お化けコミュニティ
「新入りだな?」
廃墟ビルの屋上、光を失ったネオンサインの下で声をかけられた。振り返ると、半透明の少年がいた。髪は風に逆らうように逆立ち、目が異様に大きい。
「えっと、ここ……どこですか?」
「ああ、ここは死者の世界。現世の奴らはあっちの世界だなんていうが、俺らはお化けコミュニティって呼んでる。生きてても、死んでても、ここでは関係ない」
彼の言葉に、俺は自分の腕を見下ろす。白く、透けていた。
「あ……死んだのか、俺……?」
「いや、生きてても来れるんだってば。現実と霊界の“ゆるい境界”で成り立ってる。あんたみたいな半端者、けっこういるぜ」
少年の名前は「悠」。享年十四歳。お化けコミュニティにきてから、かれこれ十年が経つらしい。友達を庇って電車に轢かれたらしい。
「悠はさ、なんで消えてないの?」
「んー。まあ、ここが居心地よくてさ。友達もまだ来ないし。あんた、名前は?」
「春樹」
ユウは笑った。「じゃあ、春樹。案内してやるよ、あちらとこちらの間の町を」
町は想像よりもにぎやかだった。
青白い灯りの街路樹。
空中を泳ぐ金魚の群れ。
頭がないコンビニ店員。
脳ミソが透けた教師が教える塾。
ゾンビが店員のカラオケボックス。
ぬらりひょんみたいな町長が掲げる看板には「差別、偏見、成仏の強制お断り」と書かれている。
「なあ悠。ここって……ずっといられるのか?」
「うん。でも、居続けると、ほんとうに戻れなくなる」
「じゃあ、お前はどうすんだ?」
悠は笑わなかった。
「俺はさ……人間に戻ること、もう望んでないんだ。でもあんたは違うだろ?」
俺は言葉を飲み込んだ。思い出したくなかった。
現実で、俺は孤立していた。学校でも家でも、自分の居場所なんてなかった。
「お化けコミュニティ」は、俺にとって初めて“優しい”場所だった。
季節のない町で、俺は奇妙な日常を送った。
おしゃべり好きな提灯。幽霊喫茶のバイト。百物語クラブに混ざって“生きてる頃”の話をしたり。
お化けコミュニティは、生きていても、死んでいても、「今ここにいること」を尊重してくれる。
でも、ある日の夜、悠が言った。
「春樹、ここに来てもう二十一日だな」
「え……?」
「時間が経つと、現実の世界と完全に切れる。あと三日で“こちら”の住民になるか、“あちら”へ戻るか、選ばなきゃならない」
「......そんなの、聞いてない!」
「ごめんな、楽しんでるお前に言えなかった。お前が、自分で選んでくれるんじゃないかって少し期待してた......」
俺は悠の話を聞き終える前に走った。
最初に来た屋上に戻って、上を見ると空が割れていた。
ひとつの穴が、星を裂いて、現実への道を示していた。
「帰るのか?」
いつの間にか隣にいた悠の声に、俺は黙って首を横に振った。
「ここが好きだ。悠と話すのも、町の奴らも、ぜんぶ。現実には……誰も俺を見てくれる人はいなかった」
「でも、誰かが見てくれてるから、お前はここに来れたんだろ?」
「……え?」
悠は微笑んだ。
「俺たちは、“思い出してくれる誰か”がいなきゃ存在できない。お前をここに呼んだ奴が、いるんだよ。現実に。まだお前を探してる誰かが」
俺の足が、震えた。誰かの声をかすかに思い出す。
(早く、目を覚まして...)
「……誰だろう、会えるかな」
「行けばわかる。後悔するなら、生きてからにしろよ」
悠が手を振る。彼の身体は、少しだけ薄くなっていた。
「じゃあな、春樹。また、いつかどこかで」
気づけば、俺は病院のベッドの上だった。
看護師が駆け寄ってくる。意識を取り戻したばかりの俺に、誰かが泣きながら笑って言った。
「帰ってきてくれて、ありがとう」
俺は、あちらとこちらの間にある町を思い出した。
きっとまた、あのネオンの下で、誰かが新入りを迎えている。
きっとそうだと、信じながら俺は今日も生きる。
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