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Ep.1:出撃

『宇宙は未だ恐れや憎しみや貪欲や偏見で汚されていない』ージョン・ハーシャル・グレン・ジュニア(1921〜2016)

 時は2199年。この言葉を地球の人々は疑いなく信じていた。エイリアンとも友好を築けると。宇宙戦争などという被害妄想の産物は起こらず、100年に渡る軍拡は無駄だったと。そう、信じていたのだ・・・


side.N/A

 日本標準時2199年4月1日午前5時44分。

 日本国、静岡・山梨県県境にそびえる富士山の山頂に存在する深宇宙観測天文台に、初老と若年の男性二人が訪れていた。

「ふわぁぁ〜、ねぇ〜、教授。いつまで俺たちここにいるんすか?ちょっと飽きてきたんすけど・・・」

「なに?折角こんなすごいところに来れたんだ!もっと星を堪能せんか!」

「いや、もうなんやかんや4日はこうしてるじゃないっすか。」

「なにを言っとるんだ。たった4日しか経っとらん。お、あれはなんだ?こんな小惑星あったか?」

「はぁ・・・楽しそうっすね・・・まぁ、面白いっちゃ面白いからここにいるんですが・・・」

 深夜から早朝に行われていた某大学の教授と、その教え子が富士山頂に設置された、最大望遠まで覗けば冥王星の表面も見られると謳われた望遠鏡を覗きつつ太陽系の外縁部の観測を行っていた。

「・・・うぅん?ねぇ教授。これ、なんすか?」

「うん?これとはなんだね?」

「あ、これっすこれっす。ちょっと見てください。」

「・・・な、なんじゃこれは・・・いや・・・まさか・・・」

 教え子の男が見つけたのは、明らかに天体の類ではなかった。

 長細く、金属質そして明らかに見える、自然のモノではない光。

 そして、初老の教授にはこの物体に重なる記憶があった。はるか昔、彼が幼少期に宇宙の本で見た、火星で発見された謎の異文明船、それと目の前の物体が重なったのだ。

「・・・どうかしました?」

「・・・今すぐこれを防衛省と外務省・・・いや、国に送れ。」

「はい?なんで軍や国に?教授も反軍派じゃないですか、なんでわざわざ。」

「送るんだ。これは・・・」

 ようやく望遠鏡から顔を上げた教授の顔は、ひどくこわばっていた。

「火星の、エイリアンシップ・・・ついに奴らが、やってきたんだ。70年生きてきた私にはわかる・・・こやつらは・・・危険だ。」


 観測天文台から情報がもたらされた一時間後、日本が国際連邦の主要各国を緊急招集。国際平和維持管理理事(IPE)会緊急事態即応会議が開かれた。

「皆様、急な招集に応じていただき、感謝を申し上げます。緊急事態故、早速本題にうつらせていただきます。まず、これをご覧ください。一時間前、我が国の富士深宇宙観測天文台にて観測された映像です。」

 そう日本の総理大臣を務めている男がVR空間上の会議室で言うと、スクリーンに一つの映像が流れ出し、各国の代表たちに動揺が広がる。

「この物体・・・恐らく100年前に火星で発見された艦船を作った文明と同文明のものとみられる、この異文明船団は地球へ向かい航行中。現在は土星-天王星間の宙域で小惑星などを調査するような動きをしつつ、こちらに向かってきています。」

