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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
紫の章

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7 旅の目的

 さて、二人が早朝に食事をとった理由は、他でもない。紫の族長ニダールの言いつけである。


 この日、紫の氏族訪問の主目的である聖地巡礼に向かうのだ。紫の聖地である()れ川は、砂丘を二つ越えた場所にあるものの、歩いて行ける程度の近距離にある。まだ陽が低い時間帯に出立せねばならぬほど遠方ではないのだが、日中になれば砂丘は灼熱を帯びる時期である。気温が上がり切る前に戻るため、出発を()いたのだと推察したのだが。


「数年に一度、この地を激しい雷鳴が襲う」


 紫の族長ニダールはこのような調子で、もうずっと話し続けている。斜めに照り付けていた陽光はすでに頭上高くに輝き、砂丘の色も日中らしく濃い橙色に変色している。


 酷暑に辟易しつつ、辺り一面の砂を見回すアイシャとファイサルとは対照的に、ニダールは表情一つ変えずに滔々(とうとう)と語る。


「雷と言ってもほとんどの場合、遥か上空で()()()()が響くだけ。しかし十年に一度は雨が降る。日干(ひぼ)煉瓦(れんが)の家は雨に弱いが、我々は天幕を張らない。なぜだと考える?」


 ニダールの黒い瞳と視線が合ってしまい、アイシャは眉を下げた。


「そ、そうですね。十年に一度くらいなら、もうお家は建て替えの時期だから、煉瓦が悪くなってしまっても気にしない……いいえ、何でもありません」


 失望の眼差しを受けて語尾を細らせ、肩を(すぼ)めてファイサルに視線で助けを求める。従弟(いとこ)は目で抗議を表したが、ニダールの注目を浴びて渋々口を開いた。


「水が湧く集落だし、半放牧生活でも生きていけるから?」


 ニダールは微かに目を細め、止めていた足を再び動かし始める。二人は慌てて族長の背中を追った。ニダールは背後を一瞥もせず、平坦な調子で語る。


「共に間違いではないが、わざわざ石を積む理由の説明にはならぬ。答えは()れ川だ」

「涸れ川?」


 ニダールが小さく頷いたのが、後頭部の動きから見て取れた。


「水を吸わぬ砂漠が豪雨に見舞われるとどうなるか。涸れ川から溢れた水は濁流となり地表を滑り、砂丘の谷間に位置する集落へと広がる。人や砂竜、家畜らは高所に避難すれば良いのだが、全ての家財を持ち出す訳にはいかぬだろう。天幕は濁流に流されてしまう。だが、石積みの家であれば、全てが吞まれてしまうことはない」


 つまり、家の中にある物を守るために、天幕ではなく煉瓦の建造物を選択したということか。洪水が起こるほどの豪雨など経験したことがないので、一度たりとも考えみたことがない事情であった。他氏族の先人らの知恵を取り入れることは興味深く、感嘆するアイシャである。一つ欲を言えば、灼熱地獄の真ん中ではなく、涼しい日陰で飲料水を片手に聞きたいものだ。


「とても勉強になりました」


 心からの感想を述べれば、ニダールはやっと肩越しに振り向いた。相変わらず愛想はないが。


「族長は、他者よりも豊富な知識と広い視野を持たねばならぬ。当然と信じられているものを疑い、知らぬ文化を学び、有事の際に皆を守るに最善の判断を下すことが出来なければ、族長失格だ。それを学び、見聞を広めるのが族長就任時の旅の目的でもある」

「だから、昨日は反逆者みたいなこと言ってたのか」


 ファイサルが馬鹿正直に呟くので(きも)を冷やすアイシャだが、ニダールは(とが)めることはしなかった。代わりに、不穏なことを口走る。


「砂竜四氏族は兄弟も等しいが、だからこそ敵にもなり得る。身内にこそ敵はいると心得よ。……赤はなぜ、そなたらを残して滅びたのだろうな」


 ニダールの陰気な呟きが砂丘に吸い込まれ、アイシャは悪寒を覚えて腕を(さす)る。一方のファイサルは持ち前のお気楽さで、軽口を叩いた。


「身内に敵か。アイシャ、俺を刺さないでくれよ」


 三人はそのまま丘を登る。道中ニダールの講義があったため、かなり迂回して進んだのだが、とうとう目的地は近いらしい。


 しらばくして砂丘の頂上に着いた時、眼下に広がるのは白茶けた硬質な大地。紫の聖地涸れ川が緩やかな曲線を描いていた。

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