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砂竜使いナージファの養女  作者: 平本りこ
赤の章

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11 美男子と再会


「で、結局迷子になったと」


 朝の日射しがやっと砂丘の谷間から顔を出す頃、アイシャとファイサルは不審者として後ろ手に縄をかけられて、集落手前の砂地に座らせられていた。


「本当なんです。あたし達、赤の氏族長ナージファの家族なんです」

「その証拠は?」

「ううっ、ありません。でも」

「とりあえず、うちの族長が来るまでそこで座ってろ」

「おい、話くらい聞けよ」


 ファイサルが噛みつくが、取り付く島もない。二人は喉の渇きを(こら)えつつ、次第に熱くなり始めた砂の上で肩を寄せ合った。


 砂竜(さりゅう)族の仲間なので、無条件に受け入れてもらえると思っていた。しかしそれは安直な考えだった。指摘されてみれば確かにアイシャらは、自らが赤の氏族の一員であると証明できるものを何も持ち合わせていないのである。


 最終的には赤の集落から誰かに迎えに来てもらい、顔で身分証明をするしかないだろうとまで考えた。だが幸いなことに、アイシャにはこの村にも顔見知りがいたのである。


「ああ、皇女殿下。いや、今はナージファの養女だったか。大きくなったな」


 もはや忘却の彼方に追いやっていた敬称を耳にし、アイシャは弾かれたように顔を上げる。


 両手を広げ、微笑みで目尻に皺を刻み砂上を歩むのは、母ナージファより年長と見える男性だ。寝起きらしく、身支度が完了していない。頭部に砂除けの布を巻く時間も惜しかったらしく、白いものが混じり始めた飴色(あめいろ)の頭髪が微風に揺れている。この男性、見たことがあるような、ないような。


 困惑気なアイシャの視線を受け止め、男は苦笑した。


「君は幼かったから覚えていないか。宮殿の内廷(ないてい)で、一度会っている。ああ、こう言えばわかるかな。私はラシード。白の氏族長だ。ナージファとは、西方蛮族討伐時、互いに背中を預け合った仲でもある」


 ラシード。その名前はナージファの昔話にて、何度も登場していた。女のような顔立ちで細身の美丈夫だが、砂竜を駆らせれば誰よりも速く、単騎で蛮族の一団に突っ込んでは、敵長(てきおさ)首級(しゅきゅう)を取って来る。たしか、そのような評価だった気がする。


 よくよく観察せずとも、秀眉(しゅうび)から繋がる鼻筋がすっと通っていて、飴色の瞳が柔らかい光を宿す(まなこ)は、ぱっちりと大きい。アイシャ好みの美男だ。若い頃はさぞかし評判だったに違いない。もちろん五十も近い現在では、年相応に老いているのだが。


 ラシードの顔を凝視したまま動かぬアイシャに、彼は微かに首を傾けつつ、小さく笑う。


「まあきっと、覚えていないだろう。息子のことも記憶にないかな?」


 ラシードが半身を後ろに向けて、呼び掛けた。


「サクール、来なさい」

「はい」 


 高くも低くもない、透き通るような少年の声だった。続いて、陽光を背に現れた姿に、アイシャは思わず「あっ」と声を漏らす。


 十代半ばほどだろうか。少年は父とは異なり、身支度を整えた状態で現れた。頭髪は几帳面に布で隠されていたが、僅かにはみ出したその色合いは父親と同じ飴色。()()()の少年だ。アイシャが宮殿の内廷で泉に落ち、ナージファに救助された後、微笑みかけてくれた少年。


「久しぶりだね。アイシャだったかな」 


 目元を(なご)ませる仕草は温和そのものだったが、なんとなく隙がない印象である。そんなことよりも彼、とっても綺麗な顔立ちをしている。きっと父親であるラシードの若かりし頃とそっくりなのだろう。