「ほう、調査?」

「はい。小惑星の周りを飛び回り、我々が小惑星などをスキャンするときと同様の動きをしています。」

「だが、それは大きな問題ではなかろう。だな?」

「はい。問題は彼らが敵対的であった場合です。」

 その言葉にバーチャル空間にも関わらず、息を呑む声が聞こえるほどの冷たい沈黙が流れる。

 しばし、この空気が会議室を支配していたが、唐突に1人の男が会議に飛び込んでくる。

「会議中、失礼致します!」

「なんだ、騒々しい。」

「はっ!申し訳有りません!アメリカ合衆国NASAの衛星管理部門より通達!土星探査衛星がハイジャックを受け、目下制御不能!」

 その男の声に会議室が一気にざわめく。

「おいおいおい・・・」

「やはりあれは敵なのでは・・・」

「落ち着いてください。ここで我らが動揺しては地球の全人類を危機にさらすことになる。対応を考えましょう。」

「だが、どうすれば・・・」

「艦隊を派遣すれば良い。なんのための宇宙艦隊だ。」

「だが、どの国家の艦隊を派遣するんだ?一国だけでは批判がくるでしょう?危険も伴う。」

 その1人の男の声に会議室がざわめく。

「なら、答えは一つでしょう。各国から1隻ずつ出せば良い。最悪のことを考え、フリゲート艦ではなく最低限戦闘可能な駆逐艦を構成の主軸にしましょう。」

「そうだな・・・それは、基本的には各国の軍務大臣に任せよう。我々は、この騒動を可能な限り丸く収める方法を考えるとしましょう。」

 その言葉に会議室にいる人々のほとんどが頷き、次の議題へと話は移るのだった・・・


side.???

 今日も今日とて快晴。静かで、海が穏やかな良い日だ。

 そう思いつつ基地内で買ってきた缶入りのミルクティーを一口飲み込み、お気に入りの小説に目を落とす。

 うん、甘い。・・・おや?

「お休み中失礼します。艦長、基地司令より通達です。直ちに基地司令室へ出頭せよ、と。」

「・・・山室くん。なにか出し忘れの書類はあったかな?」

「いいえ。直近のものは全て片付いています。」

「はぁ・・・わかった。仕方ない。行こうか。」

 僕はそう言って後ろから近づいてきていた彼・・・日本国国防宇宙軍所属一等宙尉・山室朝陽くんに返事をしつつ立ち上がり、小説を読むために開いていた端末の電源をスリープ状態にしてポケットに仕舞う。

 少し、瀬戸内海を望む倉橋島から見る景色に後ろ髪引かれつつ、彼についていくことにした。


「東雲2佐、ただいま参りました!」

「うむ、入れ。」

「はっ、失礼します。」

 僕はそう答えて、この倉橋島に置かれた宇宙軍基地の司令室に入る。山室くんは艦の整備指揮に戻らせたので僕一人だ。

 部屋に入ると、今どき珍しいアンティークな木製机に手を置き、同じく木製フレームかつ若干高級感のあるクッションでできた椅子に腰を沈める基地司令・・・近藤俊光基地司令官が僕を出迎える。

「よく来た。・・・何故呼ばれたかわからん、といった顔だな?」

 ・・・結構ポーカーフェイスには自信あるんだけど、よくわかるなぁ。

「はっ、山室副長と理由を探しましたが見つかりませんでした。緊急招集とは何事でしょうか?」

「うむ、これから話すことの半分程は現段階(・・・)では国家、いや国際的な機密情報だ。少なくとも宇宙に出るまで下手に話すんじゃないぞ。」

 国際的な?ということは国連が絡んでるのか。

 ・・・一体何事だ?

「はっ、守秘義務は守ります。・・・そもそも私の出自はご存知でしょう?」

「それもそうだったな。・・・それで、本題だ。」

 そう言うと近藤司令は手元の端末を使って遠隔で司令室の鍵を閉める。恐らく、もしも事故で誰か入ってくることを避けるためか?

「君は・・・100年前のエイリアンシップを知っているな?」

 ・・・?なぜ急にそんな話が?

「ここにいるのです。それが答えでは?」

「それもそうか・・・では、君に命令を下さねばならん。」

 そう言ってから一呼吸置いた司令が1枚の指令書を出しつつ言葉を続ける。

「・・・未確認の異文明船団と思われる艦船が太陽系外縁部に確認された。貴官には10カ国で構成されることとなった国連IPE直轄で臨時編成される第十遊撃艦隊に第一副司令として一時的に配置転換される。機密指定はエイリアンの出現と、この遊撃艦隊の具体的な編成だ。」

 ・・・なんの冗談だ。エイリアンに、IPEの直下に異動して作戦行動?特例なんてレベルじゃないぞ。というより、本当なのか?

