1 マルシブ帝国
水溢れるオアシス国家マルシブ王国は、水神マージの恵みを受ける国として、古くから砂漠に君臨してきた。
遥か昔、竜が繁栄する古の時代が天変地異により終焉し、人の時代が始まった。マルシブ王国は、今も続く人の世の創世期より、延々と水脈を管理し、水を分配することで民を助け、砂漠の小国家群や周辺諸国と友好関係を築いてきたのである。
ところが今から約二百五十年前、突如として大地が鳴動し、遥か北方の山が火を噴き、灰が世界を白く染めた。地殻変動により水脈が枯れ、オアシスの水位が著しく下がり、川が干上がり、宮殿の泉も水底が見えるようだった。
無論、人間は水なしに命を繋ぐことは叶わない。僅かな水を奪い合い、砂漠内で諸国家間に戦乱が起こり、不満の矛先は水神の恵みを受けしマルシブ王国へと向かう。一連の天変地異は、国王の不信心が原因であるとの不安に満ちた囁きから始まり、しまいには、水神マージはマルシブ王国を見限り、その友好諸国にも慈悲を与えまいとしているのだとの噂が、実しやかに広がることとなる。
戦乱の最中、最後まで王に従った、後に砂竜族となる四つの遊牧氏族は、砂漠の辺境へと追い詰められて、壊滅の危機である。マルシブ王は、忠臣の働きに報いんと、砂漠中の聖職者を集め、水神に祈りを捧げた。
三日三晩、寝ずの祈祷が続く。水のない乾いた大地での苦行。一人、また一人と力尽き、とうとう誰もが希望を失いかけた時。宮殿の泉水が滾々と湧き出て、紺碧の中から黄金の竜が現れた。天竜である。
竜は飛翔し、一夜にして砂漠の空を駆け巡り、慈雨をもたらした。必要な場所に、必要な量だけ。涸れ川が濁流となることもない。まさしく神の采配である。
一晩明けて竜は宮殿へ戻り、王へと頭を垂れた。「我は水神マージの使徒である。敬虔なるマルシブ王とその領土に、永遠の恵みをもたらすべく、神の国より馳せ参じた。祈りの心を忘れぬ限り、我はそなたの血族に仕えよう。永遠の水が血脈として子々孫々続くかぎり」
天竜は卵を生み出し、最後の忠臣である四氏族長に告げた「南は間歇泉、北は涸れ川、東は塩湖、西は断崖。それぞれの地に降らせた雨に、格別の恵みを与えた。我が子は聖地でのみ殻を破り、そなたらの片翼となろう」。これより、四氏族は砂竜族と呼称されるようになる。
さらに、水の加護を得たマルシブ王国は、砂漠諸国を廃し直轄領とし、渇きに弱体化した国家を狙うハイエナがごとく東方国家同盟を返り討ちにして、属州として支配下に置く。マルシブ王国は国号を帝国に改め、竜が頭を垂れる血脈に敬意を示し、皇帝は天竜帝と称されるようになる。
これが、我が国建国の歴史である。




