1-13
翌日、オレムと食堂で向かい合っていた。今までと変わって、彼の表情は柔らかくなった感じだ。
「君には、剣の心得はあるかい?」
「え? ないよ! どちらかというと、文化系人間です!」
「……文化系?」
オレムが小さく首をかしげる。私は慌てて説明しようとしたけどどのように説明したらいいだろう。
「あ、えっと、体を動かすより、頭を使う方が得意ってこと。例えば、読書、音楽や美術とかになるかな……」
「ふむ……つまり、体を動かすのは苦手だと?」
「めちゃくちゃ苦手です!」
私は力強く頷いたが、オレムが片眉を上げる。
「そうか……」
と言って、少し考えるオレム。
(なぜそのようなこと聞くのかな?)
「ユリアスは、剣術を得意としていて、将来的王立騎士団に入る予定だったんだよ……」
「え、騎士!? 無理無理無理! 絶対無理!」
騎士とかカッコいいけど、私には無理だよ。それを否定するために、思わず身を乗り出し、手と顔をぶんぶん振って否定する。オレムはその様子を見て、くすりと笑っていた。
「だろうな。いままでの君を見ていると、基本 “守る意志”じゃなく“逃げる姿勢”だからね。」
「うっ……」
そんなことまで気づかれていたの?それって怖いんですが……
「事実だよ」
彼の口調は柔らかいのに、発される言葉は容赦なかった。私は思わず項垂れる。
「え、でも騎士団に入るってことは、仕事をするってことだよね? それってヤバいことだよね…」
「まぁね、今の君が騎士として勤まるとは到底思えないからね。。だからといって、騎士団に送り込むようなことの方が危険だよ。
貴族の子には役割”が求めら、公爵家なら、政治、軍、学術のいずれかで貢献することが多い。ユリアスは、軍、騎士団を選んだというわけだよ。」
「……初耳なんだけど!?」
「君が“別人”だから、行っても意味ないでしょ…」
確かにその通りだ。私はぐっと言葉を飲み込んだ。
「今の君の反応を見る限り、やはり無理そうだね」
「心には惹かれるけど……無理です!!」
「正直でよろしい」
オレムは小さく笑い、紅茶を口にした。
ユリアスってすごい子だったんだね……国立騎士団に内定だよ。それを辞退するのは申し訳ないけど、迷惑かけるのは嫌だし、なにより生きて帰れる気がしません。
でも、辞退するとなるとどうしたらいいのだろう?
「騎士の方は俺が何とかするから問題ない。」
「本当に!? オレム、ありがとう!」
心の声が聞かれていたみたいに答えてくれるオレム。それがうれしくて、思わず身を乗り出して礼を言う。しかし、その彼は片眉を上げた不安そうな顔をしている。
「そんな素直だと、今後が心配だな」
「……ごめん」
貴族は、政治的なやり取りをするから、感情はあまり出さない務めると教わったけど、そんなすぐには無理だよ。
「ほかの選択といっても、この国の政治や経済を知ってるわけじゃないだろう? サクラ、君は得意な分野を生かすしかないね。どんなことが得意なんだい?」
オレムは私のことを知ったうえで、いろいろと考えてくれている。
その問いに、私は一瞬口をつぐんだ。私の得意なこと……武器となるのは、日本で生活していた知識になる。その一つ、看護師としての知識。まだまだ未熟だけど、この世界では活かせるのでは?と考えている。
たけど——。
「医学、人を癒し看護すること。向こうの世界では、身体の傷を治す手伝いや、心に寄り添う仕事をしていたの、それを活かせたらと思ったんだけど……」
オレムはしばらく黙り、真剣な目で私を見ていた。そして、いたずらっ子のような顔をして
「それは……興味深いね」
「え?」
「回復や癒しは、水の属性の魔力と相性がいいんだ。なにより、今の君なら面白い方向に行くかもしれないね……」
面白い方向って「……何が?」
「魔力だけど、ユリアスと君の魔力は性質が異なっている。だから、一から訓練すると“癒し”に特化した魔法——治癒魔法なら、君に扱える可能性があるかもしれない。」
「治癒魔法……」
その言葉に、胸がドキドキと高鳴った。
まるで、佐倉結衣として生きてきた意味と、ユリアスとして生きていくための未来が、一本の線でつながったような感覚だ。
「望みは薄いからね。だって、君の魔力に適性があるかはまだ不明だし。いろいろ試してみる価値はあると思うんだ。」
私はごくりと息を飲む。可能性は低くても、やってみたい!治癒魔法カッコいいし、前の世界で私ができなかった・これからしたかったことが、この世界でできる。




