第3話 『崖の底から』 ②
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「お前、なんでここに……ってか急に叩いてくるなよ! 俺はお前の為を思って」
「分かってるよ、君が優しいのは変わらないから」
「うっ――」
彼女への救いの手を求め、未知の地へと足を運んでみたが、どうやらその必要は無かったらしい。その顔にはどこにも『助けてくれ』なんて、書いていなくて。
「その優しさに今まで助けられてきたの。記憶が無いから、知らなくて当然だけど」
むしろ、その逆で――、
「だから、今度は私が君を助けてあげたい」
彼女はそう言い放ち、男の黒瞳のその先を覗き見る。
男としては、正直な所としては不満だらけだ。せっかく彼女の心を救おうとしていたのに、仇で返されて、元はと言えば彼女が泣き出したからだろう。怒りなんぞ募りに募る。
でも、それを打ち消すほどに――、
「はああ……なんなんだよお前。ふざけんなよ……」
可愛くて仕方が無かった。
「やっぱ、怒ってる? ごめん」
その恥じらい故の行動に、元の感情が入り混じっていく。確かに男は怒っていた。紛れもない事実だった。それなりに頭は痛みを受けたし。
しかし、この行動を怒りという分類で収めていいのか。いや、それは違う気もする。なんだろう、この感情は。心拍数が上がっているような感覚、やはりこれは怒りなのか。
「わ、分からん。その……もうどうだっていいだろ!」
だからやけになって、彼女を突き放すしか方法が無かった。これを素直に打ち明けるというのも、何故かものすごく恥ずかしかったから。
その無責任を受け止めた彼女の様子は、どこか儚げ――、
「いだっ」
「ちょ、曽根子さん!?」
瞬間、男の後頭部へ再び強い衝撃が走った。
先程の一撃には甘さが確かにあり、今回のモノにはそれがない。しかし、前犯人である彼女は眼前にいるわけだし、もう一度、ってことでは無さそうだ。
しかし、中年が警官という立場で、そのようなことをするとは、まず考えられないし――、
「たわけが! ふざけてんのはアンタじゃろが!」
こうなるのも想像がついた。つまりだ、呆れて何も言えなかった老婆が、痺れを切らして手をあげてきたということだ。その矛先は中年へと方向を変えたとばかり思っていたが、しっかりとこちらへも標準は定まっていたらしい。抜け目ない人物だ。
「婆さんか? 他人が叩いてるのを見て、自分もやりたくなったって――」
「うるさいわ! 嬢ちゃんの気持ち、少しは考えろや!」
「……!」
老婆は八つ当たりが故に――なんて考えてしまった自分を呪いたくなるぐらいに、その瞳はまっすぐだった。素直に怒りも悲しみも呆れも、何もかもが嘘偽りなくこちらへと伝わってくる。
その様子に男はぐうの音も出せやしない。出したら最後、それは老婆の勇気への冒涜のなるからである。赤の他人如きに、ここまで本気になることなんて、普通は出来るものではない。
「アンタが嬢ちゃんを助けたい一心でここまでやってきたのは、十分、理解しとるつもりじゃ。だがな、自分の身勝手で、嬢ちゃんの心を無下にしてしまったら、それこそしまいや」
全て老婆にはお見通しなのか、男が思っていたが決して口にしなかったことを、ズバズバと掘り起こしてくる。確かに、自分もそう感じてた。けれど、羞恥心が勝ってそれどころでは無くなってしまい、だから彼女を傷つけるような真似をしてしまったのだ。
申し訳ない。その感情を老婆のように、素直に彼女へ伝えるべき、なのは理解していた。しかし、要らぬプライドがそれをさせなかった。
「婆さんには関係ないだろ」
つまらぬ虚勢が、ますます事態を悪い方向へと加速させていく。
「んなっ――そこまでアンタが馬鹿やったとはなぁ。いや、ワシが馬鹿なんやろか、もうええわ」
老婆は全てを出し切ったと言わんばかりに、それ以上を語らず、また口を開く気配を完全に消し去る。つまりは、見限られたということなのかもしれない。それで良かったのだ。
「曽根子さん……まぁ、君もね彼女は無事だって分かったんだろ? とりあえず、今日は家に帰りな」
「確かに、そうだ――」
「待ってください」
中年の警官としてのアドバイス、それに順応しようとする男。
それを遮ったのは、内に小さな怒りを宿していたミナだった。彼女は老婆を鋭く睨みつける。
「曽根子さん、彼に謝罪を」
「……え、嬢ちゃんか? そりゃ、この子へ暴力を振るってしまった事は申し訳ないと思うとる。だけどな、それは嬢ちゃんの為を思って――」
「そういう話であったら、何も私の為になんてなっていません」
老婆の僅かながらの優しさを、そうとは捉えない彼女は、容赦なく切り捨てる。
それは男でも躊躇するほどに、非道とも言えて、何故こんなことをしたのかは誰も理解できない。
「なら、謝罪の事はもういいです。なので、金輪際、私たちには関わらないでいただけますか。これ以上、彼を危険な目には合わせたくはないので」
「危険って……」
そこまでするか、その考えはこの場の彼女以外の共通の意見だった。あくまで老婆側は悪気あっての犯行では無い。彼女も理解しているはずなのに、その過程から行き着く結論がどうもズレている。
しかし、彼女は真剣だ。
「行こ、こんな人達は相手にしなくていいんだよ」
「おい、ちょっと待てよ」
強引に腕を引っ張られる男、それを振りほどく事も出来ないでいた。力が強すぎる。いや、記憶を亡くしたのと同時に、筋力も衰えたとも考えられなくはないが――、
「いいから!」
「うおっ――」
彼女の馬鹿力、それを真っ向から防ぎ続けた結果、男は思いっきり引っ張り上げられ、地面への顔面衝突を余儀なくされる。手も、離されてはいなかったので、正真正銘、顔だけで受け身を取る形となってしまった。鼻の辺りが赤く染められていく。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
「いっでぇ! 何すんだよ! くそっ、色々と無茶苦茶すぎるだろ、ぶふぉっ」
「本当にごめん!」
悪意を持って何かをする、少なくとも男に向かっては彼女がしないことは分かっていた。
だからこそ、それでこの破壊力なのかと、真面目に恐ろしくなってくる。
「嬢ちゃん!」
「――――」
立ち去ろうとする背中、それを見て、老婆が必死に呼び止める。
彼女は無言を突き通して、応答することをしようともしない。
「アンタ、おかしいよ」
返答が最初から来ないと分かりきっている言葉は、淡泊で味気ない。だが、本音がズバリと伝わってくる。こちらも、もう関わりたくなどないと――、
「――怪我、治さないとね」
もちろん、異論など生まれるはずもなく、ただただ小さな風が両者を通り過ぎて行った。
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