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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
黒の章

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9 心を一つに


「望外に早い目覚めだったな、小娘」

「ううっ、お騒がせしました……」


 ニダールの暗い視線に刺し貫かれ、アイシャは肩を震わせて椅子の上で縮こまる。


 昨日と同じ、大天幕の内、昨日と同じ面々で、会合は始まった。開口一番に嫌味を述べたニダールの舌鋒(ぜっぽう)は鋭い。


「おまえがしたことは、全ての責任を放棄することだ。砂竜族(さりゅうぞく)どころか、人としてあるまじき行為。その自覚はあるか」

「はい」


 胸を刺す言葉に、アイシャは人知れず拳を握る。そう、アイシャは逃げたのだ。


 誰が何と言おうとも、アイシャの存在が天竜(てんりゅう)の目論見を成就させたことに変わりはない。その全責任から逃れ、残された同胞に尻拭いをさせようとした。恥ずべき行為だ。


 アイシャは顔を上げて、紫電(しでん)の如く鋭いニダールの瞳を見据えた。少し前までのアイシャであれば、怯えて目を逸らしただろう。だが今は、全てを受け止め償う心づもりは出来ている。


「軽卒なことをしました。本当にごめんなさい」


 淀みのない謝罪を受け止めて、ニダールが虚を突かれたかのように口を閉ざす。しばし、心の奥底を覗うような眼差しでこちらを観察したニダールは、やがて大袈裟に鼻を鳴らした。


 揶揄(やゆ)するような調子ではあったものの、その口角は微かに持ち上がっているようにも見える。態度の割には、アイシャの目覚めを歓迎しているのかもしれない。もしかしたら見間違いかもしれないが。……なにせ、紫の族長の口元は黒々とした髭で覆い隠されているのだ。


 一方、クトゥーブやサクールは目に見えて安堵した様子である。


「まあまあ。とりあえず無事だったんだから、良かったじゃないか。アイシャ、もう二度と、おっさんの飲みかけの変な薬なんて飲んじゃだめだよ。ナージファ(ねえ)さんが悲しむでしょ。もちろん俺達も」

「アイシャに何かあったら、ファテナも傷つくはずだ。阻止できなかった僕はきっと、しばらく口をきいてもらえなくなる」


 おどけた調子で発せられた、愛情に満ちた言葉に、アイシャはただ恐縮し、小さく頷いた。


 朝の爽やかな日差しが差し込み、調度品を明るく照らす。天候は前日とそう変わらぬのだが、いっそう光度が高く目に映り、アイシャは瞬きをした。心持ちが変われば、見える世界も変容するらしい。


 黄金色の陽だまりを浴び、世界の優しさに目を細める。そんな柔らかな空気を、衣擦れが震わせた。ニダールが腕を組んだようだ。


「議論は」


 ニダールの声は低い。


「小娘の耳に心地良いものではないだろう。我々砂竜族は、かつて砂竜だったものが犯す(あやま)ちの被害を最小限にせねばならない。そのための手段を選ぶ猶予もない」


 会合に参加することで、アイシャがまた精神の均衡を崩すのではないかと、案じているのだろう。黒い天竜を傷つけることは望まぬが、それよりも、アイシャが知らぬ場所でアジュルの処遇が決定するのは、本意ではない。


 アジュルは黒く染まりながらも、アイシャのことをもう一人の母だと呼んだ。子を守り、過ちを犯せば道を正すのは母の役目である。


 不意に、アイシャの脳裏に、赤の集落での幼き日の光景が蘇る。


 駱駝(らくだ)どころか、温厚な羊にすら触れることができなかったアイシャを、根気強く導いたセルマ、見捨てることなく愛してくれたナージファ。どんなことがあっても、彼女らに放棄されることはないのだと心の底から理解した時、アイシャの臆病は一つ一つと剥がれ落ち、次第に砂竜族としての誇りが芽生えた。


 どのような結果が待っていようとも、庇護者に見捨てられることは悲劇である。それならば、アイシャだけは最後まで、アジュルを救う道を模索するべきなのだ。


「本当にどうしようもないのなら、アジュルを傷つけなくてはいけない。理解しています。砂竜族の誇りにかけて、それが最善であれば、全ての人々のために、その選択を取ることを拒否しません」


 アイシャは神妙に答えてから、隣のファイサルと目配せをして小さく頷き合う。この後、どのように振る舞うべきか、昨晩のうちに相談済みだ。ファイサルが腰を浮かせ、他氏族長に頭を下げた。


「アジュルは赤き砂竜です。本来であれば、俺達がなんとかしなければいけないってのはわかってます。ですが、俺達は非力です。どうか、他氏族の皆様の御助力を」


 アイシャも従弟(いとこ)(なら)い視線を机上に落として、「お願いします」と声を張った。天幕内に、驚きのさざ波が走ったようだ。戸惑いの理由は、お気楽ファイサルがいつになく真面目な口調で述べたからなのか、それとも今頃になって改まった申し出があるとは想定していなかったからなのか。彼らの様子を見る限り、おそらく両方だ。


「なんだよ、他人行儀だな」


 いち早く驚愕から解放されたクトゥーブが笑った。


「正直さ、今回のことは、砂竜の卵を下賜(かし)されている四氏族に平等に(とが)があると思うんだよね。今回黒き竜となったのはアジュルだったけど、何か一つ違えば、青き砂竜の中から悪しきものが現れたかもしれないし。ま、そうでなくとも、俺達は誇り高き砂竜使い。責任のなすりつけ合いなど、恥ずべきことだ」

「アジュルが生まれた時、僕も同行していたんだ。割れた竜卵(りゅうらん)が孵った時点で、不穏な現象を疑わなかった僕にも責任はある」


 続くサクールの言葉を聞き、ニダールが、ふん、と鼻を鳴らして締めくくる。


「全員、無駄なことを考える暇があるならば、早く何か策を捻り出せ」


 不愛想なニダールにせっつかれ、アイシャとファイサルは着座する。必要以上につっけんどんなのは、照れ隠しなのかもしれない。


 言い草はともかくとして、紫の族長の言葉は大抵の場合、的を射ているのだ。緩んだ空気はニダールの咳払いにより引き締まる。


「それで、赤の小僧。瘴気(しょうき)を止める策は思いついたのか」

「はい。アイシャと一緒に考えました」

「言ってみろ」


 ニダールの淀んだ瞳に、微かに光が灯った。

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