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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
青の章

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7 この子は人間じゃないから

 その後、しばらく(きら)びやかな宴が続いたが、族長であるクトゥーブがお気に入りの美女と共にどこかへ消えたのを機にお開きとなる。


 過激に過ぎるもてなしとはいえ、損を憎むクトゥーブが、初対面の小娘と小僧のために金銭と時間を(はた)いてくれたのは紛れもない事実である。謝意を述べねば礼を失するだろうと思い、アーディラに族長の居場所を問うてみる。


 その結果、苦笑と併せて「お礼は明日で良いと思うわ」との回答が返ってきたので、おそらくそういうことなのだろう。


 四人も妻がいながら、なんて節操のない。呆れるアイシャだが、無論、一氏族長を務めるクトゥーブを、ただの放蕩者(ほうとうもの)だとは思っていない。なにしろ、四人の妻とその子供らを養ってもなお、富は有り余るようなのだ。その蓄財能力においては、若き族長を敬うべきだと素直に感嘆する。


 さて翌朝、やや遠方にあるという聖地へ赴くため、身支度を済ませたアイシャとファイサルの耳に、衝撃の事実が飛び込んだ。クトゥーブは陽が昇るや否や、遠方の隊商(たいしょう)都市へ駱駝を走らせたというのだ。


 アーディラを問いただしてみれば、何でも昨晩の踊り子が、取引のある有力商人の(めかけ)であったらしく、ひと悶着(もんちゃく)あったのだという。 


 商売相手との諍いは死活問題である。したがってクトゥーブは、赤の巡礼者の願いなどすっかり忘れ去り、単身駱駝を駆ったのである。


 距離感から推測するに、どんなに短く見積もっても三日は戻らぬだろうというのが、アーディラの見立てであった。聖地を正式に巡礼するために、族長の同行が欠かせない。意図せぬ足止めを食らい、アイシャとファイサルは焦燥を募らせたのだが、いないものはどうしようもないのである。


 手持ち無沙汰(ぶさた)な数日間。アイシャはアーディラと世間話をし、赤の氏族から青に嫁いで来たという数人の女性らと言葉を交わし、時々……というより、ほとんどの時間をアジュルと(たわむ)れて過ごすことにした。


 三日経ってもクトゥーブは戻らない。きっと(くだん)の商人と揉めているのだろう。


 悶々とした日々を過ごしていたアイシャだが、砂竜の囲いの中、知らぬ青き砂竜と四六時中過ごすこととなったアジュルの方も、心理的負荷を(こうむ)ったようだ。どうやってか知らぬが柵を乗り越え脱走し、あろうことか集落の端で(うずくま)り苦しみ(もだ)えている姿を発見された。


「アジュル、どうしたの」


 (しら)せを受け、アイシャとファイサルは顔面蒼白になりアジュルの元へと駆け付けた。第一発見者である少年が介抱してくれていたらしい。彼はアイシャ達がやって来るとその場を譲り、やや離れた場所から心配そうにこちらを見守った。


 赤銀色の首がだらりと地面に伸び、荒い息を吐いている。口元には、やや白色を帯びた吐瀉物(としゃぶつ)。腹ばいになり、手足を小さくして呻く姿に、アイシャの気は動転して、右往左往することしかできない。


「どうしよう、アジュル、苦しそう」


 膝を突き額を撫でてみる。アジュルは薄っすらと瞼を上げ、アイシャを認めるとすぐに目を閉じてしまう。


 ファイサルがアジュルの頭の下に膝を滑り込ませ、牙に縁どられた口内を覗き込んだ。何かを喉に詰まらせた様子ではない。


「変なもんでも食べたのか」

「ええ、きっと塩分濃度の高い砂を食べたのね。見せて」


 駆けて来たのだろう、息を弾ませつつアーディラがやって来る。彼女はファイサルと代わるようにアジュルの頭部を膝で支え、口を開かせる。


 小脇に抱えていた革袋から丸薬(がんやく)のような黒い粒を取り出し、砂竜の口に放り込んだ。続いて、上下からアジュルの口を圧迫し、吐き戻さぬように抑えつける。やがて赤銀の喉が嚥下(えんげ)の形に波打つと、アーディラは幾らか肩の力を抜いたようだ。


