイドのルーシャに叩き込まれた“貴族式の挨拶”を思い出し、慌てて行った。
右手を胸に添え、左手でそっとスカートの裾を摘む、背筋をまっすぐに伸ばし、静かに一礼した。
……のはずが、足が少しもつれて、ぎこちなくなってしまった。
オレムが軽く目をやる。
(ごめん、緊張してるの!今のはダメだってことは分かるから、見ないで……!)
案内されてソファに腰を下ろし、部屋にいる方々を観察した。
部屋の中央にある机。そこに座るのは、短い銀髪の青年。
紫がかった瞳が印象的で、まっすぐにこちらを見据えている。
その視線には静かな威厳があった——おそらく、この部屋の主だ。
その隣に控えているのは、黒髪で赤い瞳を持つ青年が立っていた。
剣を帯び、肩にかかったマントが揺れる。
まるで物語に出てくる“近衛騎士”そのものだ。
目の奥はどこか観察するように鋭く少し怖い。
目の前に座られている女性。
深い緑色のドレスに身を包み、金色の髪を美しく編み上げている。
年齢は私より少し上くらいだろうか。気品と知性が自然と漂っている。
(うわぁ……美人だ……)
その横に控えているメイド服を着た女性。
その女性が、丁寧な手つきで紅茶を注ぎ、一杯を私の前に置いた。
その瞬間、ふと目が合う。
(ドキッ……)
美人と目が合うって、なんでこんなに緊張するんだろう。
「どうぞ、お召し上がりください」
彼女の声は澄んでいて、耳に心地よく響いた。
私は思わず背筋を伸ばし、「ありがとうございます」と返した。
声が少し震えていたけれど、何とか形にはなった。
(それにしても……ここ、いったい何の集まりなの?)




