2-6
翌日——。
昼下がりの光が部屋に差し込むころ、久しぶりにオレムが帰ってきた。
扉をくぐった瞬間、空気がわずかに張り詰めたのを感じる。
いつもの穏やかな雰囲気とは違う。
その眼差しには、静かな圧があった。
「……いろいろあったみたいだね。」
その第一声に、私は思わず肩をすくめた。
(いろいろって、なによ……)
言い方が妙に探る感じ。
——絶対、昨日の夕食の件のことだ。
他に思い当たることなんてない。
それにしても、情報を知るの早くない? どこで聞いたのよ……。
「食事の件ですよね?」
「それ以外に何かあるかな?」
オレムは軽く眉を上げ、すぐに表情を引き締めた。
いつもの柔らかい笑みはそこになく、静かな威圧だけがあった。
「で、食事の変更を依頼した原因は何かな? “お腹の調子が悪い”っていうのは、どう考えても嘘だよね。」
「うっ……」
図星だった。
まるで心を見透かされたような鋭さに、思わず背筋が伸びる。
「何か企んでること、あるでしょ?」
「企んでるってひどい言い方だよね!」
むくれてはみたけど、これ以上誤魔化せないのはわかっていた。
私は観念して、大きく息を吐く。
「実は——」
そして、オレムがいない間に起こったすべてを話した。
父の足の痛みのこと。
それを見て、看護師として考えたアセスメント。
魔法を使わず、食事の内容を調整することで少しでも症状を軽くしたかったこと。
オレムは途中から腕を組み、黙って聞いていた。
表情は真剣そのもの。
けれど時折、口元がわずかに動く。
(怒ってるのか、それとも……呆れてるのか? どっちなのよ……)
「……というわけで、食事の内容は変えたけど、魔法は使ってないよ。ちゃんと約束は守ったからね。」
言い終えると、私は少し胸を張ってみせた。
オレムはしばらく沈黙し——やがて、ふっと笑った。
「なるほどね。君がそう考えて行動した理由、わかったよ。」
その声は思ったよりも穏やかで、拍子抜けする。
「ただ、この世界では“食事で病を防ぐ”という発想は存在しない。君の知識は、我々の常識を軽々と飛び越えていることに驚きだ。」
私は、ほんの少し胸の奥が温かくなった。
否定されると思っていたのに、受け止めてくれるなんて。
けれど、オレムの瞳にはただの驚きではなく、どこか畏れのような光も宿っていた。
「君の説明を聞いていると、身体の仕組みや経過をかなり理解しているようだな。
魔法を使わずに癒す知識も……君は、“治癒”の過程を観察し、再現しようとしている。」
低く響く声。その言葉には、称賛と、少しの不安が混じっていた。
私は口を開きかけたが、うまく言葉が出てこなかった。
「それは……前の世界では当たり前のことなんです。
人の身体って、食べるものでできてるから。だから、治すにも“食べること”は大事なんですよ。」
オレムは静かに頷いた。そして、少しだけ表情を緩める。
「それにしても——」と、わずかに口角を上げた。
「“お腹の調子が悪い”って嘘は、少し可愛げがあったな。」
「う……! だって、正直に言ったら怪しまれて何もできないでしょ!」
「その通り。」
短く返す彼の声には、苦笑が混ざっていた。
少しの沈黙。
私は不安を押し隠すように問いかける。
「怒ってないの?」
オレムは少し考えるように視線を逸らし、それからゆっくりと答えた。
「怒ってはいない。けれど——君の知識はこの世界で“異質”なんだ。そのことを忘れないでほしい。
君の善意や知識が、いつも正しい形で受け入れられるとは限らないから。」
その声音は静かだったけれど、どこかに真剣な警告の響きがあった。
私は、胸の奥でその言葉を噛みしめる。
(そうだよね……私はこの世界の人間じゃない。だからこそ、慎重に進まなきゃいけないんだ。)
オレムは立ち上がり、窓の外に目を向けた。
柔らかな午後の日差しが彼の横顔を照らしている




