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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
白の章

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33/91

15 駱駝を貸して

 大きく息を呑み込んで、アイシャは覚醒した。ずっと息を詰めていた後、突如大量の空気で肺が満たされたものだから、激しく咳込んだ。苦痛ゆえ、目尻に涙を浮かべながら胸を押さえて喘ぎ、呼吸を整えながら、妙に冷静に思考を巡らせた。


 聖地を巡る。竜の子アジュルを連れて。それは小胆(しょうたん)なアイシャにとっては一世一代の大冒険。一方で、日々鬱々としながら集落でファイサルを待ち続けるのは、いったいどんな心地だろうか。


 もう二度と、彼は帰らないかもしれない。漠然とした不安は母の言葉で大きな(もや)へと成長し、アイシャの胸を埋め尽くす。二度と会えないかもしれないのに、不貞寝(ふてね)を決め込んでいたアイシャは出立の日、旅の無事を祈る言葉すらかけなかったのだ。もし、このまま彼が帰らなければ、生涯悔やんでも悔やみきれぬ思いが残るだろう。


 そのことに思い当たってしまえば、脳裏に浮かぶのは、見渡す限りの渇きの大地。枯れ草すら見えぬ広大な砂色の中、一人の男が息絶えている……。


 その光景に顔面蒼白となり、薄布を半ば蹴り飛ばすかのように寝具から出て、灼熱の日差しの中に飛び出した。未知の世界への恐怖に、従弟(いとこ)への家族の情が(まさ)った瞬間だった。


「ファテナ、ファテナ!」


 狂ったような大声に、近くの天幕から住民が顔を覗かせる。山羊がどこかで抗議の声を上げ、駱駝が長い首を伸ばして様子を覗っている。


「ファテナ、どこ?」

「ここよ。いったいどうしたの?」


 小走りで羊の群れから飛び出してきたファテナに、アイシャは縋りつく。


「駱駝を貸して!」

「え?」

「あたしも行くの。聖地と帝都に!」


 突然のことに目を白黒させるファテナ。アイシャの、いつになく決意に満ちた顔をしばらく見つめ、困惑げに眉を曇らせる。続いて「あっ」と呟いてから一転、心底嬉しそうに表情を輝かせた。


「わかったわ。ファイサルを追うのね!」


 なぜそうも喜色満面なのかは()せぬのだが、今は分析をしている暇はない。ファテナに連れられ、騎乗用の駱駝を一頭借り受ける。


 幼少の頃は駱駝が怖かった。今では無条件に怯えることなどないが、駱駝に跨り、視界が高く遠くまで開ければ、振り落とされやしないかと一抹の不安を覚える。しかしこの日は、恐怖よりも出立を()く気持ちの方が何倍も大きかった。


「ファテナごめんね。勝手なことをしたから怒られる?」

「良いのよ。大切なアイシャとファイサルのことだもの。応援するわ。二人が上手く行くように!」

「うん……? ありがとう」


 ファテナが妙に目を輝かせていることが気になったのだが、無邪気な笑顔を見れば、そのような疑問は些細な事だった。


 アイシャは駱駝を促し、集落を飛び出す。向かうは北東の方角。幸いなことに風が少ない日であったので、ファイサルの駱駝が刻んだ足跡はくっきりと砂上に残っている。一歩の幅や、規則的な形状を見る限り、ゆっくりとした足取りで進んでいるようだ。この分ならば、すぐに追いつけるだろう。

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