003-骨は土に、剣は手に
全力で走りながら、背後の足音に耳をすませていた。
スケルトンの歩みは遅い。剣を持っているせいか、動きが鈍い。
焦りはあるが――なんとか逃げ切れそうな気配はある。
……とはいえ、キツい。ずっと全力で走りっぱなしなのに、まるで距離が離れない。
逃げ続けるだけならまだしも、正直そろそろ体力が限界だ。
俺のスキルは身体強化系じゃない。身体能力は、普通の人間と変わらねぇんだよ。
「くっそ、こんな時は身体強化スキル持ちが羨ましいぜ……!」
ないもんは、ない。嘆いたところでどうにもならん。
だったら――俺は俺のやり方で、どうにかするしかねぇ。
こんな事態になるのも想定して、地形操作スキルの練習、してたんだぜ……穴掘りでな。
後ろを振り返り、地面に手をついてスキルを発動する。
「地形操作! 対象:後方地面! 変質:底なし沼!」
じわ……と地面が反応しはじめる。湿り気を帯びた土が、黒く変質していく。
まるで腐敗が広がるように、足元の土がずぶずぶと軟化し、スケルトンの足を沈めはじめた。
奴は気づかず、さらに踏み出す。
その一歩が、泥へと深く沈み込んだ。
最初はゆっくり。だが、数秒で事態は一変する。
踏み出すたびに、泥が足を引きずり、抗うほど深く沈んでいく。
やがて奴の動きは鈍くなり、腰まで沈んだ。
「しゃ! おらぁ! やってやったぜ! 練習の成果ありだ、人間ドリル様の初見殺し技じゃい!」
剣を振り回しても無駄。スケルトンはじわじわと、泥に呑まれていく。
「はっはー↑! 所詮はRPG定番のクソ雑魚よ! この俺にとっちゃ楽勝じゃい!」
完全に封じ込め、テンションは最高潮。
「っへ、さっきはよくもビビらせやがって! 自慢のスタミナも形無しだぜ。へへ、《終末ちゃんねる》のスレ民にでも写真送っとくか」
沈んでいくスケルトンを見ながら、スマホでパシャリ。
「せっかくだ、ツーショットでも撮っとくか……」
すっかり気が緩み、余裕の笑みを浮かべながらもう一枚。
……が、その笑みはすぐに凍りつく。
「――ん?」
スケルトンが、沈みながらも剣を握りしめたまま、真っ赤な目でこちらを見上げてきた。
無言で、殺意だけを放つその目。
「……なんだ、まだ動ける気か?」
そう思った瞬間、スケルトンが力を込め――剣を、投げた。
「はっ!? っ――!」
剣が空気を切る音が、耳を刺すように響いた。
まるで時間が止まったかのように、真っ直ぐに飛んでくる。
心臓が跳ね上がる。
慌てて体をよじり、地面にダイブ。
「うげぇ!」
一瞬遅れたが、なんとか避けた。振り返ると、剣は背後の壁に突き刺さっていた。ギラリと光る刃先。避けられなかったら――マジで死んでた。
冷や汗が吹き出す。心臓がバクバク鳴ってる。……調子に乗りすぎた。
「このクソ骨が……!」
そう呟いたときには、スケルトンは肩まで沈んでいた。
……最後っ屁、あまりに凶悪すぎるぜ。
スケルトンはそのまま、静かに沼に飲まれていった。
「……はぁ、死ぬかと思った」
ようやく一息つき、辺りを見回す。
静かになった沼を眺めながら、冷静に考える。
「……さて、出口どこだ?」
そう呟いた瞬間、自分がとんでもなくアホなことを言ってると気づいた。
だって、今どこにいるかも分かってねぇんだ。出口もクソもない。
「いやマジで、ここどこだよ!」
あれこれ避けて逃げてたせいで、もはや来た道もわからない。駅の構内だってことはわかるが、
絶対ここまで広くなかった。
マップなんか当然ないし、照明もまともに生きてない。
スマホのライトを頼りに、周囲をぐるりと見回す。
壁はコンクリート。古い配線がむき出しで、天井からは水がポタポタと落ちている。
かすかに鉄とカビが混じったようなにおいが鼻についた。
スケルトンが沼に沈んだあたりをもう一度見やる。
泥はもう動かない。スキルの効果は終わったようだ。
じきに元に戻るだろう。……つまり、時間稼ぎにしかならん。
「うーん……とりあえず、あのクソ骨の剣、拾っとくか?」
投げつけられた剣に目を向ける。
壁に突き刺さったそれは、ただの鉄の塊って感じだが――
近づいてよく見ると、柄の部分に奇妙な文様が彫られていた。
なんか、こう……厨二心をくすぐるやつだ。
「……ま、腐ってもファンタジー産生物の持ちものだ。使えるならありがたく頂いておくぜ」
慎重に引き抜き、手に取る。
意外にも軽くて、バランスも悪くない。見た目よりも、ずっとふりやすそうだ。
「よし。これで丸腰じゃなくなった。
スケルトン一体分の命、ありがたく使わせてもらうぜ
南無南無。」
沈んだ沼にむけて手を合わせる
ふっと息をついて、改めて歩き出す。
どこに続いてるかもわからない通路。でも、立ち止まってる場合じゃない。
「さて、どうすっかなぁ」
まるで迷路みたいな駅構内を、俺は剣を手に、進んでいった。