「覚えてるかい?」


 と、小首を傾げる美男子に、アイシャは頬が熱くなるのを感じた。今思えば初対面時、微笑みかけられたアイシャがサクールの顔を直視できずナージファの胸に縋りついたのは、彼の美貌が原因だったのかもしれない。


 アイシャは頬の紅潮を悟られまいと俯いて、微かに頷いた。


「覚えています」

「よかった」


 サクールはあの日と同じ笑顔で言って、父ラシードに進言する。


「父上、間違いありません。この子はあの日の女の子だ。縄を解いてあげましょう」

「そうだな。お付きの少年も一緒に」

「お付きなんかじゃない!」


 ファイサルは鋭く反論した後に、隣でもじもじと斜め下に視線を落としているアイシャを睨みつけ、小声で暴言を吐く。


「ちっ。出たよアイシャの面食い」


 お付き扱いされたことよりもむしろ、普段は人見知りのアイシャがいとも簡単に篭絡(ろうらく)されたことに腹立ちを抱いたらしい。案外根に持つたちのファイサルは、この日の出来事を向こう数年、事ある毎に引き合いに出すようになるのだった。


 二人はそのまま、サクールの案内で族長宅に招かれた。


 ずばり言えばサクールは、アイシャの理想ど真ん中である。紳士的で上品な立ち居振る舞い。細身で引き締まった手足に端正な顔立ち。飴色(あめいろ)の髪も同色の柔和な瞳も、今まで出会った中で最も魅力的だった。恋に落ちるのは時間の問題だったけれど、残念ながら花を咲かせることはなかった。


「初めまして。私はファテナ。母がラシード族長の妹なの」

「僕の許嫁いいなずけだ。仲良くしてやってくれ」


 招き入れられた天幕で、アイシャらよりもやや年長と見える少女を紹介してもらう。ぼんやりした目鼻立ちのアイシャとは異なり、(まなこ)はこぼれんばかりに大きく、瞳は吸い込まれるような琥珀色(こはくいろ)で、頭髪の飴色はサクールと揃いである。ぽってりとした唇が妙に(つや)めいていて、同性ながらにも美しい。


 つまりアイシャの淡い恋心は、美少女従妹(いとこ)の許嫁というどう足掻いても勝てぬような娘の出現によって、打ち砕かれることになったのだ。


 ラシードの妻の中には、かつて西方蛮族と呼ばれた騎馬民族を退けた後、降嫁した皇妹(こうまい)がいたが、砂漠暮らしに慣れず早世(そうせい)したと聞く。サクールの母は生粋(きっすい)の白の氏族民であるので、彼は残念ながらアイシャの従兄(いとこ)には当たらない。


 これは、始まる前から勝敗が決した戦いのようでもあった。そもそも、砂竜族らしからず気弱なアイシャには、何かを奪うために戦うことなどできやしないのだ。守るためならいざ知らず。


 したがって、ファテナと争うつもりはなかったし、無駄な軋轢(あつれき)を避けるため、気持ちに気づかれないように振舞いたいとすら思った。


「ファイサルと、アイシャね。同じ砂竜族の仲間だし、友達が出来て嬉しい」

「おう、よろしくな」

「……よろしくね」


 子供らしく無邪気なファテナの輝くような微笑みに、思わずファイサルの左肩の辺りという所定の位置に半身を隠したアイシャ。ファテナはしばらくアイシャの様子を眺めた末、何事か腹落ちしたような顔をしてから、曖昧な微笑みを残してサクールの側へと戻って行った。


 アイシャはファテナのすらり伸びた背中を視線で追う。ファテナはきっと気づいたのだろう。サクールを見て頬を赤らめ、ファテナと言葉を交わし俯いたのだから、誰の目にも明らかなことである。それこそ、相当な鈍感でもない限り。


「あれ、なんだろ最後の笑顔。……あ、もしかして俺に一目惚れ」

「そんなわけないよ」


 どこまでもお気楽鈍感なファイサルにきっぱりと言い切り、アイシャは小さく溜息を吐いた。


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