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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
青の章

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11 青の聖地へ

 青の聖地塩湖(えんこ)に近づくと、黄灰色の砂嵐が吹きつけた。砂避けをいっそう顔に強く巻き付けて、三人は強風をやり過ごす。この砂には塩分が含有されているため、吸い続ければ人体に害を及ぼすという。


 青の氏族集落が聖地から距離を置いているのも、この砂嵐のせいだ。片道丸一日かかる距離に位置していても、時折集落には塩の砂が降り注ぐ。


 人間にとって即座に毒になるものではないが、砂を直接食す砂竜(さりゅう)の場合、中毒を起こすこともあるという。先日のアジュルの症状がそれである。


 クトゥーブの話によれば塩湖は遥か昔、広大な湖であり、今でも地下には塩水が溜まっている。


 昔、というのは気が遠くなるような大昔であり、二百五十年前に天竜の加護を受けた折にはすでに、湖は半分以上が干上がっていた。原因は、東方に位置する河川の上流で、過度な灌漑(かんがい)や生活用水の汲み上げが行われたことだ。


 今では全て干上がった古の湖底から、人間が繁栄する前に地上を闊歩(かっぽ)していた竜の化石が出るという。無論、砂竜ではない。天竜の子たる砂竜は死しても腐敗することはなく、骨も含めて一晩で砂に還るのだから。


 約二百五十年前の帝国建国期、当時の青の族長は最後まで、マルシブ王に(くみ)するか、遊牧諸部族に助力し、新勢力を拡大させるか熟慮したという。


 しかし、塩湖を擁する砂漠東部では、井戸を掘っても真水ではなく塩水が出ることがある。水神マージの恵み、ひいては水神に愛された国家である当時のマルシブ王国の庇護がなくては、生活が立ち行かなくなっていた。


 当時の青の族長は、マルシブ王と取引をした。青の氏族の人員と持てる財、全てを尽くしてマルシブ王に仕える対価に、永遠の水で東部を満たすという約定(やくじょう)を得て、青の氏族はマルシブ王国側につくこととなる。


 その決断が、後に青の氏族を砂竜族に変え、地下に満たされた水が人を呼び都市を拡大させた。さらに、汲み上げた水を利用することで、塩湖から距離をとれば農業すら可能になる。かくして青の氏族は「豊穣の大地を(いだ)く青き砂竜」の使い手となったのである。


 このような話に耳を傾けながら、枯色の草が点在する広大な砂の大地を進み、夜を迎えて一晩天幕で過ごす。翌早朝、地平線が曙色(あけぼのいろ)に淡く染まる頃、三人は天幕を撤収し、塩湖へと向かった。


 茫漠(ぼうばく)とした砂地の中、白色の砂が大地に(まだら)模様を描く。白の正体は塩である。かつては魚類が繁栄していたという()れた大地に、駱駝の二本(ひづめ)と砂竜の鋭利な爪が蹄跡ていせきを残す。


 聖地の祭壇は、濃い白色の中に(たたず)んでいた。毎度おなじみの、年季の入った石の台。まるで、曇り空の灰青を映したような色合いの祭壇だ。砂上に絨毯を敷き、アイシャとファイサルは膝を突く。


 アイシャにとっては、二つ目の聖地巡礼である。赤の聖地間歇泉(かんけつせん)には竜生(りゅうせい)の儀で(おもむ)いたし、白の聖地はその入り口付近までは幾度も足を運んでいる。しかしそれは、正式な巡礼とは異なる(たぐい)の物だ。白と赤の聖地で儀礼通りの祈りを捧げるのは、皇帝への拝謁を終え、白の集落に戻ってからになるだろう。


 あの日、間歇泉で言葉を交わしたナージファの幻影に導かれた旅は、徐々に終わりへと近づいている。母は、いったい何を願い、アイシャを旅に促したのか。そもそもあれは、本当に母だったのか……。


「じゃ、始めようか」


 クトゥーブは言い、軽く咳払いをしてから祈りの旋律を口ずさむ。青の族長一家の蠱惑的(こわくてき)な印象に反しない、甘い美声で紡がれる音楽に、アイシャは意識をゆだねる。疑問も不安も何もかも、一切の思考が脳裏から追いされる。


 瞑想状態に意識を沈めた時、遠く、母ナージファの歌声が聞こえる気がした。

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