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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
青の章

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13 幻の後、塩湖にて

「アイシャ!」


 鼓膜が破れそうだ。それに肩が痛い。アイシャは不快な身体の感覚に眉根を寄せ、呻きを上げてから瞼を持ち上げた。


 その途端、眼前にファイサルの切羽詰まった顔面が迫り、アイシャは思わず声を上げ、腕を前方に突っ張った。


「わ⁉︎」


 突如胸を打ち付けられたファイサルは、上体をややのけ反らせる。不意の攻撃を受けて悪態を吐くかと思いきや、従弟(いとこ)の顔に浮かんだのは安堵であった。


「アイシャ、良かった。大丈夫か?」


 鼓膜が痺れるのはファイサルの大声が耳元で繰り返されたからであり、肩の疼痛(とうつう)は、強く掴まれていたからのようだ。手加減という概念をどこかに落としてきてしまったかのような従弟に、アイシャは抗議の眼差しを送ったが、ファイサルの胸には届かぬようだ。


「覚えてるか。おまえ急に『だめ』って叫んで倒れたんだぜ」


 アイシャは視線を巡らせ、状況理解に努める。周囲に散らばるのは塩分を含んだ白い砂。ここは間歇泉(かんけつせん)ではなく塩湖(えんこ)だ。


 黄金色の陽光に眼球を焼かれぬよう、目を細めて視線を上げれば、クトゥーブが珍しく神妙な顔つきでこちらを見下ろしている。続いて自身の身体に目を向ける。アイシャは絨毯の上に横たえられ、上体をファイサルに抱き起されるような恰好である。


「倒れた……いったい何が」


 ちりり、と側頭に痛みが走り、手のひらでこめかみを(さす)る。頭痛のうねりが谷間を迎えた時、先ほど見た全ての景色が、溢れた()れ川のように脳内に流れ込み、アイシャは呻いて頭を抱えた。


「おい。どうした」


 ファイサルの大声が頭蓋に反響し、いっそう強烈な痛みが誘発される。アイシャは、目尻に涙が浮かぶのを感じた。波打つ激痛ゆえか、それとも先ほどの間歇泉で、皆を救えなかった不甲斐なさゆえか。いずれにせよ、目の縁に溜まった熱いものは、一筋零れ落ちてしまえばもう、(とど)まることを知らなかった。


「ごめんなさい。あたし、助けられなかった。母様とギナ、それにみんながすぐそこにいたのに。きっと、助けられたはずなのに」

「何言って……。まさかおまえ」


 ファイサルの目が驚愕に見開かれる。


「また見たのか。今回は何を?」


 アイシャは頭部を覆った両手を解放し、顔を上げる。ファイサルの赤茶色の瞳に映るのは、頼りないアイシャの姿。ギナと同じ色の虹彩(こうさい)を見つめ、幻影の中の従姉(いとこ)を救えなかった無念に、落涙(らくるい)は更に勢いづく。溢れ出るものを抑えるため、身体中に力を込めた。


「間歇泉。ギナの竜生(りゅうせい)の儀の日だった。黒いもやもやに包まれた竜卵が孵って、みんなは喜ぶんだけど、母様は竜が悪いものを背負っていると思ってて。それでニスリン皇女の腕輪が光って、黒い光がギナの竜に流れ込んで」

「ちょっと待て。良くわからねえんだけど」


 ファイサルの困惑顔に、アイシャは口を閉ざす。確かに、ただ単に事象を羅列したところで、あの光景を目にしていない従弟や青の族長には、意味をなさぬだろう。


 アイシャは脳内を整理して、順を追って話そうとするのだが、止まらぬ涙が嗚咽を呼び、言葉を発するどころではなくなってしまう。なんと情けない有様だろう。アイシャはいつまで経っても、ちびでのろまで臆病な役立たず。


 やがて、子供のように泣きじゃくるアイシャを静かに見下ろしていたクトゥーブが、青い絨毯に片膝を突き、アイシャと視線の高さを合わせて口の端を持ち上げた。


「大丈夫だよ、ほら、息を吸ってごらん。そう、上手だ」


 クトゥーブの誘導に合わせて呼吸を繰り返す。しばらくすると不思議なことに、涙はぴたりと止んで、心も幾らか平穏を取り戻したようだ。アイシャは拳で顔を拭い、醜態を晒した羞恥に俯く。


「ごめんなさい」

「大丈夫だよ」


 クトゥーブは再び優しく言ってから、腰を上げる。


「こんな暑いところにいたら干からびそうだ。帰路につこう。アイシャ、君も誇り高い赤き砂竜使いだ。駱駝に乗れるね?」


 そう、どんなに小胆(しょうたん)でも、アイシャはナージファの娘でありギナの従妹(いとこ)。血縁がなくとも紛れもなく赤き砂竜使い。その誇りを失ってはならなぬのだ。アイシャは唇を噛み締め、首肯(しゅこう)した

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