5 貰える物は貰っておくこと
一晩明け、アーディラの案内で青の集落に到着したのは午後の早い時刻であった。どの氏族でも、客人がやって来れば砂に絨毯を敷き、家長手ずから珈琲を振舞う。それが一段落するとなみなみと泡立つ駱駝ミルクが提供される。
飢える者、渇く者に施しをせぬことは、誇り高き砂竜族にとってあるまじき行為。十分過ぎるほどの接待はある種見慣れた行為でもあった。しかし、金銭的に豊かな青の集落においてそれは、もはや過剰の域に達するようだ。
「見てみなさい。あれが東方諸領邦の踊り子だ。白磁のような肌と黄金色の髪、美しいなあ。あっちは西方蛮族……いや、西方自治区出身の女だよ。切れ長の目と引き締まった四肢。やっぱり美しいなあ」
夕刻、赤くなり始めた空の下、篝火を四方に焚いた広場は突如、異国情緒溢れる演舞場と化した。
場を取り仕切るのは、青の族長クトゥーブ。妙に軽薄な印象のある男で、四氏族長の中では最も年若かったはず。栗色の髪に白いものが見えず、頬が滑らかであることを鑑みれば、三十をやや超えた程度の年代であろうか。
彼は放蕩の気があるようで、近くの町で旅芸人や劇場の踊り子をしこたま雇い、客人の歓迎ため、集落で舞わせているのだ。
鼻先を掠めるほどの近距離で、繻子織の袖がはためく。砂漠の乾いた空気に潤いを与えるかのように、赤に青にと彩り鮮やかな衣装である。踊り子の紗に煽られて、高々と掲げられた篝火から火の粉が零れ落ちる。まるで星屑のようだ。
「どの娘が気に入った? 我が氏族から歓迎の贈り物だ。好きに選んで良いよ。赤の氏族に連れて行っても良いし」
「いや、俺は」
クトゥーブの問いかけに、ファイサルが居心地悪そうに身じろぎをする。ちらりと視線を向けられて、アイシャは目顔で困惑を返した。その目配せに何を思ったのか、クトゥーブは手を打って、アイシャに向き直る。
「アイシャはもしかして男の方が好きだったか?」
「ど、どういう意味ですか」
「いや、ナージファ姐さんが男嫌いだったからさ、娘のアイシャも同じかと思って。だけどそっか、嗜好が親と同じとは限らない。それなら」
クトゥーブは顎を撫で、目線でやや離れた人垣を示す。
こちらの観衆はほとんど男性なのだが、あちらには女性が並んでいた。女性陣の熱い視線を受けて舞うのは、見目麗しい男らである。紗が汗で肌に張り付き、筋肉の躍動が妙に艶めかしく、アイシャは頬を赤くして目を逸らす。
「あっちに行ってみなさい。俺の四人の妻と妹が手ほどきしてくれる……まだアイシャには刺激が強いか。十六歳だっけ?」
「十八です」
「じゃあ問題なし。おおい、アーディラ」
「呼ばなくて良いですっ!」
時すでに遅く、女性陣の中で談笑していたアーディラが顔を上げ、こちらへやって来る。アイシャは怯えた仔羊のように目を潤ませて、ファイサルの腕にしがみ付き、首を振った。
見かねたファイサルが溜息交じりに言う。
「大丈夫です。もう十分歓迎してもらいました」
「ふうん?」
「それよりも、旅を急いでいるんです。明日早朝から、聖地の塩湖に向かわせてもらえますか」
「それは良いけどさ」
クトゥーブは乾燥ブドウを口に放り込み、わざとらしく嘆息する。
「貰える物は貰っておく。受けた恩には報い、損害には賠償を求める。持てるものは持ち、人脈を広げろ。そんで撒ける種は撒いとけ。氏族を復興したいんだろ。怪しい商人相手ならまだしも、同じ砂竜族じゃないか。厚意は受け取っておくべきさ」
色欲の塊のような此度の嬌態は、氏族復興と何の関係性があるのか、と口を衝いて出かけた言葉は、女の軽やかな笑い声に遮られた。アーディラだ。
「兄さん、純粋な若者に擦れた思考を植え付けないで」
夕刻の薄明かりの中、彼女の妖艶さがいっそう際立つようである。アーディラはアイシャの隣に腰を下ろし、兄を諫めるのだが、当のクトゥーブは取り合わない。
「俺はただ、二人きりで氏族の復興など前途多難だろうから、力を貸してやろうと思っただけだよ」
これは善意なのだと言い切って、青の族長はまた一つブドウを口に含み、嚥下してから咳払いする。
「ま、いいか。戯れはここまでにしておこう。ここからが本題」
ファイサルの頬が引き攣る。やはり揶揄っていたのか、と言いたげである。クトゥーブはファイサルの痙攣する頬を一瞥し、口の端を少し持ち上げた。
「まあそう怒るな。我が氏族が援助を惜しまないのは本当だ。羊も山羊も融通しよう。人員が必要だろうから、赤の氏族の血を引く家族を何世帯か赤に移住させよう。あと、嫁も婿も選り取り見取りだ。アーディラを連れて行っても良い」
「まあ。私は大歓迎よ」
本気とも冗談ともつかぬアーディラの様子に、ファイサルはただ困惑気に身を引くだけだ。クトゥーブは遠慮なく話し続ける。
「赤の繁栄はナージファ姐さんの望みだろう。二人に手段を選ぶ余裕があるとは思えないし、悪い申し出ではないと思うけどね。そういえば未だに、あの事件の真相は砂の中だとか」
あの事件。砂漠に事件は数多くあれど、今回話題に上がっているのは言うまでもない。赤の集落が炎に焼き尽くされた件である。
「まったく、中央砂漠の遊牧民ですら火柱を見ているのに、どうして後見を務めた白の氏族が真相解明できなかったのか」