「大層な御冗談を・・・」

「冗談ではない。IPE第十遊撃艦隊司令はアメリカ合衆国第八宇宙艦隊第三十三高速遊撃艦隊旗艦の巡洋艦アストレア艦長のジェームズ・スミス大佐が抜擢された。奴は現場を知らんマニュアル通りの堅物だ、上の命令を絶対と見ている。君の経験を活かしてどうにかしてほしい。そこで君が副司令、そして分艦隊旗艦となる、ということだ。そしてもしもの時・・・スミス大佐も君も落とされた時の撤退指揮のため、第二副司令としてロシア第六宇宙艦隊第十四巡洋艦隊の巡洋艦アヴローラ艦長のアレクサンドル・ススリン中佐が配属される。彼は自信があまりないようでね、自分から君に副司令としての役と分艦隊指揮権を渡してきた。編成はこのデータパットにある。確認しておけ。」

 ここまで話が進んでいる、ということは本気(そういうこと)だろう。・・・くそっ、貧乏くじを引いたか。

「・・・わかりました。ちなみに、自分がこれに選ばれた理由を聞いても?」

「・・・うむ、といいたいところだが、それがなんの説明もなくこの指令書だけ下りてきたものだからわからん。・・・嵌められたかも知れんぞ、2佐。」

 その言葉とともに近藤司令の目がすっと細まる。

 ・・・あー、なるほど。こんなところで上から睨まれてるのが効いてしまったか。こりゃまた運が悪いこったて・・・

「・・・なんとしてでも生きて帰ってこい。お前をこんなところで無くすのは人材不足の日本国防宇宙軍(うち)にとって惜しい。」

「無論です。せっかく今生きているのに、こんなところで死ぬつもりはありません。」

 僕がそう答えると近藤司令は大きく頷く。

「それを聞いて安心した。上の連中の期待をいい意味で全て裏切れ。任務を果たし、無事に帰還せよ。東雲葵二佐。」

「はっ!」

 僕・・・日本国防宇宙軍所属二等宙佐・東雲葵は敬礼とともに司令に応えた。


 その後、広すぎるここ・・・日本国国防宇宙軍が広島県呉市、倉橋島に建設した倉橋宇宙軍基地の中にある、とある一室の中で携帯を手に取る。

 1時間以内に出撃と言われたらそうするしかないが・・・もっと早めに出撃命令を出してくれないものか。

 やれやれと思いつつ山室くんを携帯越しにだが呼び出す。

「こちら葵。山室くん、仕事の時間だ。直ちに矢矧の出港準備を整えてくれ。」

『はっ・・・矢矧だけ、ですか?第二十二宙雷戦隊各艦も整備は万全、いつでも出撃可能ですが。』

「うん、矢矧だけだ。・・・特殊任務だ、今日は生きて帰れる保証がない。作戦参加は各員の任意に任せるよう、各科長に通達してくれ。」

『・・・了解。では、出撃準備にかかります。三十分後には出撃可能かと。』

 なにかを察してくれたのか、詮索もなしに山室くんが通話を切って仕事に戻ってくれる。ありがたい限りだ。

 さて・・・

「押しかけてすまないね、定金君。調子はどうだい?」

「・・・隊長、出港準備って聞こえましたけど。大丈夫なんです?」

「大丈夫、大丈夫。矢矧の皆は優秀だからね。」

 そう言うと僕の目の前にいる好青年・・・日本国国防宇宙軍所属二等宙尉・定金勇斗くんがどことなく呆れた様子でそう言うのを聞きつつ、もう一回買ってきたミルクティーを流し込む。

 彼はこの基地に収容されている日本国防宇宙軍第二艦隊に属する駆逐艦金木犀の艦長であり、元々僕が所属していた部隊で部下だった男だ。かなり頼れる、いい男だ。

「・・・隊長、任務内容は?」

「機密だが君にだけは伝えておこう。ここは掃除(・・)は済んでるんだね?」

「無論です。自室の掃除くらいできずに特殊部隊が務まりますか?」

 ま、流石にそりゃそうか。盗聴器や盗撮器程度を見破れないで、あの部隊には入れないよな。

「それもそうだったね。本題だけど・・・遂にエイリアンが来たらしい。」

 僕がそう言うと定金くんの顔が驚愕の表情に染まる。

「・・・本当ですか?」

「あぁ。」

「迎撃命令、ですか?」

「んや・・・交渉らしい。100年前のガラクタからサルベージした情報で翻訳機と対エイリアン用の通信機を作ったらしい。それを多国籍連合艦隊旗艦となるアメリカの巡洋艦アストレアに載せて交渉するらしい。」

