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熟考とカメムシ

「む〜〜ん……。」


自室の鏡にて何度も体の前にいくつもの服をあてがっては唸り声を上げる。外出なんて普段塾に行くぐらいでしかないから、よそ行きの服なんてさほど豊富じゃない。


でもお気に入りの服でオシャレしたいし、可愛いって思われたい。けど着飾ったところで所詮は私だからそんなに変わらないのかもしれない……まあないよりはマシだと信じたいけど……。


「……ああもう!まどろっこしい!」


私は苛立ちから着替え途中だった服を床に投げつけ、ベッドに飛び込んだ。直後、部屋の扉がいきなり開く。


「…うるせぇぞ。近所迷惑だわ…って、何してんだよ。部屋こんなに散らかして……珍しい。」


「…兄さん。」


ドアをノックもせずに開けたのは私の兄、真理だ。


彼は昔から人の話を聞かずにズカズカと部屋の中まで入り込んでくるからたまったものではない。しかも彼のこの性格は歳を重ねるごとにエスカレートするばかりで、いくら注意しても聞きやしないのだ。


「……何?お前もしかしてデートでもすんの?振られたとか言ってなかったっけ。」


「…ええそうよ。何か悪い?振られた直後に別の男と遊びに行くのは。男として許せないものでもあったりする?」


「…いいや別に。」


兄さんは散らかった部屋を一瞥したのち、私の勉強机の前に座った。そして机にあった一冊の本をパラパラとめくり、興味なさげな視線でその表紙を眺めている。


「へえ、お前でもこんなの読むんだ?……恋愛小説?」


「そうよ、何か問題でも?」


「……いや別に」


兄さんは意味ありげにそう言うと再び視線を本に落とした。


全く一体この人は何をしに来たのだろうか。私に用事があるにしても、ノックもせずにズカズカと人のテリトリーに入ってくるなんて言語道断だし、かといって何かを催促したり文句や愚痴を言ったりもしない。昔から奇妙な人だ。


「…随分とませてきたな、お前。」


不意に兄の口から溢れた言葉を私は聞き逃さなかった。


「……それ、どういう意味?」


「別に?そのまんまの意味だけど。お前って昔から俺みたいに勉強ばっかの陰気で頭でっかちだったじゃん。なのに高校に入ったら急に彼氏ができただのと言い出すし……正直別人になったかと思うくらいだぜ?」


「……そう」


兄さんはその後何も言わず再び本に目を落とした。どうやら本当に用事はないらしい。私はそんな兄さんの背中を見ながらため息をついた後、もう一度服選びをし始めたのだった。


◇◇◇


「あ、来た。」


私が駅前の時計台に着いた時すでに彼はそこにいた。


時刻はぴったり11時だ。彼にしては珍しく時間前に来てくれたことに内心喜びつつ、私は彼に声をかけた。


「随分早いわね……もう来てるとは思わなかったわ」


「ま、デートだからな!」


「……張り切りすぎでしょ……」


「人のこと言えないでしょ。秋子だってそれ、よそ行きの服すぎない?んなの持ってたっけ?」


「……ま、まあ。」


彼は私を頭からつま先まで舐め回すように見た後

「ふーん……似合ってるじゃん」

とだけ言ってそっぽを向いた。


私はその反応に満足しつつ、自分の服装を改めて見直してみる。


うん、悪くはないと思う……多分。母が昔、よく父とのデートに使っていたという服だ。自分の服があまりにも華やかさが無さすぎて借りてしまった。高校生の私にはまだ少し着せられてる感あると言われてしまったが…これで少しは大人びたように見られるだろうかと背伸びしてみる。


「……じゃあ、行くか!」


「あ!ちょっと待ちなさいよ!」


彼は先に歩き出したかと思うとすぐさま振り返って私を見る。


そして少し間を置いてから「ほら」と言って私に手を差し出したのだ。


「え?何よ。カメムシのプレゼントならお断りだわ。」


「これから人多いところ通っていくからさ、はぐれないように手握ってやろうと思って。」


「へえ……随分紳士的で大胆なエスコートね。でも大丈夫。こう見えても方向感覚には自信があるから。」


私はそう言って彼の差し出した手を軽く払いのけた。


彼はそんな私の態度に少し驚いた様子だったが、すぐにいつもの調子に戻って言った。


「じゃあ、俺から離れないようにちゃんとついて来いよ?迷子になっても知らないからな?」


「……はいはい。子供じゃあるまいし。」


私は呆れながらそう答え、再び歩き出した彼の背中を追ったのだった。


◇◇◇


「……なあ、秋子。」


「……何?」


「せっかくデートに来てるんだからさ、何かしたいことないの?」


そう言って彼は口を尖らせる。そんな表情を見て思わず『かわいい』なんて思ってしまったが……思わず口元が緩む自分を律し、私は彼の言葉を無視した。


しかし彼もなかなか食い下がってくる。


「ほら!お前って休日も塾か自習室にこもってんだろ?だからたまには息抜きしたいと思わないわけ?」


「別に」


「…お前がものの1週間で男達に愛想尽かされるの、なんか分かった気がするわ。」


「は?」


私はその言葉に思わず彼の顔を睨む。彼はそんな私の視線を気にも止めず、話を続けた。


「だってそうだろ?お前っていつも『本』か『勉強』のどっちかしか考えてないじゃん。」


「……それの何が悪いのよ」


「いや、別に悪いとは言ってねえよ?ただ……なんかつまんなそうだなと思ってさ。お前から何かしたいこととか聞いたことないし。」


「……」


確かに私は彼の言う通り、自分から何かを望んだことはない。今いる環境にいられるのも、両親があらかじめ敷いたレールの上を何の気なしに走り抜けているだけ。そこに自分の意思が含まれていたのかどうか…高校受験当時の私に聞いても右から左だろう。


「だって……」


私は何を言えばいいか分からず、ただ下を向いていた。


そんな私の様子を見て彼はまた不満げな表情を浮かべる。


「なあ秋子。なんかしたいことないのか?」


「そう言われたって……急に言われたって思い浮かばないわよ……あなただってないくせに」


「まあな。でもさ、何か一つくらいあるだろ?服とか靴とかアクセサリーとか……あ。」


彼はそう言って私の手を半ば強引に掴み、そのまま歩き出した。


私は手を振り払うことはおろか、彼を静止する言葉すら出てこなかった。ただ黙って彼の背中を追いかけるだけだったが、不思議と嫌ではなかったのもまた事実だ。


彼が歩く度揺れる髪の毛や、時折私に向ける笑顔に思わず見とれてしまう。


「……ねえ、どこに行くの?」


「…秋子。」


「痛っ………………何?」


不意に彼の足が止まった。後ろをくっつくように歩いていた私は急に立ち止まった彼の背中に少し鼻をぶつけてしまう。


「お前さ、今日は『女の子』になろう」


「…ha?」

本日は私の作品をご覧いただきありがとうございました。いかがでしたでしょうか。最後の彼の言葉は時世的に誤解を生む発言かもしれませんが、物語を進める上で必要な表現なのです見逃してください。では次は第三話、彼が最後に放った言葉の意味とは……いつの日かまでお待ちくださいませ。

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