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しばらくして魔力感知石の本から、オレムの視線が、私をとらえる。
重たい視線に射抜かれ、思わず目を伏せそうになった——その瞬間。
「……ふっ」
小さな笑い声が漏れた。
「え?」
「はは……いや、すまない」
オレムは肩を揺らし、静かに笑っていた。
普段彼の見せない雰囲気とは異なり、少年のような無邪気さが見られた。
「いや、ようやく腑に落ちたんだ。予想外すぎて、つい笑ってしまったよ」
その声には柔らかな色があり、目もどこか温かかった。
「急に、言動や言葉遣いが変わったり、礼儀作法に戸惑ったり、知識に妙な抜けがあったりしたから……そういうことなら、全部に説明がつく。なるほど、君は“別人”なんだね。」
(え……そんなにバレバレだった?)
必死に貴族令嬢を演じてたんだけど、それが恥ずかしくなり顔がかぁっと熱くなる。確かに私は貴族の作法なんて知らないし、テーブルマナーも現代の常識でごまかしてきたさ。違和感を見抜かれていたなんて、それなら言ってほしかったな。。。。
「それに——今の君は、俺にずいぶん懐いている。」
オレムがにこりと笑った。その笑顔に、なぜか胸がどきりとした。
(どういう事?懐いてるって、、兄妹中よくなかったの!?)
「以前のルキアールは、気が強くて誇りが高かった。人に頼るのが嫌いでもあったしね。他にも理由はあるんだけど、特にユリアスは俺とは距離を置いていたんだ。……だからだね、今の距離感は新鮮だな。」
(……ルキアールって、そんな子だったんだ。全然私と違うじゃん!!)
この身体の元の持ち主がどんな人生を送り、どんな気持ちで家族と接していたのか。私は何も知らない。知らないことが、少し寂しかった。
「最初は、態度が違いすぎて、ユリアスが何か企んでいるんじゃないかと疑ったくらいだよ。でも……ようやくわかった。君は本当に“ユリアス”じゃない。」
オレムは腕を組み、表情を引き締めた。
「中身が入れ替わるなんて、常識ではありえない話だ。こればっかりは、説明がつかない。魔法でもありえないからね! だけど、ユリアスが三日も眠り続け、君が乗り移ったことは事実。」
彼は静かに息をつき、私を見据える。
「サクラ・ユイ。……不思議な響きの名だな。記憶喪失という説明よりは、よほど筋が通るよ。」
その言葉に、胸のつかえがふっと軽くなる。信じてもらえた——ただそれだけのことだが、そのことが私にとってどれほど救われることか。
「じゃあ……私、このままユリアスとして生きていってもいいの?」
「他に選択肢はあるのかい?」
「……ないです。覚悟は、できてます」
オレムは短く頷き、穏やかに言った。
「なら、君がユリアスとして生きる限り、俺は君を妹として扱う。約束する。」
「……ありがとう」
この世界で初めて——「味方」ができた。胸の奥がじんわり温かくなった。異世界で、ただひとりでも「私を知ってくれる人」がいる。その事実が、どれほど心強いか。
「ただし、この話は——」
オレムの声が低くなる。
「俺と君だけの秘密だ。父上やほかの人に話せば、混乱を招く。君が“異世界の人間”だと知られれば……面倒ごとになる。というか、いろいろ大変なことになるね。」
「うん、、分かった。」
オレムは小さく笑みを浮かべ、テーブルに用意されていた紅茶を口に運んだ。