「・・・」

 僕の聞いた作戦概要を簡単に伝えると定金くんが絶句して固まる。

「・・・指揮権は?」

「アストレア艦長、スミス大佐が執るらしい。」

「・・・隊長じゃ、ないんですか。」

「心配しないでいいさ。帰ってくるよ。」

「・・・わかりました。あの地獄を生き抜いた上に、俺たちは貴方の指揮で生き残ったんですもんね・・・隊長、帰ってきてくださいよ。」

「わかってる。・・・行ってくるよ。」

「ご武運を、隊長。」

 そう言いつつ定金くんが昔と変わらない、完璧な敬礼をみせる。なんだか懐かしい気がしつつ、僕は答礼を返す。

 ・・・本当に、懐かしいな。この感じは。まぁ、もうこんな機会はないほうが良かったんだけどね。


 定金くんの部屋にお邪魔したあと、日本国国防宇宙軍第二艦隊の宙雷戦隊の半分ほどが収まっている基地地下4層第二格納庫まで歩いてくると格納庫が喧騒に包まれていた。

 ・・・何事だ?・・・ま、なんとなくはわかるけど。

 大体は答えがわかる気がする疑問の答えを考えつつ矢矧に歩みを進めていると、途中でこっちに気づいた者たちから順に僕の方に走って来る。

「あ、東雲司令!山室さんから聞きましたが矢矧だけ出撃とはどういうことですか!?」

「二佐、旗艦のみで出撃とは何事ですか?私たち第二十二宙雷戦隊では力不足だと?異議を申し立てます。」

「同感です。戦隊長自ら旗艦一隻で、というのは異常です!」

「か、艦長!我々だけで出撃というのは本当ですか!しかも、特殊任務・・・生死に関わりかねないとはどういう・・・」

「・・・説明を。艦長。」

 あー・・・なんかミスった気がする。山室くんに丸投げしたのはミスだったかな・・・

 聞こえた順に第二十二宙雷戦隊の副司令を任せている駆逐艦・初霜艦長の初春 初奈三等宙佐、同じく第二十二宙雷戦隊に所属する駆逐艦・霞艦長の岬 茜一等宙尉、同じく駆逐艦・磯風艦長の御島 豊一等宙尉、僕の乗艦する巡洋艦矢矧の砲雷長を任せている秋島 勝斗二等宙尉、同じく電測通信長を任せている東 凜三等宙尉が僕に詰め寄ってくる。

 その一方で後ろから山室くんが僕に耳打ちしてくれる。

「すみません、艦長。私からでは上手く説明ができず・・・」

「うーん、まぁ、仕方ないね。・・・わかった。説明しよう。総員傾注!」

 僕がそう叫ぶと僕の周りでざわざわとしていた皆が僕の方を見る。

「皆、色々聞きたいことはあると思うが、残念ながらこの任務内容は国際機密が多分に含まれている。多くは語れない。だが伝えれる事項は可能な限り伝えよう。」

 僕がそこまで言う頃には第二十二宙雷戦隊、通称二十二宙戦と呼ばれる僕の部下だけでなく、他の宙雷戦隊の艦隊乗組員たちまで僕の方をみていた。

「この任務は数国の艦船一隻ずつを寄せ集めた多国籍連合艦隊で遂行される。これより矢矧は、同艦隊の分艦隊旗艦として同艦隊が遂行する任務を支援する。質問は?」

「「「・・・」」」

「ないようだね。次、任務内容は機密だ。残念ながら詳しくは言えない。だが、これだけは改めて先に言っておく。これより矢矧の参加する任務は本艦の轟沈という結果となる可能性が低くない。いや、高いと言っても良いだろう。・・・矢矧乗員の皆、参加は任意だ。死にたくないやつはここに残るといい。僕は咎めないし、許可書も出そう。」

 僕がそう言うと再び周りがざわつきはじめる。

 ・・・まぁ、当たり前だよな。今すぐに死ぬかも知れない任務、なんて彼らは初めてなのだからな。

「伝えることは以上だ。機密が関わる以上、第二十二宙雷戦隊の僚艦とて参加は許されない。残念なことにな。出撃は10分後!矢矧乗組員はそれまでに残るか出撃するかを決めておいてくれ。出撃するものはそれまでに艦内で配置につき、怖いなら遺書でも書いておくんだ。以上!解散!」

