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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
青の章

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9 交易路


「いやあ、大変だったよ」


 帰還一番、気の抜けるような調子で言ったのは青の族長クトゥーブである。全くもって深刻さに欠ける口調であるが、切れ長のさっぱりとした目元には、さすがに疲労が影を落としている。


「あの子がまさか、あの重役のあれだとはね。でもさ、合意の上だしそもそもあの子を踊り子として雇ったのは俺だし、何も悪いことはしてないと思うんだけど。どう思う、ファイサル」

「俺に聞かないでください」


 アイシャは、荷造りを進めながらやや辟易したように返したファイサルの横顔を眺める。一晩明けても昨夜見た光景への動揺は収まらず、気づけば従弟(いとこ)の姿を目で追っていた。


 お気楽鈍感なファイサルも、じっとりとした視線につけ回されればさすがに、何事かを勘付くらしい。彼は眉間に皺を寄せ、荷造りの手を休めてこちらに視線を向けた。


「さっきから何だよ」

「べ、別にっ!」


 アイシャは慌てて視線を逸らす。


「別にって。絶対なんかあるだろ。怒ってんのか。俺、何かした?」


 昨晩のことを問い詰めるのもお(かど)違いである。また、詰問(きつもん)の結果、衝撃の事実を耳にすれば、しばらくは従弟の顔を直視することができなくなりそうだ。


 言及されてしまえばファイサルの詮索から逃れられる自信はないので、アイシャは幼子のように拒絶を示す。


「何でもないよ。ファイサルの自意識過剰」

「何だと」

「まあまあ」


 見かねたクトゥーブが、苦笑を頬に張り付かせて割って入る。


「仲良く仲良く。喧嘩する子は聖地に連れて行かないよ」


 それは大いに困る。幼子を(さと)すような口調に不満を抱いたが、アイシャは肩を縮めて小さく謝罪を述べる。一方のファイサルは未だ釈然としない表情であるが、アイシャが頬を膨らませてそっぽを向いたため、これ以上追及されることはなかった。


 さて、青の聖地である塩湖(えんこ)は、砂漠の東寄りに位置するものの、ほとんど中央砂漠に近い場所にある。そのため、行程は駱駝(らくだ)で片道丸々一日ほど。灼熱の砂上を進むため、旅装を整える必要がある。


 クトゥーブは軽薄な容貌からは意外なほど、頑健(がんけん)な男らしい。有力商人への謝罪旅行から戻ったばかりだというのに、早々に聖地巡礼へ向かおうとしている。


 さすがに恐縮し、出立は翌日で良いと言ってみたのだが、クトゥーブは気にするなと答え、早速準備に取り掛かり始めたのである。


 まだ日差しが低く、天幕を熱し切らない時刻。クトゥーブは青き砂竜、アイシャとファイサルは駱駝に跨り、遥か西方の丘陵に向け(くつわ)を並べて出発した。


 青の氏族が遊牧生活を営む一帯は、交易路の東部分を内包する。それは、東西に突き抜ける蛇行した一本道であり、東は帝都、西は西方自治区を繋ぎ、さらに遠方の異国の都まで続く長大な道である。


 したがって、先日アーディラと出会った町のような隊商(たいしょう)都市が点在しており、商業に携わる者らの往来も頻繁である。実際、聖地への道すがら、複数の隊商とすれ違った。


 東西を結ぶ道ということはつまり、西方白の氏族の治める地域まで繋がっているのだが、商人らとの関わり方は、青と白で大いに異なるようだ。


 白の氏族は、交易路の西端、俗に西方隊商路(せいほうたいしょうろ)と呼ばれる平地を領有し、通行に際して関税を取る。数年前までは青の縄張り内に位置する東方隊商路も同様であったというが、クトゥーブが族長に就任し、あろうことか関税の権利を放棄し、帝都への街道を開放してしまったらしいのだ。


 交易路の逆端を維持するラシードはこのことに理解を示さず、青の氏族長を語る際には常々渋面を崩さなかった。ラシード(いわ)く、クトゥーブは「青のたわけ族長」。アイシャも幾度かその不名誉な呼称を耳にしていた。


 なぜ関税の権利を投げ捨てて、東方を開放したのだろう。損を毛嫌いするクトゥーブが、何の計略もなく、そのようなことをするとは思えなかった。問うてみれば案の定、クトゥーブは楽し気に言ったのだ。


「なぜって、そっちのほうが儲かるからだよ」

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