「中和薬を飲ませたの。この辺りの砂竜は、時々塩の中毒になってしまうから、常備しているのよ。心配ないわ。すぐに良くなるはず」

「ぐ、ぐあああ」


 弱々しく鳴くアジュル。アーディラは眉を曇らせた。


「まあ、心配だわ。変な声出してる」

「大丈夫です。アジュルはいつも、ぐあああって鳴くんです」

「そうなの? 変わった子ねえ」


 鳴き声はいつも通りだとしても、薬を服用した途端、瞬間的に快復する訳ではない。アイシャは不安に手を揉みながら、なす術もなく狼狽(うろた)えて、アジュルを見守るだけである。一方、このような事態には慣れているのだろうアーディラは、手際よく周囲に指示を飛ばす。


「この子を隔離しましょう。砂竜の囲いの中に柵を立てて」


 そのまま、ぐったりとしたアジュルが、辛うじて自力で歩める程度に快復するのを待つ。少々の無理は承知で、アジュルの尻を叩き起立させ、砂竜の囲いの側へと追い立てる。


 アーディラの動作は手慣れていたのだが、まるで羊を追い立てているかのようだ。


 砂竜は羊や駱駝よりも知能が高い。人間の子供ほどには賢いと理解している。そんな砂竜を、家畜同然に扱うなど、アイシャには胸の痛むことだった。


 小胆(しょうたん)なアイシャは、一切口を挟めない。悶々としたまま歩みを続け、やがて砂竜を囲う古びた柵の側まで辿り着く。赤き砂竜が塩の洗礼を受けたと、集落中で噂になっているらしく、野次馬がぞろぞろと列をなしてついて来ていた。


 囲いの一角の内側に、もう一重柵が立てられている。アーディラの指示を受けた住民が早速、隔離場を用意してくれたらしい。アーディラは柵の固定具を一部外し、竜の通り道を確保して、せっつくようにアジュルの尻を押す。アジュルはそれを嫌がり、身を(よじ)らせて外に出たがった。


 体調が優れず、心細いのかもしれない。このような孤独の柵の内に、たった一頭放置するのは哀れではなかろうか。アイシャはここに来て、やっと口を開く。


「あの、この子はあたし達の天幕で」

「だめよ。旅先でどうしようもない時ならまだしも、ここには砂竜の囲いがあるの。砂竜は大切な仲間だけれど、人間とは違うんだから、境界は明確にしないと」


 アジュルの鼻先をアーディラが軽く押さえ、柵の中に押し込む。未だ本調子でない様子のアジュルは、初めて人間に軽んじられ、何が起こったのか理解が及ばぬようだ。


「人間とは違う」


 アイシャは思わず反芻(はんすう)して、アジュルの(つぶ)らな瞳を見つめた。赤き砂竜は目を潤ませてこちらを見つめるのだが、力尽くで飛び出そうとはしなかった。


 アーディラは淡々と柵に(かんぬき)を掛け、悪びれずに(きびす)を返す。


「あとは安静にしていれば、じきに良くなるはずよ」


 ファイサルが謝意を述べ、引き返す野次馬の流れに抗わず、アーディラの背中を追って行く。


 しかしアイシャの脚は、石になったかのように微動だにしない。視線の先で、アジュルが地面に伏して、こちらを見上げている。


「チガウ……」


 アジュルの口から、弱々しい声が漏れる。


 アジュルは、砂竜だ。もちろん人間ではない。それは明白な事実であるし、当然理解している。故郷でも砂竜は柵の中で育てた。それが当たり前だし、今でも疑問は感じない。しかし逆に、人の子と同じように接してはいけぬ訳ではなかろうとも思う。


 赤の集落が焼け落ちても、アイシャにはファイサルがいたけれど、アジュルには、同族の赤き砂竜がいない。もしアイシャが独りぼっちで生き残っていたのなら。父のような白の族長ラシードや、兄姉のようなサクールとファテナがいなければ。広大な砂漠の孤独の中、とうに命を絶っていたかもしれない。


 この子を(かえ)したのはアイシャ達であり、庇護し成長を見守るのもアイシャらだ。アジュルの家族となるのは、アイシャでありファイサルであり、その成長を見守る人々である。人間ではなくとも、アジュルは我が子と変わらない。血の繋がりがなければ家族の一員ではないなどと、考えたこともなかったし、アジュルを山羊や羊のように扱うことは、人に奴隷のように接することと大差ないことのように思えた。


 だが、改めて自身の価値観を言語化してみれば、これは異端の思考であるのだと理解する理性的な己も存在するのだ。


「あたしたちとは、違うの?」


 アーディラの言葉が、脳裏に焼印を残したかのようだった。

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