「「「はっ!」」」

 僕がそう指示を飛ばすと全員がほぼ反射的に姿勢をただし応える。

 ほとんどの者達は周りにいる者たちと話しながらこの場を去っていくが、10人ほどの者が僕の周りに残った。

「・・・艦長。本気なんですな?」

「無論だ。安達くん。」

「はぁ・・・長い事生きてきて、もう驚くことはないと思っとりましたが、まさかここまで驚くことが起きようとは。はっはっは。人生、なにがあるかわかりませんな。」

「し、しかし艦長。もし、僕たちや、乗組員たちが任務から降りたらどうするつもりなんです?」

「まぁ、困るね。」

「こ、困る・・・いや、それは・・・そうでしょうが。」

 矢矧の機関長、そして矢矧科長の中で最年長の安達 陽人二等宙尉の問に迷わず答えると彼は文字通り面白い状況を笑うような笑みを浮かべ、矢矧の航海長を任せている永山 春樹三等宙尉が若干困惑した表情を見せる。

 しっかしいつもの連携は完璧なのに、こう見るとホントに年の差と性格の違いが垣間見えるものだ。

「・・・山室くん、秋島くん、永山くん、安達くん、東くん、君たちも自分で決めるんだ。・・・どうするかを。残るなら、副科長に仕事を引き継がせてくれ。行くのなら、降りた人数の確認を頼むよ。」

 僕がそう言うと矢矧幹部の皆が明らか悩むような表情でお互いを見る。

 それを少し見たあと、初春くんたち各艦長を近くに呼ぶ。

「・・・皆、伝えておきたいことが。」

「どうかしましたか、司令。」

 周りに聞こえないよう、可能な限り小声で言うと彼ら彼女らを代表して初春くんがそう答えてくれる。

「もしもの時はこの戦隊を上手くまとめるんだよ。恐らく、僕たちが落とされたとしたら、それは戦争が始まるときだ。」

「「「・・・!」」」

「頼んだぞ。」

 僕がそう言うと艦長達全員が顔を見合わせたあと、僕の方を見る。

「・・・司令、その指示はお受けできません。」

 ・・・気が強い岬くんや御島くんならともかく、初春くんがそう言うとは意外だ。

「司令。司令には帰ってきて頂かねば困ります。おおよそ、上から嫌われてる司令を捨て石にしよう、と上は考えているのでしょうけど・・・もし、本当に司令の言ったとおりになるのなら、司令がいなければ我々は戦えません。必ず、帰ってきてください。」

「・・・わかった。それもそっか・・・ま、じゃあ、そろそろ行くよ。」

「・・・わかりました。ご武運を!」

「「「「ご武運を!」」」」

 ・・・皆性格も性別もバラバラなのにこういう時だけは息が合うものなんだなぁ。

 そんな場違いなことも頭を過るが・・・ほんと、いい子たちだこと。

「うん、じゃあ。留守は頼むよ。」

「「「「「はっ!」」」」」

 その皆の声を背中で聞きつつ、僕は矢矧の艦橋に歩き出した。


 それからしばらく艦内を歩き、見慣れた艦橋の隔壁も兼ねる強化扉をゆっくりと開ける。

 それから中に入ると、5人の男女がこれまた見慣れた位置に居た。

「・・・皆、揃っているようで安心したよ。」

「副長が逃げ出すわけにもいきませんしね。艦長がどんな無茶するかわかったものじゃないですし。」

 艦長席の少し後ろ、副長の定位置に立つ山室くん。

「・・・正直、あんなこと言われては不安しかないですし、怖いです。手も若干震えてます・・・ですが、ここで逃げては、駄目だと思いました。やります。最後まで自分の仕事を。」

