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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
紫の章

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35/91

1 マルシブ帝国

 水溢れるオアシス国家マルシブ王国は、水神マージの恵みを受ける国として、古くから砂漠に君臨してきた。


 遥か昔、竜が繁栄する(いにしえ)の時代が天変地異により終焉し、人の時代が始まった。マルシブ王国は、今も続く人の世の創世期より、延々と水脈を管理し、水を分配することで民を助け、砂漠の小国家群や周辺諸国と友好関係を築いてきたのである。


 ところが今から約二百五十年前、突如として大地が鳴動し、遥か北方の山が火を噴き、灰が世界を白く染めた。地殻変動により水脈が枯れ、オアシスの水位が著しく下がり、川が干上がり、宮殿の泉も水底が見えるようだった。


 無論、人間は水なしに命を繋ぐことは叶わない。僅かな水を奪い合い、砂漠内で諸国家間に戦乱が起こり、不満の矛先は水神の恵みを受けしマルシブ王国へと向かう。一連の天変地異は、国王の不信心が原因であるとの不安に満ちた(ささや)きから始まり、しまいには、水神マージはマルシブ王国を見限り、その友好諸国にも慈悲を与えまいとしているのだとの噂が、(まこと)しやかに広がることとなる。


 戦乱の最中(さなか)、最後まで王に従った、後に砂竜族となる四つの遊牧氏族は、砂漠の辺境へと追い詰められて、壊滅の危機である。マルシブ王は、忠臣の働きに報いんと、砂漠中の聖職者を集め、水神に祈りを捧げた。


 三日三晩、寝ずの祈祷が続く。水のない乾いた大地での苦行。一人、また一人と力尽き、とうとう誰もが希望を失いかけた時。宮殿の泉水が滾々(こんこん)と湧き(いで)て、紺碧(こんぺき)の中から黄金の竜が現れた。天竜(てんりゅう)である。


 竜は飛翔し、一夜にして砂漠の空を駆け巡り、慈雨(じう)をもたらした。必要な場所に、必要な量だけ。涸れ川が濁流となることもない。まさしく神の采配である。


 一晩明けて竜は宮殿へ戻り、王へと(こうべ)を垂れた。「我は水神マージの使徒である。敬虔なるマルシブ王とその領土に、永遠の恵みをもたらすべく、神の国より馳せ参じた。祈りの心を忘れぬ限り、我はそなたの血族に仕えよう。永遠の水が血脈として子々孫々続くかぎり」


 天竜は卵を生み出し、最後の忠臣である四氏族長に告げた「南は間歇泉(かんけつせん)、北は涸れ川、東は塩湖(えんこ)、西は断崖。それぞれの地に降らせた雨に、格別の恵みを与えた。我が子は聖地でのみ殻を破り、そなたらの片翼となろう」。これより、四氏族は砂竜族と呼称されるようになる。


 さらに、水の加護を得たマルシブ王国は、砂漠諸国を廃し直轄領とし、渇きに弱体化した国家(マルシブ)を狙うハイエナがごとく東方国家同盟を返り討ちにして、属州として支配下に置く。マルシブ王国は国号を帝国に改め、竜が頭を垂れる血脈に敬意を示し、皇帝は天竜帝と(しょう)されるようになる。


 これが、我が国建国の歴史である。

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