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パラレル・ロマンス  作者: 上葉 壱。
第1章 『愛した記憶』
9/10

第3話 『崖の底から』 ②

本作品を読んでいただき有難うございます。

是非、ブックマーク等への追加をよろしく!

「お前、なんでここに……ってか急に叩いてくるなよ! 俺はお前の為を思って」


「分かってるよ、君が優しいのは変わらないから」


「うっ――」


 彼女への救いの手を求め、未知の地へと足を運んでみたが、どうやらその必要は無かったらしい。その顔にはどこにも『助けてくれ』なんて、書いていなくて。


「その優しさに今まで助けられてきたの。記憶が無いから、知らなくて当然だけど」


 むしろ、その逆で――、


「だから、今度は私が君を助けてあげたい」


 彼女はそう言い放ち、男の黒瞳のその先を覗き見る。

 男としては、正直な所としては不満だらけだ。せっかく彼女の心を救おうとしていたのに、仇で返されて、元はと言えば彼女が泣き出したからだろう。怒りなんぞ募りに募る。

 でも、それを打ち消すほどに――、


「はああ……なんなんだよお前。ふざけんなよ……」


 可愛くて仕方が無かった。


「やっぱ、怒ってる? ごめん」


 その恥じらい故の行動に、元の感情が入り混じっていく。確かに男は怒っていた。紛れもない事実だった。それなりに頭は痛みを受けたし。

 しかし、この行動を怒りという分類で収めていいのか。いや、それは違う気もする。なんだろう、この感情は。心拍数が上がっているような感覚、やはりこれは怒りなのか。


「わ、分からん。その……もうどうだっていいだろ!」


 だからやけになって、彼女を突き放すしか方法が無かった。これを素直に打ち明けるというのも、何故かものすごく恥ずかしかったから。

 その無責任を受け止めた彼女の様子は、どこか儚げ――、


「いだっ」


「ちょ、曽根子さん!?」


 瞬間、男の後頭部へ再び強い衝撃が走った。

 先程の一撃には甘さが確かにあり、今回のモノにはそれがない。しかし、前犯人である彼女は眼前にいるわけだし、もう一度、ってことでは無さそうだ。

 しかし、中年が警官という立場で、そのようなことをするとは、まず考えられないし――、


「たわけが! ふざけてんのはアンタじゃろが!」


 こうなるのも想像がついた。つまりだ、呆れて何も言えなかった老婆が、痺れを切らして手をあげてきたということだ。その矛先は中年へと方向を変えたとばかり思っていたが、しっかりとこちらへも標準は定まっていたらしい。抜け目ない人物だ。


「婆さんか? 他人が叩いてるのを見て、自分もやりたくなったって――」


「うるさいわ! 嬢ちゃんの気持ち、少しは考えろや!」


「……!」


 老婆は八つ当たりが故に――なんて考えてしまった自分を呪いたくなるぐらいに、その瞳はまっすぐだった。素直に怒りも悲しみも呆れも、何もかもが嘘偽りなくこちらへと伝わってくる。

 その様子に男はぐうの音も出せやしない。出したら最後、それは老婆の勇気への冒涜のなるからである。赤の他人如きに、ここまで本気になることなんて、普通は出来るものではない。


「アンタが嬢ちゃんを助けたい一心でここまでやってきたのは、十分、理解しとるつもりじゃ。だがな、自分の身勝手で、嬢ちゃんの心を無下にしてしまったら、それこそしまいや」


 全て老婆にはお見通しなのか、男が思っていたが決して口にしなかったことを、ズバズバと掘り起こしてくる。確かに、自分もそう感じてた。けれど、羞恥心が勝ってそれどころでは無くなってしまい、だから彼女を傷つけるような真似をしてしまったのだ。

 申し訳ない。その感情を老婆のように、素直に彼女へ伝えるべき、なのは理解していた。しかし、要らぬプライドがそれをさせなかった。


「婆さんには関係ないだろ」


 つまらぬ虚勢が、ますます事態を悪い方向へと加速させていく。


「んなっ――そこまでアンタが馬鹿やったとはなぁ。いや、ワシが馬鹿なんやろか、もうええわ」


 老婆は全てを出し切ったと言わんばかりに、それ以上を語らず、また口を開く気配を完全に消し去る。つまりは、見限られたということなのかもしれない。それで良かったのだ。


「曽根子さん……まぁ、君もね彼女は無事だって分かったんだろ? とりあえず、今日は家に帰りな」


「確かに、そうだ――」


「待ってください」


 中年の警官としてのアドバイス、それに順応しようとする男。

 それを遮ったのは、内に小さな怒りを宿していたミナだった。彼女は老婆を鋭く睨みつける。


「曽根子さん、彼に謝罪を」


「……え、嬢ちゃんか? そりゃ、この子へ暴力を振るってしまった事は申し訳ないと思うとる。だけどな、それは嬢ちゃんの為を思って――」


「そういう話であったら、何も私の為になんてなっていません」


 老婆の僅かながらの優しさを、そうとは捉えない彼女は、容赦なく切り捨てる。

 それは男でも躊躇するほどに、非道とも言えて、何故こんなことをしたのかは誰も理解できない。


「なら、謝罪の事はもういいです。なので、金輪際、私たちには関わらないでいただけますか。これ以上、彼を危険な目には合わせたくはないので」


「危険って……」


 そこまでするか、その考えはこの場の彼女以外の共通の意見だった。あくまで老婆側は悪気あっての犯行では無い。彼女も理解しているはずなのに、その過程から行き着く結論がどうもズレている。

 しかし、彼女は真剣だ。


「行こ、こんな人達は相手にしなくていいんだよ」


「おい、ちょっと待てよ」


 強引に腕を引っ張られる男、それを振りほどく事も出来ないでいた。力が強すぎる。いや、記憶を亡くしたのと同時に、筋力も衰えたとも考えられなくはないが――、


「いいから!」


「うおっ――」


 彼女の馬鹿力、それを真っ向から防ぎ続けた結果、男は思いっきり引っ張り上げられ、地面への顔面衝突を余儀なくされる。手も、離されてはいなかったので、正真正銘、顔だけで受け身を取る形となってしまった。鼻の辺りが赤く染められていく。


「ご、ごめん! 大丈夫?」


「いっでぇ! 何すんだよ! くそっ、色々と無茶苦茶すぎるだろ、ぶふぉっ」


「本当にごめん!」


 悪意を持って何かをする、少なくとも男に向かっては彼女がしないことは分かっていた。

 だからこそ、それでこの破壊力なのかと、真面目に恐ろしくなってくる。


「嬢ちゃん!」


「――――」


 立ち去ろうとする背中、それを見て、老婆が必死に呼び止める。

 彼女は無言を突き通して、応答することをしようともしない。


「アンタ、おかしいよ」


 返答が最初から来ないと分かりきっている言葉は、淡泊で味気ない。だが、本音がズバリと伝わってくる。こちらも、もう関わりたくなどないと――、


「――怪我、治さないとね」


 もちろん、異論など生まれるはずもなく、ただただ小さな風が両者を通り過ぎて行った。

本作品は毎日21時~22時に配信しております。

また読みに来てくださいね!

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