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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
白の章

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9 ナージファとニスリン②

 ニスリン皇女が言うことには、泉に落ちたのは断じて身投げなどではない。たまたま水中に煌めく何かを目にし、興味本位で覗き込んだところ、体勢を崩して落水したのだという。


 高貴な身の上なのだから、もう少し自分の身を(かえり)みて欲しいところだが、ニスリン皇女が眼前に戦利品を掲げ、内側から輝くような笑みを浮かべるので、ナージファは何の小言も口にできなかった。


「ナージファ、見て」


 ニスリンが突き出したのは、黄金色の細工である。じっくり観察してみれば、それはおそらく黄金で作られていて、造形はまさに天竜のそれ。竜を模した畏れ多い意匠の腕輪だ。このような物、一介の臣下が手にできるものではなく、それこそ皇族が手にするに相応(ふさわ)しい品である。


「泉の中で光っていたのは、これだったのよ」

「こんな高価な物、いったい誰が水中に捨てるんですか」

「まあ。言われてみれば、不思議だわ。でも、この泉は天竜の住まう場所へと続く聖地。砂竜族が守護する四つの聖地を統括する至聖(しせい)の地だもの。神秘的なことが起こってもおかしくないでしょう」


 ね、そうでしょう、と小首を傾げられたのだが、皇女のどこかふわふわとした発言内容については、賛同できかねた。だが、論理的な思考など、ニスリンを前にすれば些末なものだ。ナージファは皇女の美貌に目を奪われながら、曖昧に頷いた。


「ええ、まあ、そうかも」

「でしょう? きっと天竜からの贈り物だわ。私がこれを受け取れたのも、あなたのおかげよ。ナージファ、ありがとう」


 ニスリンは何の躊躇いもなくナージファに抱きついた。皇女とは総じてこうも親しみやすいものなのだろうかと疑問を抱いたが、後にも先にも、ニスリンのような皇女に出会うことはなかった。




 時が過ぎ、ニスリンよりも数年早く、ナージファは成人した。あの泉での事件以降も二人は気の置けない友人として親交を深めてきたのだが、運命は非情にも二人を引き離す。ニスリン皇女は、当時勢力を増していた西方蛮族(せいほうばんぞく)の首長に降嫁(こうか)することとなったのである。


 西方蛮族は砂漠の西の果て、大草原に雄を誇る騎馬民族である。後に砂竜族の尽力により平定され、一自治区を与えられるのみとなるのだが、当時のマルシブ帝国にとっては深刻な外憂(がいゆう)の一つであった。


 彼らが信ずるのは、草木育てる太陽神。砂漠の民からすれば陽光は、水を循環させる要素の一つでしかなく、水神マージよりも神聖な存在だとは、到底思えない。信仰面からも両者は相容れぬものだった。


 言及するまでもなく、大草原は砂漠よりも人にとって豊かな大地である。砂漠の民が西へ侵攻するのならまだ道理があるが、西方蛮族はなぜ、危険を冒してまで渇きの大地を求めたのか。その理由は、雨だった。


 当時、西方の大草原は干ばつに襲われて、民は渇きと飢えに苦しんでいたのである。そのため、砂漠にすら豊富な地下水を生み出すことのできる天竜とやらを手中に収めることで、喫緊(きっきん)の問題を解決できるとの短慮ゆえの侵攻であった。


 幸いにも、一触即発の危機ながら、戦乱は回避されることとなる。天竜帝と西方蛮族首長による会合の場で、「天竜帝の許可の下、大草原への定期的な慈雨(じう)」が約束されたのである。それはある種の隷属契約であった。その屈辱を甘んじて受け入れざるを得ぬほど、西方の民は差し迫った状況であったとも言えよう。


 首長はこれを、辛酸(しんさん)を舐め受け入れたが、重鎮の中には天竜帝――異教の長へ膝を屈することを良しとせぬ動きがあった。


 また、天竜帝が慈雨の取り決めを一方的に反故(ほご)にする可能性も捨てきれず、やはり西方の民らにとって、不安の残るものである。その懸念の解消のため、提案されたのが皇妹(こうまい)ニスリンの降嫁であった。


 ニスリン皇女の美貌は砂漠の内外に知れ渡っており、彼女が皇帝ダーウードが最も愛情を注ぐ妹であることも、誰もが知るところであった。皇女はいわば人質として、異教の広大な草原へと向かうのである。


「そんな馬鹿な話がありますか!」


 当時すでに族長を継いでいたナージファは、(はらわた)が煮えくり返るほどの激情をもって抗議した。他の氏族長が(たしな)めても聞く耳を持たず、畏れ多くも天竜帝に直談判(じかだんぱん)したほどである。


 ナージファを(なだ)めたのは、ニスリン本人であった。


「ナージファ、これは私の提案なのよ」


 その言葉に、ナージファのみならず、四氏族長全員が耳を疑った。


「私が自ら望んで西へ行くの」

「なぜ、そのようなことを。御身を犠牲にする必要は」

「犠牲じゃないわ」


 ナージファの乾いた声に応じ、ニスリンは微笑む。


「これが最善だし、いつか冒険をしてみたかったの。砂漠にすら出たことがないけれど、遥か砂の地を越え、知らない世界へ飛び出すの。一面の緑の大地とは、どのような光景なのかしら。砂竜でも駱駝でもなく、馬に乗るのはいったいどんな気分?」

「ニスリン皇女。しかし」

「ナージファ」


 ニスリンの頬には僅かな(かげ)りもなかった。


「これは私の願いなのよ」


 真意は知れぬものの、皇女にそうまで言われてしまえばもう、誰も口を挟むことはできないのである。


 ニスリン皇女降嫁後の三年間、天竜帝は西方蛮族との盟約を守り、天竜の力をもって草原に雨をもたらした。領土境界線での小競り合いもなく、平穏な時が流れゆく。しかしその安寧は、一瞬にして打ち砕かれた。西方守護を固める白の氏族が、大草原より襲撃を受けたのである。

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