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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
白の章

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7 お叱りを受けるのは


 集落は、四人の帰還を歓声と共に受け入れた。殻を破ったばかりの幼竜(ようりゅう)は、白き砂竜(さりゅう)の群れに招かれて、大人の真似をして砂を()んでいる。


 当初、無条件の祝福に包まれた集落だが、サクールが抱える孵らぬ卵に気づくや否や、空気が一変する。


 天竜帝(てんりゅうてい)より下賜された卵が孵らぬなど、不穏である。ただでさえ、一度は滅びた赤き砂竜。この日、輝かしい復活を遂げるはずだったのだが。


「いったい何があったのだ」


 白の族長ラシードが、老いのため不自由になった片足を引きずりながら、若者らに険しい眼差しを向けた。四人は視線を交わし合う。サクールが説明のため口を開きかけたところ、父に片手で制止された。


「ファイサル、アイシャ。ここへ」


 族長の天幕に招かれたのは、赤の氏族の二人だけ。手ずから垂れ幕を上げたラシードに急かされるように、室内に入る。肩越しに振り返ってみれば、サクールとファテナが顔中に不安を張り付かせて固唾(かたず)を飲んでいるのが見えた。


「さて、連れ帰った竜は一頭。アイシャの手にはどこかで見たような腕輪。いったい何があったのか、教えてもらおうか」


 穏やかだが詰問する調子を帯びる声音に、アイシャは思わず肩を震わせる。


「あ、あの……」

「俺が話す」


 こういった場面ではめっきり役に立たないアイシャである。大人しく肩を縮こまらせて、従弟(いとこ)が語る経緯に耳を傾けた。


 叱責を覚悟でファイサルは、ありのままを語る。


 瞼を閉じて耳を傾けていたラシードの眉間の皺が、話の進みと共に深まって、後半には眉根同士がほとんど接するほどだった。ラシードは、アイシャが卵を割った話の辺りで額を押さえ、割れた卵が赤い微光に包まれ、無事に孵ったくだりで低く呻いた。やがて顛末を聞き終えると、ラシードはようやく顔を上げた。


竜卵(りゅうらん)を包んだという光については、他言無用だ」


 いつでも迷いがなく、堂々たる挙措(きょそ)を崩さぬ白の族長。その表情に、めずらしく不安の片鱗を見て取ったアイシャは、人知れず胸を押さえた。ラシードはそれに一瞥を寄越し、続けた。


「割れた方の卵が孵ったことが、不幸中の幸いだった。いや無論、命に優劣はない。だが、天竜帝から下賜された神聖なる竜卵を、あろうことか放り投げてしまったなど、陛下に申し開きもできない」

「ううっ、ごめんなさい」

「過ぎたことを幾度も咎めるつもりはないが……」

小父(おじ)さん、孵らなかった卵はどうするんだ」

「天竜の泉に還すしきたりだ。砂竜は産卵しない。我々一氏族には竜卵の管理は荷が重い。ファイサル、おまえが聖地巡礼と陛下への拝謁の旅に出る際に、この卵を連れて行くのだ」


 ファイサルの顔がやや強張ったが、不平は漏らさなかった。卵を割ったのはアイシャである。その(とが)を、彼に背負わせるのは心が痛む。


 それに、聖地巡礼。その言葉を耳にすれば(おの)ずと、赤の聖地での母の声が蘇った。『赤き砂竜を連れて、聖地巡礼へ』。言葉の真意は知れぬが、あのナージファが願ったことである。あれが仮に精神世界での出来事だったのだとしても、母の意思が関与しているのであれば、決して(たわむ)れなどではないだろう。


「あのっ」


 気づけば言葉が飛び出していた。


「あたしが行く」


 四つの目が同時に見開かれこちらに向いた。アイシャは気が折れてしまいそうだったが、辛うじて踏み止まる。


「その、元はと言えばあたしのせいだし」

「だがアイシャ」


 ラシードは一転して困惑気である。


「北の紫の氏族、東の青の氏族を訪ね、遥か東方の帝都へと向かうのだ。その途中には何があるか、知っているだろう。草も生えない渇きの大砂丘や、青のたわけ族長が諸民族に開放してしまった、東部隊商路の側を通り抜ける必要もあるのだぞ」


 直接的には言わぬものの、二人とも、聖地巡礼はアイシャには無理だと思っているらしかった。彼らの懸念はもっともだろう。当のアイシャですら、母の言葉がなければ旅になど出たくないのだし、完遂できる自信は砂粒ほどもなかった。それでも、アイシャを突き動かしたのは、微かな希望。幼くして別れたナージファの足跡を追い、再び共に過ごすためだ。


「きっと大丈夫だもん」

「アイシャ、遠慮するな」


 ファイサルがやや口の端を上げて言った。


「おまえの尻ぬぐいをするのは、昔から俺の役目だっただろ」


 状況も忘れ、そうだったかしら、と首を傾けるアイシャである。ドジをやらかすのはいつもアイシャだが、計画の上突拍子もないことを仕出かすのはファイサルだった。尻拭いについては、持ちつ持たれつだったのでは。


「いくら卵をだめにしたとはいえ、陛下もたった二人しかいない赤の人間のうちの一人をひどく扱ったりはしないだろ。なによりアイシャは臆病だから、途中で気が萎えて砂漠の真ん中で干からびるかもしれねえし」


 ひどい言い草だが、彼の頬に浮かんだ表情は柔らかく、心からアイシャを案じてくれているのだと見てとれた。しかしアイシャには、どうしても聖地巡礼をしたい理由があるのだ。だがそれを口にすれば、また狂人扱いされてしまうことは明白なので、説明するのは(はばか)られる。


「でもね、ファイサル」


 少し身を乗り出して、なおも言い募ろうとしたところ、不意に頭頂を手のひらで抑えつけられた。いや、ファイサルは撫でようとしたらしいのだが、予期せぬ衝撃でアイシャの首はがっくりと前傾した。


「気にすんなって。おまえの気遣いは嬉しいけどさ」


 とばっちりを受けることとなったファイサルに、申し訳ないと思う気持ちはあるのだけれど、アイシャが()を張る一番の理由はそれではないのである。


 どこまでもお気楽なファイサルの顔をまじまじと観察する。照れてやや朱に染まった頬に気づけばもう、何を言うのも無駄だと知れて、アイシャはひとまず口を(つぐ)んだのであった。

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