 主砲照準器を始めとする攻撃兵装の制御機器が並ぶ砲雷長席に座る秋島くん。

「もちろんです!僕も死ぬかも、なんて言われたらちょっとビビりましたけど・・・やれます!」

 舵取りや推進系を操作する操艦機器と錨を操作する機器に囲まれる航海長席に座る永山くん。

「なぁに、艦長にはでっかいご恩がありますしなぁ。それに死ぬなんて思ってませんわ、艦長がおりますしな。」

 機関の遠隔制御を一手に担う機関長席に座る安達くん。

「・・・艦長のこと、信じます。それに自分の仕事は、全うします。」

 レーダーを始めとする索敵機器と通信機器が並ぶ電測通信長席に座る東くん。

 ・・・矢矧での見慣れた光景が見れて安心だ。

「・・・ほんと、部下には慕われてますね。」

「ほんとにね。ちなみに退艦者は?」

 艦長席に座ると山室君が、中々きつい皮肉を言ってくる。ま、上から嫌われてるのは事実だけどさ・・・

「ゼロですよ。どの科も。むしろ、今日怪我で療養中だったり病欠の数人が自分もいけないことを悔やんでました。”もしものことを考えると自分達も矢矧の仲間と、艦長とともにゆきたかった”と。」

「それはそれは・・・じゃあ、ますますもしもを起こすわけにはいかないね。」

「無論です。」

 山室くんと話し終わる頃には遂に出撃時間が迫っていた。

「・・・さ、行こうか。東くん、コントロールと繋いでくれ。」

「はっ。通信回線・・・よし。」

 東くんがそう言うと艦橋に設けられたホログラムスクリーンにこの基地の制御全てを司っているコントロールルームとオペレーターが移る。

『こちら倉橋地下コントロールルーム。・・・準備はできた、ということでいいな?』

「うん、大丈夫だ。移動を頼むよ。」

『・・・了解しました。矢矧、出撃位置への移動を開始します。全回路接続チェック・・・よし。矢矧、移動開始。』

 そのコントロールからの通信が聞こえると同時に艦橋の窓から見える景色がゆっくりとスライドしていく。

 ・・・あれは。

「艦長・・・」

「あぁ、見てるとも。」

「あれは、第二十二宙雷戦隊の・・・」

 山室くんと秋島くんが驚きつつ目線を向ける先には第二十二宙雷戦隊の乗組員のほとんどが集合し、矢矧に敬礼をして見送りをしていた。

 ・・・ほんと、昔から部下にだけは恵まれるものだ。

『エレベータに到着、第四滑走路に出します。』

 そのコントロールからの声とともに右から左に、前から後ろに流れていた景色が一気に狭くなり、上から下に流れていく。

 基地四層分の上昇時間を体感しつつ少し待つと、天蓋が開き、陽の光が差し込んでくる。

 やがて矢矧が完全に滑走路に出ると、ガコンという矢矧の着陸脚と移動盤との接続を維持していたロックが外れる小さい音が艦内に響く。

『矢矧、第四滑走路出撃位置に到着。電磁カタパルト接続。滑走路展開、巡洋艦出撃角へ。機関を始動し、重力制御を起動せよ。』

「安達くん、頼んだよ。」

「了解!機関回せぇ!重力制御、重力圏内モードで起動!」

 今度はコントロールからの報告と同時にカタパルトと接続したときのロック音が響き、安達くんが重力制御を起動すると若干身体が重たくなったような感覚がする。

 まぁ、実際重力が二重状態だからそりゃ重たいんだけど。

 それからしばらくすると矢矧、いや地面がせり上がり、艦尾が沈んで艦首を上げている状態になる。普通なら艦尾方向に転がり落ちるところだがワープ機関と一体になっている重力発生制御装置のお陰で問題ない。

『矢矧、射出スタンバイ。』

「こちら、矢矧艦橋。矢矧全艦に通達。これより出撃する、総員衝撃に備え。」

「永山くん、頼んだよ。」

「はいっ!メインエンジン、サブエンジン、サブスラスタ点火。よしっ!前進推力全開!」

『全セーフティ解除、射出用意よし。射出まで5秒・・・3,2,1。矢矧、発進。・・・ご武運を、二佐。』

 そのコントロールからの声を聞きつつ、矢矧が空に飛び立つ。

 ・・・これから向かう先で鬼が出るか蛇が出るか。

 これまでも嫌な予感というのは嫌ほど経験してきたが、今までで一番レベルの嫌な予感を感じる。

 ホント、無事に帰れることを祈ろうか。

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