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「再発のリスクがあるのであれば、父に悪いけど、根本となる大本を治してもらうしかないね。」
そう言ったオレムの声音には、静かな決意がにじんでいた。
でも、どうやってするんだろ?
私はその場をごまかすしかできなかったんだけど……。
(オレムには悪いけど、丸投げしちゃったよね……。)
―――で、その日の夕食。
食堂に入った瞬間、いつもとは違う香りが漂っていた。
芳醇なハーブの香りがするね……。
テーブルの中央には、透き通った琥珀色の液体が入ったデキャンタが置かれている。
(あれ……ワインじゃない? でも香りが違うような……?)
父が最初に気づき、目を丸くした。
「いつものビールが見当たらないが、、新しい酒か?」
料理長が恭しく答える。
「はい。本日は、オレム様が持参されました、“ワイン”をご用意いたしました。」
父は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに笑った。
父が手に取り、赤色の液体をゆっくりと揺らした。
「ワイン、か。久々に飲むお酒だな」
その声には、ほんの少しの好奇心と期待が混じっている。
オレムは落ち着いた仕草で微笑み、杯に注ぎながら言った。
「隣国のレーヴァ王国から仕入れたものになります。我が主より分けていただきました。」
(へえ……それってどこが本当で、どこまでが嘘になるの?)
私は思わず口元を押さえた。完全に、オレムが動いているよね。
この国では、ワインはほとんど流通していないらしい。
葡萄の栽培自体が難しい気候らしく、酒と言えばビールか蒸留酒が主流だ。
「今回は、このお酒に合う料理にしていただきました。」
「はい、本日の主菜は、鶏肉のハーブ焼きと野菜のローストでございます。」
料理が運ばれ、香ばしい香りが一気に食堂を包む。
(なるほど……完全に“ワイン用メニュー”だね。)
テーブルに並べられた料理は、いつもの料理とは違い、少しだけヘルシーのようだ。
鶏肉はしっとりと焼き上げられ、表面には香草とレモンの香りがほんのり漂っている。
父は杯を受け取り、香りを確かめるように鼻を近づけた。
「ふむ……久々に飲んだがおいしいな。フルーティーの味わいが良いな。」
一口含んだ瞬間、目を細めて笑みを浮かべる。
その様子に、母もグリス兄も興味を示す。どうやら、二人は、初めて飲むらしい。
父は一口食べ、再びワインを口に含んだ。
「ほう……この香りが肉を引き立てるな。なるほど、お酒と合うな。こういう組み合わせもあるのか。」
母が笑みを浮かべて言った。
「本当にいい香りね。ビールよりも雑味はなく、ずっと上品で私は好きだわ。」
兄はそう言いながら、もう一口飲んだ。
「確かに。これなら飲みすぎても重たくならなさそうだな。」
(あぁ……完全に仕組まれてる。完璧すぎる……!)
私は心の中で拍手を送った。
(……ワインもだけど、飲みすぎないでほしいんだけどね。)
思わず心の中でツッコミを入れた。けれど、ビールよりは痛風には安心なので、今は良しとしよう。
「お気に召されたのでしたら、定期的に仕入れますが、いかがいたしましょうか?」
「うむ……悪くない提案だな。」
父は嬉しそうにグラスを傾け、オレムを見やった。
私はその光景を見つめながら、心の中でつぶやいた。
(やっぱり、オレムはすごい。言葉ひとつで、人の習慣まで変えてしまうんだもん……)
夕食が終わり、皆が席を立った後。
オレムが私の方をちらりと見た。その目には、いたずらっぽい笑みが宿っている。




