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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
白の章

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6 誰も信じてくれないけれど


母様(かあさま)がいたの!」


 動くことを思い出したファイサルに、半ば詰め寄るような恰好でアイシャは言う。


「へ? そうか。それは」

「嘘じゃないよ。絶対にいたんだから」


 常にない従姉(いとこ)の剣幕に半身を引き眉尻を下げて、ファイサルは残りの二人に視線で助けを求めた。サクールもファテナも、同様に困惑顔である。


 アイシャの言葉を、誰も信じてはいないらしい。母の体温は、つい先ほどまでこの腕にあったのだから、錯覚ではないと確信している。それなのに三人は、アイシャが狂い、妄言を吐いたと思っていて、哀れむような眼差しを注いでくる。


 思わず唇を噛み締めれば、その拍子に頬が膨らみそうになってしまう。あまりに幼い顔だろうと思い直し、アイシャは両頬を叩いて首を左右に振った。


「とにかく、本当なの。母様があたしに」

「アイシャ」


 言葉を遮るように、ファテナが腕を伸ばす。気づけばアイシャの頭部は、ファテナの温もりに包まれていた。


「今日は色々あったから、疲れているのね。ひとまず集落に戻りましょう。この子をゆっくり休ませてあげたいし、砂も食べさせてあげないと」


 ファテナの琥珀色の瞳が向かうのは、サクールの腕の中。ファイサルに押し付けられた恰好のまま、赤銀色の竜の雛が、大きな眼でこちらを見つめている。どこか物欲しげな表情である。腹が減っているのかもしれない。


 砂竜はその名の通り砂を主食としている。しかしこの間歇泉(かんけつせん)の砂は、異臭に満ちてやや黄色く変色している。生まれて初めての食事がそれではさすがに哀れなので、早く戻って集落の上質な砂を与えたい。


「もう一頭は、動かないわね」


 ファテナの長い睫毛(まつげ)が伏せられ、頬に影を落とした。


 祭壇の上には、乳白色の卵の破片。その隣には、一筋の亀裂もない、滑らかな球体がある。


 アイシャが粗相をして落としてしまった卵は無事に孵り、無傷のはずのもう一方は動かない。妙なことである。四人の脳裏には、先ほどの異様な光景が(よぎ)っただろう。淡い赤が、右の卵から左のそれへと流れ込み、(ひび)割れに吸い込まれていく。まるで命を奪うかのように。


 神々しさを感じても良いような燐光だった。だがあれは、むしろ。


「ぐああああ」


 不意に、サクールに抱かれた砂竜が大口を開けて呻いた。何事かと思わず飛び上がったアイシャが目を遣れば、それはただの大欠伸(あくび)だったらしい。思わず安堵の吐息をを漏らす。


 雛は続いて何やら目を瞬かせ、サクールの腕を甘噛みする。その仕草は、幼く純朴な赤子そのものだった。


「痛い痛い。僕は餌じゃないぞ」


 柔らかく嚙みついているとはいえ、竜の咬合力(こうごうりょく)は凄まじい。雛なのだから大した力ではないかと思いきや、そもそも加減の何たるかを知らぬ赤子なのだ。見かねたファイサルがサクールから竜を引っぺがした時には、腕には綺麗な歯形が付いていた。そのうち蚯蚓(みみず)腫れになるだろう。


「とにかく、こいつの腹を満たしてやらないと。もう一つの卵はひとまず持ち帰ろうぜ」


 ファイサルが、竜の口元に布をちらつかせれば、雛は人間の赤子のようにしゃぶり付き、もぐもぐと咀嚼を続ける。まるでおしゃぶりのようだが、これで皮膚をやられることはなくなるだろう。


 サクールが噛み跡を摩りつつ、(なめ)らかな姿を保つ卵を抱える。ファテナはアイシャの手を引き、駱駝の元へと促した。


 このままでは、アイシャの主張は流れてしまいそうである。最後のあがきに、アイシャは繋いだ華奢な指を握り返し、呟くように言った。


「ファテナ。本当にいたの」

「ええ、きっといたのよ。あなたの心の中にね」


 そうではない、と言いたかったのだが、これ以上の主張は無意味だと思えた。


 確かに、邂逅は異様な空間の中であったし、母の姿は最後には空気に溶けてしまった。ファテナらは何も目にしていないのだから、否定されるのも無理はない。


 アイシャは早くも、先ほどの出来事が白昼夢であったのかもしれないと思い始めた。いくら水が過去と現在(いま)の全てを知るとはいえ、心の中のナージファが具現化するだなんて、そんな奇怪なことがあるだろうか。


 何一つ確かなことはわからぬまま、アイシャは俯いて、砂地に伸びる影を視線でなぞりつつ、北西の集落へと帰路についたのだった。

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