1 変わる世界
世界は願いにより、変容する。ニスリンの言葉はまさに的を射ていた。
黄金色の慈雨が砂漠に水場と緑地を生み出したことにより、人々の営みにも変化が訪れる。
砂竜使いの土地のうち、紫の集落には以前からオアシスがあり、広大な砂漠内には、他にも豊かな水場は複数あった。しかし、青の族長クトゥーブがその情報網を駆使して調査したことによれば、今やその数は倍以上に増加したという。
水が増えれば、当然草木が萌ゆる。砂漠は一面の砂色の中、斑に若草色を乗せて、新たな世界の訪れを寿ぐようである。まるで別世界だ。
かと思えば、少し歩くとやがて、こんもりとした見慣れた砂丘が現れる。こちらは以前と何ら変わらず、陽光に焼かれて橙色に聳え立つ。世界は変容するが、中には変わらないものもあるらしい。
全てを恵みの大地に変えることは叶わなくとも、あの雨が、命の息吹を世界にもたらしたのは紛れもない事実である。
宮殿の枯れた草花が途端に生気を取り戻したように、ファイサルをはじめ、負傷者の傷は瞬く間に癒えた。噂に聞くところ、雨が降った地域では、瘴気の影響を受けた病人から黒い靄が浄化される際に、病も同時に消し去られたという。同様の出来事が複数件報告されているのだから、偶然ではないのだろう。
そして、驚くべきことがもう一つ。
「砂竜が、産卵した?」
アジュルの最後の言葉通り、彼女の卵を受け取りに宮殿の泉に赴いたアイシャ。乳白色の二つの竜卵を愛おしく胸に抱いて青の集落に戻るや否や、驚愕の事実が舞い込んだ。
なんと、これまで繁殖することのなかった砂竜の群れの中に、ぽつぽつと竜卵が見つかったというのだ。困惑し、しばらく砂竜の群れに卵の世話を任せてみたところ、卵は聖地に行かずとも、砂竜の親の元で孵化した。彼らも他の生物と同じように、自然な形式で命の輪を繋ぐようになったのだ。
全ての砂竜の母である天竜が水に還ってしまったのだから、本来であれば砂竜は新たに生を受けることなく、静かな絶滅を迎えるはずだった。しかし、産卵をするとなれば話は別である。終焉を待つ砂竜の最後の一頭が、砂に還る日を待つ孤独な未来はなくなった。
これらは、いったい誰の願いだったのだろう。きっと、意思を持つ全ての存在の祈りが折り重なり、奇跡を引き起こしたのだろうと思えた。
さて、砂漠は潤沢な水を手に入れ、砂竜族は皇帝の下賜を待たずして、砂竜を得ることができるようになった。
言わずもがな、水と竜卵による砂漠部の支配を強めていたマルシブ帝国は、戦略的な岐路に立たされている。だがこれは、また別のお話で、アイシャとファイサルの望みはただ一つ。赤の氏族の復興だ。
あの日から、もう一年が経とうとしている。




