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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
青の章

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10 竜卵は腐るのか

「儲かる?」


 意外にも、興味を示したのはファイサルだった。


 クトゥーブは頷き、前方の砂地を眺めたまま言葉を続ける。


「税はいらないと公言(こうげん)して、その対価に東方で商業を行うように促して、貿易を活発化させる。するとどうだ、この辺りの町は膨張し、人が集う。人の往来が活発になれば富も集まる。その後はどうしても争いが増えるけど、そうなりゃ俺らの出番だ。砂竜(さりゅう)使いほど用心棒に向いている奴はいない」


 砂竜が近づけば、駱駝(らくだ)が怯えるのだ。だから青の氏族では、隊商を遠くから見守り、不届き者が商人を狙おうものならば、砂竜で脅かして撤退を促す。戦いが起こらなければ、もちろん血も見ない。ある種平和な護衛業である。


「商人はね、案外義理人情に厚いんだ。舐められないようにさえすれば、上客を裏切りはしない。友好的にした方が利益になるからだ。護衛だけじゃなくて商売も始めてみたけどこれが、愉快なくらい儲かるんだ」


 アイシャは駱駝の鞍上(あんじょう)で、激しい横揺れに身を任せつつ、クトゥーブと青き砂竜の姿に目を向けた。


 さすがは相棒同士。揺れの逃がし方を理解しているようで、クトゥーブの背筋は湾曲することなく、天へと伸びている。その姿は、どこか飄々(ひょうひょう)としているのだが、同時に威厳を感じさせるものだった。


「隊商路の開放をしたのは六年前か。護衛業ではだいぶ儲かったよ。二人も氏族を復興したらやってみたらいい。赤の縄張りは南方だから、砂漠の中央を通る交易路からは少し遠いけど。今は中央砂漠辺りまで、俺たち青き砂竜使いが護衛してるけど、正直そっちまで行くと費用対効果が悪くてさ。中央部から西まで半分の商売権、赤にあげても良いよ」

「……考えときます」

「なんだファイサル。ナージファ(ねえ)さんと同じことを言うんだな」

母様(かあさま)にもこの話をしたんですか」


 思わず口を挟むアイシャ。ナージファが姿を消したのは、約八年前。六年前からこの商売をしているということはもしや、青の氏族は過去六年の間にナージファとの接点があったのではなかろうか。


 しかし、当然そのようなことは起こり得ない。アイシャの淡い希望も虚しく、クトゥーブの口からは八年以上前の回顧(かいこ)が語られる。


「あれはいつだったかな。多分、赤の氏族に悲劇が起こる数か月前だったはず。ナージファ姐さんが、帝都帰りに家に寄ってくれたことがある。当時、俺はまだ族長じゃななかったけど、父と一緒に姐さんをもてなした。その時に冗談半分で話題に上げた程度さ」

「母様は乗り気じゃなかったんですね」

「というより、それどころじゃなかったんだろう」

「何か気がかりなことがあったんですか?」


 ファイサルの問いに、クトゥーブは遠い過去に思いを()せるように目を細め、小さく笑った。


「その年下賜(かし)された竜卵(りゅうらん)が、腐っているようだと言っていた。まさかそんなはずないのに、あのナージファ姐さんの口からあんな突拍子もない言葉が飛び出すだなんてね。俺はさすがに我慢したけど、父は遠慮なく笑い転げてたよ」


 クトゥーブの父である先代青の氏族長の姿は、ナージファと出会うきっかけとなった王宮での()冒険時、目にしているはずだ。しかし当時は気が動転していたし、なにぶん幼少期のことなので、全く記憶に留めていなかった。他人を大っぴらに哄笑(こうしょう)する辺り、かなり愉快な人間だったのだろう。


 それにしても、偉大なる天竜(てんりゅう)から授けられし竜卵が腐るとは。確かに荒唐無稽(こうとうむけい)感が否めない。ファイサルもアイシャと同様の感想を抱いたらしく、苦い表情で言う。


「ナージファ伯母さんは卵を……割ってみたとか?」

「え、何で」


 クトゥーブが切れ長の目を丸くして、肩越しに振り向いた。


 ファイサルは自身の失言に気づいたらしいが、出てしまった言葉を口内に戻すすべはなく、頭を掻いた。


「いや、だって腐ってるかどうかなんて、割らないと分からないだろ」


 クトゥーブは口を閉ざし、しばしファイサルを凝視していたが、やがて頬を微痙攣(びけいれん)させ、前方へと向き直る。震えは頬から肩へと伝わり、(しま)いには全身を小刻みに振動させて、結局堪え切れずに笑い声を上げた。


 遮る物のない砂の大地に、笑声(しょうせい)が吸い込まれていく。ファイサルが顔を(しか)めて青の族長の背中を睨むが、あいにくクトゥーブの後頭部に目はついていないので、無言の抗議は成就しない。


 クトゥーブは一頻(ひとしき)り肩を震わせ苦し気な息を吐き、軽く咳払いをしてから肩越しに再度視線を寄越す。まだ頬がひくついている。


「いやあ、面白いね君。さすがのナージファ姐さんも竜卵で料理しないだろ」


 軽んじられて不満そうな従弟の横顔を眺めながら、そもそもナージファは料理などできなかった、などと我ながらどうでも良いことを考えたアイシャである。


 よくよく話を聞いてみれば、竜卵が腐った、というのは言葉の(あや)であり、実際のところナージファには、卵の殻が徐々に灰色を帯びていくように見えたのだという。


 クトゥーブとその父は、直接疑惑の卵を見たのだが、それは何の異常もない滑らかな乳白色だった。ナージファが何をもって「腐った」とまで言ったのか。今でも釈然としないのだと、クトゥーブは言う。


 ともあれ、懸念事項は水神マージのお耳に届け、事態の収拾と以降の行動の道標(みちしるべ)を示してもらうべき。結局、当時の族長の(はか)らいで、ナージファは青の聖地に詣でた後、大人しく赤の集落に戻って行ったという。


 その後、数か月して、集落が焼かれる凄惨な事件が起こったため、ナージファが青の聖地で何を見たのか、あるいは何も見なかったのか、真相は永遠に砂の中となってしまった。

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