表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
紫の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/91

2 陰気で嫌味な族長

「いわば我々砂竜(さりゅう)族は、砂竜と水を餌に、天竜帝に服従することを宿命づけられた不遇の民。そう思わんかね」


 かつ、かつ、と神経質な音が響く。手にした小瓶を床に軽く打ち付けつつ、黒々とした髭に覆われた口元を陰気にうごめかせ、謀反者もかくやといった言葉をさらりと述べたその男は、紫の氏族長ニダールである。


 招かれた彼の居宅で、珈琲でもてなされるや否や、滔々(とうとう)と歴史語りが始まった。いったい何が目的かと思ったが、どうやら際どい議論を吹っ掛けたかったようだ。


 大砂漠の北の端、砂丘の広大な谷間に位置する紫の集落は、夕刻になると朱色に染まる。角ばった建造物の影が黒々と東へ落ちて、夜の(とばり)に包まれる。これらは全て、日干し煉瓦(れんが)の住居の仕業である。


 アイシャとファイサルははじめ、この集落――いや、小さな町を訪れた時、半ば本気で方角を誤ったかと思ったものだ。


 雷霆(らいてい)呼ぶ砂竜と暮らす紫の氏族。彼らが硬い家を建てる噂は小耳に挟んだことがあったものの、砂竜族なのだがら、赤や白の氏族と同じように、天幕を張って暮らしているのだと思い込んでいた。しかしそれは、ただの先入観であった。紫の氏族は天幕を張らず、日干し煉瓦の住居にて半遊牧の暮らしをしているのだ。


 天竜の恵みがなかったとしても、北方は比較的雨量が多く、なんとこの町には小さいながらも泉が湧く。それを囲むようにナツメヤシが茂り、ほんの僅かではあるものの、小麦を栽培している。彼らの暮らしは決して遊牧に頼り切らず、農耕も重要な生活の糧として根付いているらしかった。


「天竜はなぜ雨をもたらすのか。その子たる砂竜が一滴の水も生み出さず、子を成さぬのはなぜか。全ては水と、竜の飼育頭数を、天竜帝の意のままにするためとは思えぬか」


 アイシャは言葉に詰まり、ファイサルに視線で助けを求める。日干し煉瓦の建造物の一室、氏族長宅の客間にて、二人は肩を縮こめて、族長ニダールの話に渋々付き合うのである。


「でも、紫の族長殿。天竜は水神マージの使徒ですよ。全ては水の意思でしょう」


 淡々かつ鬱々と続く言葉に、ファイサルが当たり(さわ)りなく回答する。ニダールは大きく鼻を鳴らし、同時に「は!」っと(あざけ)りの声すら吐き出して、不穏な言葉を垂れ流し続ける。


「水神マージはなぜ初代マルシブ皇帝に竜を(つか)わせたのだ。水とは何か。なぜ水は生物の中を巡るのか」

「知りませんよ、そんなの!」


 ファイサルは、苛立ちを爆発させて言ってから、礼を失したしたことに気づいたらしい。軽い咳払いの後、軽く頭を下げた。その一連の動作に冷たい視線を送り、ニダールは髭に覆われた表情の読めぬ頬のままだ。


 かつ、かつ、と再び硬質な音が響く。族長の節くれだった指に弄ばれた小瓶内、淡く琥珀色がかった液体がねっとりと揺れる。アイシャの手の中にすっぽり収まりそうな黄色は、何かの果汁だろうか。もしくは薬品か。


「……冗談だ」

「は?」

「赤の後継がいかほどの者どもかと思い、思慮の深さを測ったのだ」

「結果は?」


 思わず返したファイサルに、ぎろりと大きな目を向けて、ニダールは皮肉気に鼻を鳴らす。アイシャは小瓶から視線を上げて、族長の陰険な顔を眺めた。


「言われずとも察しただろう。まったく、次期族長と言えどもまだまだ青い。大前提として、巡礼に二人がかりとは異例も異例。後見を務めた白は、どうなっている」


 肩を並べて座す従弟(いとこ)のこめかみに、青筋が浮くのが目に入り、アイシャは内心で(きも)を冷やす。さすがにそこまで短慮ではないと信じたいのだが、万が一ファイサルが紫の族長に喧嘩でも吹っ掛けて、聖地巡礼を認められなかったらどうしよう。


「あのっ!」


 短気なファイサルが不用意な発言をする前に、アイシャはやや身を乗り出す。濁ったような闇色の瞳に見据えられ、心が折れそうだったが、自身の腕を強く掴み気合を入れて、言葉を続けた。


「二人で来たのはあたしのせいです。あたしが勝手について来たんです」


 ニダールはそこでやっと、アイシャをしげしげと観察し始める。先ほどまでは置物のようにファイサルの隣で黙り込んでいたので、注目を浴びていなかったのである。眼前の小娘を上から下まで観察するニダール。やがてその視線は、手首に光る黄金色の竜の腕輪で止まる。


「だ、だから、その。ファイサルは別に悪くは」

「ナージファの養女か。あの女の(しつけ)はどうなっている」


 不意に母への冒涜の言葉を投げかけられ、アイシャは口を閉ざす。


「砂竜族にあるまじき臆病な所作だな。意見を求められれば黙り込み、やっと口を開けば言葉は淀む。これだから、余所者の養女など。ナージファはいったい、何を教えたのだ」

「母様を悪く言わないで!」


 今度はアイシャが感情を爆発させる番だった。しかしその激情は、一瞬にして打ち砕かれる。ニダールの目に、ちらりと怒気が宿るのが見てとれる。たったそれだけのことだが、生来気弱なアイシャの勢いを削ぐには十分過ぎた。


「ううっ、ごめんなさい」


 ニダールはもう何度目だろうか、鼻を鳴らして、背もたれにした毛織物に深く沈んだ。


「まあ良い。残念なことに赤の氏族にはおまえ達しかいないのであれば、適性があろうとなかろうと、()り好みは出来ぬのだからな」


 彼が(おもむろ)に片手を上げれば、壁際のタペストリーの側に控えていた、すらりとした少年が滑るように歩み寄る。族長から耳打ちで何事かを指示されて、小さく頷いた。続いて、こちらに向けられたのは、意外なほど気の良い微笑みだたった。


「それではお二方。今宵の宿に案内しましょう。どうか、我が家でもてなされてくださいますか」


 眉目秀麗(びもくしゅうれい)な少年の、輝くような笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